2006年8月27日日曜日

地球街道・素晴らしきベースボール

★土曜日の午後10時からテレビ東京で「美の巨人たち」と言う番組をやっていて、職業柄?毎回欠かさず見ています。それが終わると「地球街道」と言うのをやるので、流れで自然と見るようになったのですが、これは各国の「道」を旅し、その道にまつわる様々な話題を提供すると言うのがテーマの番組です。

で、昨夜(8/26)は、元広島カープの衣笠氏がアメリカのマイナーリーグを訪問すると言うお話しでした。マイナー球団が単なる「二軍」と言う役割だけでなく、独立したチームとして各町に溶け込んでいる姿は、何度見ても面白いもんです。

衣笠氏もあまりの野球文化の違いに、ただただ驚くばかりで非常に感動しておりました。日本でも「湘南シーレックス」とか、変えようとして頑張っているところもありますが、むしろ欽ちゃん球団「ゴールデンゴールズ」の方が、チームのあり方としては似ているような気もしますね。

あのマイナーのゲームを訪れる観客を見ると、やはり応援団ガチャガチャの日本の野球場は「何かが違う・・」そして「うらやましい」と思えてしまいます。

「打った瞬間の音がたまらない!」と言う初老の女性ファンの言葉には、熱狂的とはラッパや太鼓を叩き鳴らすことではなく、「打球音に酔う」ことなんだと思い知らされます。

極論ですが、日本の野球人気を取り戻すためには、まず、あの応援団を解散することから始めるのが得策かも知れません。(鳴りものの元祖はカープファンなんです。すみません)。

僕は鳴り物の無い、澄んだ打球音が聞こえていた時代のプロ野球を知っています。子供のころ後楽園球場で見た巨人戦の、打った瞬間わき上がるどよめき、静けさから一気に盛り上がる歓声の迫力にドキドキするあの感じがたまらないのです。あの素晴らしさを今の人たちが知らないのが残念でならないのです。

・・次回(9/2)、衣笠氏は「フィールドオブドリームス」の舞台となったトウモロコシ畑の球場、ダイヤーズビルの町へと向かうようです。これも面白そうですが、あれから20年近く過ぎようとしているのに、こう言うものがずっと残っていることがスゴいですね。

・・この映画(小説)から始まったゴブリンズとしては、いつかチームが衰退し、終わらせなければならない時には、残ったメンバーとあの「トウモロコシ畑球場」を訪れてから・・・、と言う気持も無くはありません。

◎ TV TOKYO「地球街道」


  

2006年8月21日月曜日

高校野球も変わって来た?

★今年高校野球は、ハンカチ王子・斎藤投手の早実優勝で幕を閉じました。いい試合の連続だったので面白いと評判でした。自分も今回はずいぶん見ましたね。ここ数年は集中して見ることが少なく、正確に比較はできないのですが、やっぱりかなり面白かったと思います。

特に各チームのバッティングが凄かったですね。ホームランがやたら出てそれがすごく話題になりましたが、僕が注目したのは「初球狙い」と「反対方向打撃」でした。高校野球ってこんなに右打ちしてたっけ?って感じの驚きです。

長打続出もこの効果だと思います。常に反対方向狙いでタイミングを作るクセをつけておくと、身体の開きを防ぎ、溜めが出来てヘッドスピードが速くなるんです。なので、ここぞと言う時に引っ張ると特大の当たりが出やすくなるんですよね。

視聴率がかなり行ったそうで、巨人戦をはるかに越えていたらしいです。野球中継低迷と言われつつ、しかし野球そのものの人気が無くなったわけではないと言うことです。やっぱり今回の甲子園のような、「逆転につぐ逆転」に人々は惹きつけられるものなんですね。

じつは「野球留学」がかなり減って、全体的に戦力が拮抗したことが面白さにつながっていると言われています(各地の予選も面白かったらしい)。野球留学は親の経済的負担が大変だし、何より、「いい選手ばかり集めても、なかなか優勝できない」と言うことに関係者がようやく気づいたらしいんです。まあ、何処ぞのプロチームよりアマチュアの方が、気づくの早かったと言うわけです。

・・ところで、裏(深夜)では亀田君のボクシングをやってたようですね。KOで快勝したそうですが、同じ世代のスポーツマンなのに、少々色あせた報道が気の毒?でした。

亀田親子の感動物語も今は昔・・・

僕は十代のころ、「親と外出する時は10m以上離れて歩かないと恥ずかしい」と思っていた世代なので、亀田家の親子愛?はちょっと気持悪いのです。

もっとも高校野球も、優勝決定後、各局の感動をあおるような報道には閉口しまして、ついテレビを消してしまいました。今後は早実のエース斎藤君あたりの、「親子愛物語り」が登場しそうで、ワイドショーは気をつけて見なければいけません。

・・まあ何にしろ、高校野球が終われば、まもなく夏も終わりですな。


  

2006年8月17日木曜日

常識は変わる、とうにお盆を過ぎて・・

★僕が子供のころ、「大人は(特に男は)みなタバコを吸うものだ」と思っていました。でも今は違います。当たり前のように吸われていたタバコも、どんどん禁煙する人が増えて、新幹線が全面禁煙になるのも時間の問題だと言われているのです。

こんな風にして、今まで常識だと思い込んでいたことが常識でなくなり、新しい価値観がどんどん生まれて来るものなんです。

前にも何度か書きましたが、中学生のころ仲間と遊び半分で心霊研究をやってました。そのころの「心霊」と言えば、いわゆる「怪談」で、もちろん僕らも単純に、「怖いもの見たさ」で始めたのです。ところが様々な心霊関係の書物を集めて読破して行くと、どうもそれだけでは無いと言うことが次第に分かって来ました。

特に古い時代の日本と海外の文献を比較してみて、興味深いことが分かって来ました。ほとんど国交が無く、情報の行き来が無い時代の書物にもかかわらず、日本と海外の心霊の説明が、細かいところまで非常に似通っていることが判明したのです。つまり勝手に作り出した話では有り得ない共通点が、世界中で見つかったことになるのです。

それら書物から得た知識として、「守護霊」とか「自縛霊」とか、「オーラ」とか「ドッペルゲンガー」「ポルターガイスト」などとか言った、いわゆる心霊用語があります。今から約40年前、こんな言葉を知っている人はまずいませんでした。・・って言うより、奇人変人扱いされかねない、そんな時代だったように思います。つまりそれがその頃の「常識」だったんです。

ところが今では、特殊だった心霊用語もちゃんと通じるようになってます。特に「オーラ」なんてごく普通に使われてるし、これはあの頃からすれば想像もつかないことなんです。だから思うのです。心霊に関してもどんどん時代は動いている、「常識」はやがて変わるのだと・・

そして今、その象徴的な存在となっているのが「江原啓之」と言う人物ではないでしょうか。数年前からテレビに登場するようになり、昨今は「オーラの泉」や「天国からの手紙」と言う番組で人気を得るようになっています。

初めてこれらの番組を見たときはホントにビックリしました。驚くと言うより「こんな番組やっていいのか?」と言う心配の方が先に立ちました。「この人、あちこちからバッシング受けて、いつか世の中に潰されるぞ!」他人事ながらそんな恐怖を感じたものです。

かつての宜保愛子さんのケースがありましたからね。でも江原氏の場合、もちろんバッシングはあるようですが、支持者の方が多いような気がします。

当の本人も「世が世なら、私なんか魔女狩りにされてますよ。昔だったらこんな番組、放送出来ませんから」と番組の中で自嘲気味に語っておりました。その言葉通り、すでに宜保さんの頃とは大きく時代が変わって来ているのかも知れません。

江原氏は自らを「スピリチュアル・カウンセラー」と名乗っていますが、その気持は分かる気がするのです。じつは僕らも心霊を調べて行くうちに、「心霊が存在するなら、それは法則に基づいた自然現象の一つでなければならない」と言うことに気づきまして、「心霊は怪談ではない」と言う結論にたどり着いたのです。

で、怪談、ホラーを感じさせない言葉は無いかといろいろ考えまして、40年前の中学生の僕らは、すでに「スピリチュアリズム」という言葉を使うようになっていたのです。

同時に、「いつか怪談抜きで真面目に?心霊を語るテレビ番組が出来たらいいのになあ」と思っていたのですが、ふと気が付けば、すでにそう言う時代に突入していた・・・、そんな気がしてなりません。

それはさておき、「江原啓之」なる人物が、じつのところ本物?なのかどうかと言うことですが、僕は江原氏の語る言葉の中に、二つの興味深いものを見つけました。ひとつは・・
「お墓には霊はいません。お墓はただのカルシウム畑なんです」
と言う言葉。そしてもうひとつは・・
「あなたの守護霊は、あなたの前世だった方です」
と言う言葉。

この二つを聞いたとき正直ビックリしました。これらは相当深く心霊を知らないと語ることの出来ない言葉だったからです。それくらい意味深な言葉なんです。これらからして、江原啓之氏は信用しても大丈夫な人物ではないか?と思えて来るのです。

「お墓に霊はいません」とは?
江原氏は「もし祖先の霊が成仏しているなら当然霊界にいるはずなので、お墓は空だ」と言っているのです。「普段から祈っていれば、わざわざお盆に墓参りする必要はない」と言うことですね。ただ人間は「形(儀式)」にこだわるものだし、墓参りを通して縁ある人々と再会する意味もあるので、単純にムダとは言えない部分も有ります。

(注:墓地には「死んだら墓地に行くもの」と思い込んでいる霊や、「墓地に行けば何とかなるかも?」と助けを求める未成仏霊、浮遊霊が集まる恐れがあるので、夕刻や夜にかけて墓参りをするのは危険です)

「あなたの守護霊は、あなたの前世だった方です」ですが・・
これは普通に考えると論理的におかしいのです。つまりこれだと、本人と守護霊とが同一人物であると言うことになってしまいます。これは、人間を独立した人格としてイメージする我々には、非常に理解しにくいところです。

ところが心霊研究では、「霊魂」とは、分裂して増えて行くものであることが分かっています。つまり、ある人が亡くなって霊Aとして霊界へ行き、その霊Aから分裂した霊Bが、別人格として現世に生まれる、そして霊Aは現世で子孫となった霊Bの守護霊となることがある、と理解されています。

だから彼が言っていることは心霊的には間違いないのです。むしろ霊能者として、これを指摘できるか否かの差は大きく、それだけ優れた霊媒だとも言えます。(一卵性の双子も霊が分裂したと解釈できます)

逆に複数の霊が合体して、一人の人間として生まれ変わることがあります。このとき主人格になる霊を心理学的には顕在意識と呼び、その他の副人格霊を潜在意識と呼ぶことになります。また幼少期に虐待などを受け、複数の霊の統合に失敗すると、多重人格症などの精神病を引き起こしてしまうことがあります)

さて、このような霊能力者が登場すると、必ず心理学者や科学者から批判を受けるものなんですが、今のところ何故か沈黙気味です。じつは批判するにも、つかみ所が無いと言うのが現状なのです。と言うのも、江原氏は彼らが言う「霊能者の定義」に合わないからなのです。

つまり「霊能者とは、恐怖をあおって相手をマインド・コントロールする者」と言う定義が厳然として有るのです。その手法を用いていわゆる霊感商法などの犯罪を行うため、定義を元に心霊批判が展開されるものなのです。

ところが江原氏は恐怖を語らない。それどころか、出来るだけ相手を傷つけない言葉選びに苦心している、この姿が、これまでの霊能者に対する常識をひっくり返し、学者たちは混乱、とっかかりを失なっているわけなのです。

けっきょく訳が分からなくなった批判側からは、「要するにテレビ番組とは、すべて構成作家が台本を書いているもの。だからあれはフィクションなんだ」と言う人も現れました。しかし僕から見れば、もし江原氏のセリフ全部を台本で書ける作家がいるとすれば、その構成作家は心霊に精通したスゴイ人物だと言えるのです(僕なら少しは書けるかも?)。

そもそも江原氏のサイトには、「オーラの泉」で説明したことをスタッフが勝手に解釈して、間違ったテロップを出すことがあるので大いに不満だ、と言うようなコラムも有りまして、これを見ても、構成作家の頭では追いつけない内容を扱っていることがよく分かります。

まあどちらにしろ、信じない人には「どうでもいいよ!」と言うお話しかも知れませんが、世の中と言うのは、どんどん常識が覆されて行くものなのです。気が付けばタバコを吸わないことが当たり前になっているし、巨人戦が中継されないのも当たり前になっているんです。

心霊は1848年にアメリカ・ハイズビルで初めて心霊現象として確認されてから、ここまで来るのに158年かかりました。これからどうなるのかはまるで分かりませんが、少なくとも僕が経験した数十年の間に、相当な変化を遂げたことは確かなんです。

これからあと20年、30年とたった時どんな風になっているでしょう?(心霊が先か?温暖化が先か?)。僕が言うことは信じなくてもかまいません。ただ、忘れないでいてください。

もし近未来、常識を覆すような世の中になっていたとしたら、その時は「そう言えば大昔、妙なことを言うヤツがいたよなあ」と、ぜひ思い出してくださいまし・・・

江原啓之公式サイト