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もし行くとすれば・・・

★まだ、ハッキリと決まったわけではないですが、連休中にブレード走行に行くとしたら、ここら辺りがいいかなあと思っているコースが有ります。 「静岡清水崎自転車道」 と言うサイクリングコースで、静岡県の清水駅から海岸線を約30km、東名高速・静岡ICの南「安倍川橋」まで続いています。ウチから電車で2時間ちょっと。電車賃が片道¥6000くらいですか。清水駅のすぐ近くから始まっていると言うのも便利です。 自転車道が三保の松原の観光コースを通る言うのも、じつは行ったことが無いので面白そうです。ほんとはそのまま連続している「静岡御前崎自転車道」へ突入し、御前崎まで行きたいとことですが、そうなると、全長90km近い旅になるので日帰りでは難しくなります。 理想としては40kmくらいですが、年齢も考えると、30kmくらいに抑えておいた方がいいでしょう。それと、終点近くにスーパー銭湯なんかが有るといいですね。 「いつまで出来るだろうか」とは毎年言って来ましたが、限界がマジで近づいて来てる?って感じになって来ました。昨年できなかったのでなおさらです。 サイクリングは少々歳を取っても出来ると思いますが、ブレード走行と言うのは、度胸と言うか、決断力が必要なんですよね。そう言う精神的な限界の方が、肉体の衰えよりも大きいと思うのです。それだけに、達成した後の感動、快感は倍増するとも言えるんですが・・・ まあ、まだホントに行くとは決まっていない状況です。天気やタイミング次第でもあります。それにブレード走行は精神力が必要なので、決心しても、当日の朝、気持が萎えてしまう恐れも有るんです。 それを防ぐ意味もあって、こうやって、こう言う場所に書き残している、ってことですかね。 ◎ コースガイド ◎ 静岡清水自転車道 ◎ 静岡御前崎自転車道     

タイヤが危なかった

★「ぶんぶん戦」に行く途中、後輪からカツンカツンと言う異音がするので見てみたら、タイヤがブレーキシューに当たっていました。 で、てっきり自分の体重や荷物の重さで、ホイールが歪んだと思っていたのですが、試合後、更衣室の前で点検してみたら、原因はホイールでは有りませんでした。 タイヤがすり減って、その薄くなった部分をチューブが押し上げ、盛り上がっていたのです。しかも試合前と比べると、さらに膨れ具合が増しているようなのです(ちょっと分かりづらいですが、写真のようになっていました)。 これは非常に危険な状態なんですね。以前所有していた自転車も、同じような兆候から、走行中に大きな破裂音と共にバーストしたことが有ったんです。 もしこれもバーストしたら光が丘から家まで10kmくらい歩くことになるので、それは避けなければと、苦肉の策に出ました。ギリギリまで空気を抜いて、12〜13kmのゆっくりした速度で走るようにしたのです。 その状態で乗ってみると、後輪がグニョグニョと左右に揺れるので、けっこうアセりました。でもまあ、女子高生やオバさんたちに抜かれながらも、何とか保たせて無事帰宅することが出来ました。 もちろん新しいタイヤを購入しなければならないのですが、今日はとりあえず、古いタイヤに取り替えてみました。この自転車に純正で装着されていたのは「700×38C」と言うサイズで、分かる人は分かると思いますが、マウンテンバイク並みの太いタイヤなのです。仮装着したスペアタイヤは「700×35C」で、町乗り用のクロスバイクに標準で付いているサイズです(ママチャリくらいの太さかな?)。 これが何と、カッコワルいんですよね。デザイン的にバランスが取れないんです。泥よけとの間がスカスカになってるし、非常にカッコワルい。次に替える時は長距離走行を考慮し、やや細めの「700×35C」くらいにしようと思っていたのですが、これはダメそうです。 ようするに、この自転車のデザインが「700×38C」を想定して設計されていたと言うことなんです。まあ太い分、乗り心地はいいんですけどね。それと歩道などの段差を乗り越えるとき、リム打ちすることもなく安心できます(チューブを傷めパンクの原因になる)。 ともあれ、交換用の新しいパーツを探すと言うのも自転車の楽しみの一つなので、劣化して来た

ブレード走行の季節なのか?

★今年ももうすぐ5月の連休がやって来ます(早い!)。昨年のちょうど今頃、柳泉園グランドパークでの「さすらいの甲子園戦」で、センターライナーを捕球しようとして転倒し、左鎖骨を折ってしまいました。それで、毎年行っていた「ブレード走行」に行けなくなってしまったのです。 もっとも完治するのに三ヶ月くらいかかったので、ブレードどころか、その間は普通の旅行にも行けず、治った時には秋風が吹いていた、なんて感じでした。‥‥で、さて、今年はどうしようか、と漠然と考えているわけなのです。 数年前は、世間的にもけっこうインラインスケートによる長距離走行が流行り出して、その記録をアップしたサイトなどもたくさんあったのですが、最近は覗いてみても、更新休止中のものが多くなっていますね。 やはりサイクリングなどに比べて一般性が乏しいからでしょうか。僕も、32歳のころに始めたブレード走行ですが、なんとあれから17年が過ぎようとしており、やはり年齢とともに「やりにくい」イメージが強くなりつつありますね。 かつて、色んな人たちから面白がられれ、笑顔で「ガンバって!」などと声をかけられたブレードランナーも、寛容さが失われ「規則がんじがらめ」の、目つきの恐い、正義の人々たちばかりになって来た世の中では、やはり肩身の狭い思いをしてしまうのです。 「だったら自転車に切り替えれば?」とはよく言われるのですが、自転車とはまったく別物なんですね、これが・・・ これについては、インラインスケートと自転車両方の長距離ツーリングを経験したことのあるゴブリンズT氏も言ってますが、 「自転車は普通で面白くない」のです。自転車と言うのは普段から乗っているので、その「乗り味」と言うのは、あまりに日常的すぎて新鮮さが無いのです。毎日の延長でしかないわけですね。 一方「滑る」感覚としては、アイススケートとかスキーにも通じそうですが、僕は、あの「同じところを行ったり来たりする」感覚がどうも退屈で、完全には馴染めなかったんです。それでスキーが流行っていた頃でもすぐに飽きてしまい、クロスカントリースキーに打ち込んだりしてました。 どうもダメなんでねえ、先へ先へと見知らぬ風景の中を進めないと飽きてしまうんです。で、行き着いたのが「長距離ブレード走行」。これは滑る面白さも味わえるし、ツーリングの達成感もある。両得

横浜の大黒埠頭まで行って来た、自転車で・・

地図拡大可 ★トゥイニー・ヨコハマでタイガーポーズとの試合が有り、無謀にも自転車での球場入りを試みました。 距離は地図計測で往復76km。お台場へ行った時とだいたい同じくらいです。 また、友人のグループ展を観に埼玉の小川町へ行った時が往復94kmなので、まるっきり未体験の距離ではないのです。 「つきみ野」のようなアップダウンがほほんど無いことも、決行を決断する理由になりました。 と言うことで、何となく「大丈夫なんじゃないか?」と思ってしまったのです。まあ普通の自転車乗りにとっては、大した距離ではないと思います。ただ普通の自転車乗りと違うところは、片道38km走った後に2時間野球の試合をして、それが終わったら、また38km走って帰ると言うところくらいですかね。 (参:つきみ野まで往復64km。陵南公園まで往復52km) ただ目算が狂ったのは、途中、距離を稼ぐはずだった多摩川のサイクリングロードで、強い向かい風にあってしまったことですね。巡航速度25kmくらいを目指していたのに、平均16km〜17kmくらいになってしまったでしょうか。 速度を上げれば上げた分だけ風が強くなるので、疲労が激しいのです。けっきょく、約10kmのサイクリングロードが逆にネックになってしまい、かなり時間をロスしたのではないかと思うのです。 登戸から入って二子玉川を過ぎ、第三京浜の下をくぐって等々力緑地でサイクリングロードを降ります。川崎フロンターレの試合があるらしく、サポーターがたくさん歩いていました。 競技場から聴こえる応援歌?の合唱って、聴く方が冷めた気分だと、ちょっとカルトっぽくて恐い感じがしますね(失礼?)。さて、僕はと言うと、強風でかなり疲れておりまして、トイレを借りて、その後、休憩をかねて缶コーヒーとカロリーメイトを食べました。・・やや復活です。 さて一気に行くぞ!と思ったものの、ここからが長かった。川崎からは道が分からないので、たびたび地図で確認しながらの走行でした(まだスマホも自転車ナビも無い時代)。それに知らない住宅街を行くと道に迷って大変なので、幹線道路を行きます。 ただ、何とは無しに懐かしく感じました。川崎には、子供のころ一時住んでいたことがあるのです。古びた商店街の雑貨屋とか、川沿いに並んだ小さな工場なんかが、「川崎」って雰囲気を醸

渋谷から散歩

★渋谷まで来る用事があったので、帰りに散歩することにしました。NHK脇の歩道です。何かイベントをやるらしく、テントの設営が行われていました ]★久々、明治神宮まで来てしまいました。お参りをして、休憩所で焼き味噌ラーメンを食べました。ここまで来てしまったら引き返すのは大変なので、新宿まで歩きます。(自転車は吉祥寺においてある) 追記:アクオス携帯にしてから初めて写メールでアップしましたが、写真の縦横の向きが思い通りになってませんね。意図したのとまったく逆になってます(帰宅後修正しました)。もう少しテストが必要ですな。でも、解像度はやたらデカくなりました。  

森山直太朗はいい!

★最初「さくら」が大ヒットした時は、ファルセットボイスが少し気持悪くてあまり興味が無かったんですが、ある時、FMで「生きとし生ける物へ」と言う曲を聴いたら、ちょっとショックを受けました。 静かなギターの弾き語りで始まるこの曲は、古いスコットランド民謡のような旋律の繰り返しで、やがてバグパイプや分厚いコーラスも加わり、壮大に盛り上げて行くのです。(そのFM番組のDJ、小林克也氏も絶賛してました) 歌詞の内容は簡単に言えば、挫折して一歩も動けなくなった人間の復活の歌、とでも言えばいいのでしょうか。聴いていると、戦いに敗れて道ばたに倒れていた男が、ゆっくりと立ち上がり、夜明けの方角に向かって、足を引きずりながら少しずつ歩き始める、そんな、映画のラストシーンが目に浮かんで来ます。(ドラマに使われたそうですね) ・・と「この曲は面白い!」と思ってから、しかしそのままになってしまい、何年くらい経ったんでしょうか。「iTunes」でダウンロード販売されていることを知り、200円で購入したのです。それからと言うもの、メロディーが頭の中に残ってしまい、一日に何度も聴き直さないと気が済まない中毒症状のようになってしまいました。 それで「これはいいかも?」と言うことになり、アルバムで聴いてみたいと思うようになりました。でもまだ、定価で買う気にまではなれず、ブックオフで中古CDを買ってみました。 「新たなる香辛料を求めて」と言うアルバムです。で、結果は、これが「非常にいい!」のです。まったく音楽の質は違うのですが、70年代のフォークソングを思い出しました。 フォークソングの代表作と言えば「神田川」だとか「精霊流し」なんかが有名ですが、残念ながらあの辺は、ブーム末期に生まれた、ほとんど歌謡曲と区別のつかない曲ばかりなのです。これらの曲には当時もまったく興味ありませんでした。 そうではなく、元々のフォークソングとは、強いメッセージ性のある歌のことなんです。我々はその歌詞の力にショックを受け、「いつか歌の力で世界を変えることができるかも知れない」と言う夢を見たのです。それがホント?のフォークソングだったんです。 で、そのメッセージが、森山直太郎のアルバムから久々に聴こえたような気がしたのです。 特に言葉の選び方がいいですね。言葉と言葉のぶつかり合いが心地よいのです。

納豆はディナーに・・・

★子供のころウチは貧乏で、納豆はごちそうの一つでした。そんな大好物だった納豆ですが、このごろ、今ひとつ美味しいと感じられなくなりました。昔のワラに入れられていた手作り?とは違い、大量生産になったからなんでしょうか。 確かあのころは、ダシ入りの「タレ」を混ぜなくとも、すごく美味しかったはずなんです。そう言うことがあって、あんなに毎朝のように食べていた納豆を、だんだんと食べなくなってしまいました。ネバネバが口のまわりに付くのもけっこう鬱陶しかったんです。 ところがですね、この間、何気なく夕食に納豆を食べてみたら、これが非常に美味しいんですよ。びっくりしました。納豆とみそ汁だけであとは何もいらないって感じで、これはちょっとした発見でした。 そこで考えてみたのですが、朝はまだ、味覚が目覚めていなくて、それで「美味しい」と感じられなかったのではないでしょうか?。 そう言えば以前にも、起き抜けに急にソバが食べたくなってダシを取ろうとしたら、ぜんぜん味見が出来なくて、エラくしょっぱい味のソバになってしまったことがあったんです。やはり朝は、味覚神経が眠っているんですかね。 と言うことで、雰囲気的にはどうしても「日本の朝食」ってイメージが強い納豆ですが、そうではなくて、「納豆はディナーによく似合う」と言うのが、キャプテン高橋がたどり着いた結論なのであります。 それに納豆は、夜食べた方が身体にもいいそうですよ。血栓を溶かす効果や、細胞の新陳代謝を活発にさせるので、若返り効果もあるそうなのです。‥‥なんて雑学を書くと、この頃は「あるある騒動」の影響で、うさん臭く感じますかね?   

ゆとり教育見直し論?

★「ゆとり教育の見直し」なんてことが騒がれてますが、どうしようもない劣等生だった僕には(謙遜では有りません。真実です)どうもピンと来ませんな。 正直、「そんなのどっちでもいいんじゃない?」と思ってるくらいです。何しろ子供の頃は、学校とは、一番教えて欲しいことを教えてくれない場所だと思ってた人間なので。 小学生のとき、一番教えて欲しかったことは「宇宙の果てはどうなっているのか?」と言うことでした。さらに中学・高校と進むにつれ、「死後の世界は本当にあるのか?」が重要な問題となって行きました。 バカバカしいと思わないでください。これは僕にとって「人はなぜ生まれてきたのか?。人は何処へ行こうとするのか?」と言う哲学的問題?と直結していたのですよ。 しかし、それらの疑問に対して、学校や教師は「おまえ変わり者だなあ」と笑うだけで、何も答えてくれませんでした。 さらに、絵を将来の仕事にしようとしていた僕に対し、教師たちの発する言葉はいつも決まっていました。「どんなに絵が上手くても、勉強が出来なきゃダメなんだぞ」 でも、当時も今もそうですが、「何か一芸に秀でようと思ったら、勉強なんかやってるヒマは無い」そう言う子供が、確かに存在する気がしてならないんです。 中学のころ自宅での学習は、最低でも学年プラス3時間しなけりゃダメだ、と言われていました。たとえば中学2年ならプラス3で、家で5時間以上勉強をしなければならないと言うことになります。が、 これは僕にとって一大事なのです。なぜって、これだと絵を描く時間が無くなってしまうからです。 どうも、教師や世の中の大人と言うのは、絵や音楽は才能だけで何とかなると勘違いしているフシがありますね。違うんです。 絵が上達するためには、勉強なんかよりもっと多くの時間が必要なのです。 寝ても覚めても描き続けると言う「努力」が必要なのであります。 たとえば音楽の話しですが、ある速弾きで有名なロックギタリストは、一日に10時間以上ギターを弾いていたそうです。で、それを10年間続けて、ようやく思い通りのフレーズが弾けるようになった、とテレビで語ってました。 と言うことは、学校にもろくに行っていなかったと言うことになりますが、しかし、もし学校での勉強や規律を重んじ、卒業してそれからじっくりギターをやろう、なんて思っていたら、今