スキップしてメイン コンテンツに移動

クリスマスイヴの配達人

ショート・ストーリー「クリスマスイヴの配達人」
今から40年以上前、お中元・お歳暮が全盛期の頃のお話しです・・


「ムラオカさーん!、日付指定の荷物、ありまーす」
アオタニ君が、配送所の事務室の扉を開け、荷物を積み終え倉庫にいたムラオカさんに向かって、大声を出した。

「はいはーい、えーっと、花っ? 花ですか・・」
「ハイッ、そのようです」

ムラオカさんは自称三十歳の自由人。勤めはせず、今日もアルバイトに精を出す。今で言うフリーターであるが、ただし女房持ち。毎日助手席に愛妻弁当を積んでいる。その定職を持たない大人の姿は、当時二十歳の学生だった僕にとって、それはそれは不思議な人物に見えた。

彼は荷物の花を受け取り、赤いマジックで日付の書かれた伝票をじっと読んでいた。「クリスマス・イブに、花の贈り物?。贈り主は男で、受取人は女か・・。まいりましたね、こりゃあ、大役だ・・」

「ハイッ!」
アオタニ君が嬉しそうに返事をする。

ムラオカさんは、透明なセロファンで包まれた花を覗き込み、中に添えられた手紙を見つけた。「・・わかりました。こんな大切な荷物を、私のようなヤボな男が届けるのはやや気がひけるが、手渡すときには心を込めて、“メリー・クリスマス”とでも言ってやりましょう」

「ハイッ!。お願いします!」
アオタニ君はそう言って、ムラオカさんを送り出した。それから彼は、事務室に置かれた会議用テーブルに向かって座り直し、紛失した伝票の再発行作業の続きを始めた。

周囲では、これから配達に向かおうとしているアルバイト達が、慌ただしく動き回っていた。彼らが事務室の扉を開けるたびに、倉庫の方から、冬の朝の冷たい空気が流れ込んで来た。

さて、そろそろ僕にも出発の時刻が迫っている・・と想ったとき、アオタニ君が急に手を止め、顔を上げて、伝票チェックをしていた僕の顔を見つめたまま、しばらく黙っていた。僕がその妙な様子に気づいて、んっ?と言う具合にアオタニ君を見返すと、彼はその瞬間を待っていたかのように、口を開いた。

「この仕事が終わったら、タカハシさんち、遊びに行ってもいいですか?」
いきなりだったが、さわやかな笑顔が違和感を感じさせなかった。
「どんな絵を描くのか、見てみたいんですよ」
ためらう理由は無かった。
「いいよ」

すると彼は、答えを聞くなり振り向いて、隣で伝票整理をしていた女の子に言った。「キムラさん、いっしょに行ってみませんか。“ヨックモック”持って・・」

彼女はヨックモックと言う言葉にひとしきり笑ってから、快く頷いた。そして何故か、そのまま視線を下にやってしまうのだった。僕も、なるほど、と笑って、「いつでもどうぞ。“ヨックモック”を忘れないように」と付け加えた。


その日は朝から小雪がちらついていた。

僕は11月の末ごろから大学を休んで、お歳暮配達のアルバイトを始めていた。一カ月で軽く三十万を越えるこの仕事は、多少きついけれど貴重な資金源であった。しかしそれも今日で終わることになっていた。12月24日、疲労がピークに達していた。

家から車に乗り、配送所に着くと、内勤の女の子達が空を見上げて騒いでいた。僕は、雪ぐらい珍しくも無いぞ、と言うそぶりで配送所の入り口へ向かったが、彼女達はどうやら、雪が積もってホワイト・クリスマスになるかも知れない、と言うことに興奮しているらしかった。

「そっか、クリスマス・イブなんだよ今日は。でも、関係ないね」
それよりも、この仕事を早く終わらせてゆっくり絵を描きたい。僕は、そのことで頭が一杯だった。それくらい体は疲れていたし、精神的な余裕も無くなっていた。

この仕事は、お歳暮の小包を軽四輪で配達すると言うものだが、たとえば僕の場合、一日に150個ほど運ぶから、朝9時ぐらいから始めて夕方6時辺りを制限時間とすると、1時間に約16個から17個、つまり休み無しで配達しても、1分間に3個から4個づつさばかなければ終わらない。だから、力仕事ではないのに、この時間に追われるプレッシャーに疲れ果てて来るのである。

アオタニ君は配達員ではなく、内勤だった。几帳面で責任感が強く、明るくさわやか。所長からも気に入られて、いつの間にか内勤の班長のようになっていた。じつは、彼と僕とは、ちょっとした縁でつながっていた。彼の兄が偶然にも、僕の高校時代の級友だったのである。

アルバイトを始めて間もなく、彼が級友のアオタニ兄にあまりに似ており、声もそっくり、名字も“アオタニ”だったので、もしやと思い確かめて見たのだ。すると彼は、「えっ!? あなたがタカハシさんなんですか。そうですか、驚きました。うわさは兄からいつも聞いてます!」と僕以上に驚いて見せたのである。

僕も兄貴のアオタニから、弟のアオタニ君のことは良く聞かされていた。兄と違って、真面目で勤勉、さらに絵心が有り、デザイナーを目指しているしっかり者、と聞いていた。正にその通りの人物だった。

それはよいのだが、「お兄さん、どうしてる?」と僕が尋ねて、「兄貴は、駅前の写真館で、カメラマンのアシスタントをしています」

・・と言う答えを聞いたその翌日、配達の途中たまたま、駅から何キロも離れた商店街の「立ち食いそば屋」に入って見ると、なんとそこに、白衣を着てそばを茹でているアオタニ兄を発見したのである。実に、三年振りの再会であった。

人生とはこんなものだ。会う時には不自然なくらいバタバタと会う。

そのアオタニ兄から、立ち食いそば屋は、写真館が副業でやっている店であり、新人はここで半年間の修行をしなければ一人前にはなれないと言う、奇抜な話を聞かされた。ひとしきり再会の挨拶をかわし、僕はタヌキそばの玉子入りを頼んだ。彼は手際良くそばを僕の前に置き、笑った。エビ天が一つ、おまけに付いていた。

他の客も数人待っていたので、それ以上の深い会話にはならなかった。僕も、名残り惜しそうにするのは少し気恥ずかしい気がして、「それじゃ、また」と、わざとあっさり店を出ることにした。結局それきりだった。以来二十数年、彼とは会ってはいない。

配送所へ戻って、兄貴と会った話しをすると、アオタニ君は驚いて、「えーっ?、ウワサをすればってやつですか!。そんな所にいたとは・・。ボクも兄貴には一年ぐらい会ってないんですよ。ホント、偶然って怖いなあ。・・じつはですねえ、もう一人、偶然が現れたんですよ」

と言って、奥で伝票の区分けをしていた男を指さした。「今まで気がつかなかったけど、オオノさんって、兄貴の中学時代のクラスメートだったそうです」

その声が聞こえたらしく、オオノと言う男は僕達の方を振り向いた。そして、「どうも、奇遇です。」と笑い、「アオタニと高校の同級なんだって?。弟に聞いたよ」とあきれる格好をした。やっぱり、今日はバタバタとしている。

「高校は確か、錦城高校だったよな?」
「そう、錦城」
「芸大なんだって?。凄いね、錦城から国立って、凄いよ」
少し馬鹿にしたような口ぶりだ。

「だろうな。創立以来、国立に入ったのオレが初めてらしい。校長からじきじきにお祝いの電話がかかって来たくらいだ」

その当時錦城高校と言うのは、どうしようもない落ちこぼれ高校で、いわゆる『滑り止め』と言われていた学校である。僕はまさに、辛うじてその滑り止めに引っ掛かったのであった。(ちなみに所ジョージさんはこの高校の先輩で、B’zの松本孝弘氏は後輩に当たります。そして現在は大変優秀な高校に変貌しています)

「弟の方はデザイナーを目指してるんだってな」
オオノは、アオタニ弟を見て言った。
「そうです。デザイン会社を作るつもりなんです」
アオタニ君はよどみなく言うのだった。
「頼もしい!。行き当たりばったりの兄貴とはエライ違いである」
「まったく!」その意見に僕も賛同した。

高校時代、アオタニ兄は学校にいる間ずっと寝ていたような気がする、そんな記憶しか無い。そして想い出したように目を覚ましては、「あのなあタカハシ、オレは、自分の子供が女の子だったら、*トルコって名前にしようと思う。アオタニ・トルコ、どうだ?」(注*トルコ=ソープランドの旧称)

・・と言ったような、どうしようもないことを言ったかと想うと、またいきなり机に伏せると言う日常を繰り返していた。そして、休み時間が来るとむっくり起き上がっては姿を消し、やがて煙草臭くなって帰って来る、それが日課であった。

ふつう、長男と次男って、この逆がホントなんじゃないかなあと、僕は何組かの兄弟を想い出しては、頭の中で比べていた。

「でもタカハシさん、24日で終わりなんですよね」
アオタニ君が残念そうに言った。
「あっ、ギリギリまでやらないの?」
オオノ君も少し驚いて見せた。

「一度、大学へ行かないと。おいて来た荷物があるんだ」
「そうか、ゆっくり酒でも飲みたいところだが、まだまだ仕事は続くもんで」
「ああ、気にしないでくれよ」
気がつくと、キムラさんがすぐ隣で話しを聞いていた。小柄な彼女が、また明るい笑顔を見せていた。

・・そう言えば、僕達は、彼女のこの笑顔にずいぶん救われたような気がする。配達が終わり、疲れ果てて配送所の扉を開けたとき、明るい彼女の姿がそこにある。“あの人がいるから、またそこへ行きたくなる”と想わせる人物は素敵だ。彼女はまさにそう言う女性だった。

だが、彼女がどんな素性の人だったのか、詳しく聞いたことはなかった。年は幾つなのか、学生なのか、何も解らないままだった。このアルバイトは約一ケ月ぐらいの短期で、顔見知りになる頃に別れが来る。しかも僕達配達員は一日中外に出ているから、ほとんど内勤の人と話しをする機会は無いのである。

それでも、その彼女と初めて口を聞くようになったのは、僕が荷物の仕分けをしているときのことだった。手伝ってくれていた彼女が、ずっと無言のまま、つまらなそうだったので、何かしら話しかけようかと想っていた。そこへ、荷物の一つに“ミルクパン”と言うのを見つけたのだ。

「お歳暮にわざわざ三越から“パン”なんて贈るかよ!。パンはパン屋で買えよなあ!」と、わりと真面目に批判して見せた。彼女は最初キョトンとしていたが、急に吹き出したかと想うと、そのまま笑い転げてしまったのである。

「あれっ、ウケた?」
と想ったが、何がウケたのか解らず、今度はこちらがキョトンとして、
「どうしたの?」
と尋ねると、彼女はついに腹を抱えてしゃがみこんでしまったのである。

「これ・・、ミルクを沸かす・・、お鍋のことです・・」
笑いながら、やっと答えた。
「ええっ!?。ミルクたっぷりの、とてもクリーミーなパンのことじゃないの・・?」

そうか、食べ物の“パン”って言うのは、確かポルトガル語だったなよあと思い出し、かなり恥ずかしかったが、まあ、とにかくウケたので、これはこれでヨシとすることにした。それに、そのことを切っ掛けにして、彼女とも気楽に話せるようになったし。

十二月も半ばに来るころ、彼女は荷物のことは何でも解るようになっていた。そこで僕は、随分前から気になっていた品物について、尋ねてみることにした。

「キムラさん、これ、ヨックモックって何んですか?」
あるとき配達順に伝票を並べながら僕は、“ヨックモック”と言う品物の正体が知りたくなったのだ。

「ええっ!、知らないんですかあ?」
彼女は意外なほど驚いた。しまった、オレはまた田舎者を暴露してしまったのか。
「えっ?、ああ・・、うん、知らないんだ。ハンモック、とは、違うよなあ」
キムラさんは顔を崩してもう笑い初めている。とにかくよく笑う。

「ひとつひとつ袋に入っている、ビスケットみたいなものです。わたしはチョコでくるんであるのが好きです」。そう言って彼女は、隣に座っているアオタニ君に補足説明を求めるように振り返った。

「タカハシさん、木炭の入れ物によく使われている缶、知りませんか。木炭デッサンのときの」アオタニ君は真顔で言った。
「ああ? あの四角い、シマウマ模様の缶のことか?」
「ええ、そうです、あの缶に入ってるのが、ヨックモックなんですよ」
「なにい?、そうだったのかあ?!」
「そうです。わかりましたか」

不覚であった。いつも目の当たりにしていながら正体も解らず、横目で見ていたあの缶。そしてその缶欲しさに、さ迷い歩いたあの日々・・

僕達画学生は、デッサン用の木炭や鉛筆を持ち歩くために、おのおの空き箱や空き缶を筆箱代わりに用意していた。中でもそのシマウマ模様のそれは、大きさといいデザインといい、まさに理想的な空き缶で、僕もなんとかして手に入れたいと想っていた。その憧れの木炭入れの缶、その中に入っていた物が、このヨックモックと呼ばれているお菓子だったとは・・

「お中元やお歳暮としては、カルピス、サラダ油と並ぶ定番ですよ」
確かに、オレんちに来る物と言えば、樽酒とか荒巻きじゃけとか、野蛮なものばかりだった。だからついにヨックモックと巡り会うチャンスは来なかったのだ。おそらくこれはオレ達とは縁遠い、ハイソサエティな人々が贈りあう、かなり繊細で高級な御菓子に違いない。

「そうか、そうだったのか。・・オレは、一度でいいから、ヨックモックを食べてみたいなあ」と僕は、冗談っぽくため息をついたつもりだったが、キムラさんは本気で気の毒に想ったらしく、「こんど、買って来てあげましょうか?」と慰めるように言うのだった。

あまり真面目に言われたので、ほんとに情けなくなって来たが、
「チョコでくるんであるやつ」とお願いしてしまった。
そのやりとりを聞いていたアオタニ君が、閃いたようだった。

「そうだ!。今度、仕事が終わったあと、コーヒーを入れて、みんなで食べませんか」。アオタニ君はそう提案して、キムラさんに合図した。すると彼女もニコっとした。

僕はニヤリと二人の様子をうかがった。この二人は近ごろ怪しいのだ。気がつくといつも隣りどうしで座っているし、仕事をしながらも、何かしら世間話しをして良く笑い、楽しそうである。

僕達が外で配達中に、配送所で何が起こっているのか解らないが、彼女がアオタニ君に惹かれたとしても、それは不思議ではない。それほど彼は魅力ある人物だった。たとえば、どんな無理な仕事でも、彼の頼みなら何とかしなければと想ってしまうような、そう言う雰囲気を持った男だった。

しかし残念ながら、あまりの忙しさのため、ついにそのヨックモック・パーティーは実現されないまま、僕は先に最終日を迎えることになった。生真面目なアオタニ君の性格から察すれば、そのことをけっこう気にかけていたのかも知れない。そして同時に、自分に残された時間があと僅かになっていることにも、気がついていたはずなのだ。

「この仕事が終わったら、タカハシさんち、遊びに行ってもいいですか?」
アオタニ君はさわやかな笑顔で言った。
「どんな絵を描くのか、見てみたいんですよ」

この仕事が終わり年が明けたら、彼女も含め、改めて三人でヨックモック・パーティーをやろうと言う。僕はふと、これは彼の作戦なのだと気づいた。“絵を見に行く”ことと、果たせなかった“ヨックモック・パーティー”と言う口実。切っ掛けを作るには好都合だ。

「そっか・・」
僕は自分がいいように使われたような気もしたが、しかし、相手はアオタニ君である。こう言う役もまたいいだろう。
「“ヨックモック”を忘れないように・・」
僕は彼女に向かって、念を押した。


ムラオカさんが配達から帰って来たのは、すっかり日が落ちた六時半頃のことだった。僕は先に戻って、持ち戻った荷物を倉庫の棚に戻したあと、終了した伝票に配達員のサインをしていた。

「うけとり、じたーい!」
ムラオカさんは、白い息と共に、のそりと事務室の入り口に立っていた。そして、わりと大きな声でこう言った。
「受け取り辞退でーす!」

そう言って、周囲の注目を浴びながら、出発のときと同じ格好で、セロファンを被せた花の植木鉢を抱え、所長の机の上に置いた。

「おーっと、大変だよ、これは・・」
所長はそう言って、持ち上げて伝票を確認したあと、その花を返品の棚に戻した。

「どうだったんですか?」
アオタニ君がムラオカさんに聞いた。
「贈り主の名前を見るなり、“これは受け取れません”と言うことでした」
「だめだったんですか・・」

事情を知っている数人の者が、「おー」とか「あーあ」とか言ってニヤニヤし、知らない者に説明を始めた。

「なんだか、こっちが落ち込んでしまって・・」
ムラオカさんは椅子に腰掛けながら、ため息をついた。
「まるで自分がフラれたような気分ですよ」
「そんな・・」
アオタニ君が苦笑しながら言った。

「どんな女だった?」
オオノが興味深々の口調で尋ねた。
「二十五、六ぐらいかな、なかなか奇麗な人でしたよ」

「性格、悪そうだった?」
「そんなことは無いでしょう。だいたい、そんなことまで解りませんよ」
「ふーん。でも、大したもんだ」
ムラオカさんは、それには黙っていた。

「このお花は、どうするんですか?」
キムラさんが立ち上がって所長に近づき、尋ねた。
「差出人に戻すんだよ」
まだ三十代前半の、若い所長が椅子に座り直しながら、口元に笑みを浮かべて答えた。

「もったいないです」
「ん?。そうだねえ」
「今から戻したら、しおれちゃいますよ」
「ん?・・うん」。所長は仕事を続けながら生返事である。
周囲の者たちは、彼女の姿を見てニヤニヤざわついていた。

「お水、あげてもいいですか?」
キムラさんがみんなの冷やかしを遮るように、キゼンとした声で言った。それを聞くと、所長も上目使いで彼女の顔を見、黙ったまま小さく何度も頷いた。

室内が静かになっていた。さっきまで冷やかし笑いをしていた者も、机に向かって真顔で仕事を続けていた。ガスストーブの燃える音だけが聞こえていた。

「・・嘆くな、少女よ」
ムラオカさんが見かねて、ふざけた調子で言った。
「こう言うことも、ある」

それでも、キムラさんは憮然としていた。
「でも、受け取るだけ受け取っても、いいと想いませんか?」
すると、う~ん、と唸ってムラオカさんは考え込んでしまった。

「きっと、性格、悪い人なんです。想いやりの無い人なんです」
「これこれ少女よ、会ったことも無い人の悪口を言うのはやめなさい」
「だけど・・、すっごく、嫌な気分!」

「こう言うこともあるさ」
「そんなあ・・」

ムラオカさんは彼女の顔を、困った子だ、と言うように眺め、「あのねえ、たとえばフラれるより、フッた方が何倍も傷つく、ってことだってあるんだよ」と諭すように言った。

「でも・・、じゃあ、その女の人は傷ついてるんですか?」
「それは・・、だからね、解らないんですよ。人の心の中のことは誰にも解らないの。うわべだけ見て、あの人が悪いとか、いい気になってるとか、簡単に決めつけちゃいけないんですよ」

ムラオカさんは、キムラさんが執拗に食い下がるので、少しムキになっていた。しかしひと呼吸置いて、いつもの穏やかな笑顔に戻ると、
「少女よ、そのうち、解るようになる」
と静かに話した。

それでもなお、彼女は納得が行かない様子であったが、ずっと、二人のやりとりを見ていた所長が、「キムラさん、集計、お願い」と声をかけたことで、この話しはようやく終わりを迎えることになった。

その声に、僕も帰るきっかけを見つけた。
「それじゃあ、そろそろ、お先に失礼します」
そう言って、二度三度、誰にともなくお辞儀を済ませると、上着を着て、表に出た。

空からは大きな牡丹雪が降っていた。昼間は一度やんでいたのだが、夜になってまた降り始めたらしい。扉のすぐ横で、アルバイトの女子高校生二人が、両手をコーヒーカップで暖めながら空を見上げていた。

「寒くないの?」
と僕が尋ねると、彼女達は笑って、
「雪だから・・」
と答えた。僕は「それじゃ、お先に・・」と言って車に乗り込んだ。

車を走らせながら、僕は先程までの二人のやりとりを想い出していた。そして、やがて差し戻されるであろう花を手にする、男の姿を想像した。

「その男は、いったいどんな夜を迎えるのだろう」
いつの間にか、心に、かすかな悲しみがまとわりついているのに気づいた。
「まいったな。どうしてこう、簡単に人の気持ちがのり移ってしまうんだ」
だが、どうすることも出来なかった。

雪がフロント・ガラスに吹き付け、ワイパーの形に削られていた。しばらく走って、幾つかの交差点を過ぎると、なだらかな坂を登り、わりと見晴しの良い丘の上に出る。すると、そこから下の住宅街の真ん中には、小さな教会が見えるのだ。

ささやかにライト・アップされた十字架と共に、今夜はクリマス・ツリーの明かりが点滅を繰り返していた。あの教会では、毎年クリスマス・イブの夜、子供達が集まって“きよしこの夜”を歌い、ケーキとプレゼント交換のパーティーをして過ごすのだと言う。小学生の頃、隣の席の女の子が何度もそう教えてくれた。

「まてよ?、あの子は、僕を教会に誘いたくて、わざとあの話しをしたのか?」
なぜか突然そんな気がした。もし、そうだとしたら・・、そんな大昔の記憶が、今頃になって僕の胸をチクチクと痛めつける。

「そんなこと、思ってもみなかったよ・・」
でも、すべての期待に応えることは出来ないんだ。たとえ、どんなに広い心を持っていたとしても・・

ラジオからは、幾つものクリスマスの曲が流れ続けていた。歌っているのはハリー・ニルソンだった。「この人、クリスマスアルバムも出してたんだな」と思う。

ニルソンだと分かったら、何だか映画の「真夜中のカウボーイ」に使われていたあの曲が聴きたくなった。タイトルは忘れたけど、ニルソンが歌ってたやつ、あの曲・・。そうすれば、少し心の曇りが晴れるような気がする。

雪が、家々の屋根や木の葉を白くしていた。ふだんは見えない街中の暗闇が、うっすらと雪明かりで浮かび上がっている。そうして、ほんのいっときだけ、世界を広く優しくしていた。・・だが、予報によれば、この雪は積もらず夜の内に溶けてしまうらしい。

一度、警察の検問に車を止められた。免許証を抜いて、警官に差し出す。窓から中を覗く警官は、検問にしては見るからに人の善さそうなオヤジさんで、軍手をしていた僕の手元を見つけるなり、「ああ、お仕事帰りですか?。はあ、気をつけて下さい。今夜は酔っ払いがたくさんおりますので」と言って、笑顔で、雪が降り積もった帽子のツバに手を当て、敬礼の格好を作った。その人当たりの良さが、心の奥に暖かいものとなって残った。

そうだ。だいじょうぶなんだ・・
年が明けたら、アオタニ君とキムラさんが遊びに来るから。

いつの間にか雪が小降りになっていた。しばらく走った先の信号待ちで、窓を開け空を見ると、まだらなになった雲間に、月明かりが透けて見えていた。

「そうだよ。明日はイエス・キリストの誕生日なんだ」
だからもう、だいじょうぶ・・

年が明けたら、あの二人が遊びに来る・・。都合の良い日を、こちらから連絡することになっていた。年が明けて、一週間じゃちょっと早い。二週間過ぎたら間が抜けてしまうし、そう、ちょうど十日目ぐらいに連絡することにしよう。

まずアオタニ君に電話をして、それからキムラさんにも・・、気が変わらないようにね。僕がわざわざ彼女にも電話するのは、もちろん・・

「“ヨックモック”を忘れないように」
念には念を、ただそれだけの理由だ。



<おしまい>
  

コメント

このブログの人気の投稿

掘り出し物

★電池を買いに、すぐ近所のホームセンター「ケーヨー D2 」へ行ったら、写真のような「単眼鏡(小型の望遠鏡)」を 1000 円均一で売ってました。 前々から自転車やインラインスケート用に欲しいと思っていたので、安物だけどいいや、と思って買って帰りました。 ところが家に戻って覗いて見ると、これが非常にクリアで大きく見えるんですよ。おもちゃみたいな物だから、色がにじんだりボヤけたりするだろうと思い込んでいたので、驚きました。 そこで良くメーカーを見てみたら、「 Kenko 」って印刷してあるじゃないですか。なるほどこれは、カメラのレンズやフィルターなどで名の知れた「 Kenko 」の商品だったんですね。良く見えて当たり前です。失礼しました。・・と、言うことで、ちょっと嬉しくなってしまったので、書き込みました。 何に使うのかと言えば、自転車やスケートで長距離を走行中、初めての場所などで道が分からなくなる時があるんです。その時、道路表示の看板を見ればいいわけなのですが、それが何百メートルも先にあって、やっとたどり着いて確認したら反対方向で、また何百メートルも逆戻りしなければならない、なんてことがあるんですね。そう言う時に威力を発揮するのです。つまり、わざわざ表示板の下まで行かずに、遠くから覗いて読み取り、道を確認できるわけです。 ただ、携帯に便利な小型の物で、しかも性能がいい奴って言うと、けっこう高いんですよ。安くても¥ 5000 くらいはしますね。それが¥ 1000 で手に入ったと言うのはとてもラッキーでした。これでまた、初夏のブレード長距離走行に向けて張り合いが出て来ました。何とか行ってきたいものです。   

クローン人間

★クローン人間のことが話題になると、その是非とは別に気になることがあります。キャプテン高橋は少年のころ友人たちと心霊研究をしていたことがあるのですが、そのときの知識に照らし合わせてみると、クローン人間とはどんなモノになるのか、とても興味があるのです。 まず普通の人々はクローン人間を、「肉体の DNA 的複製」とだけ考えがちですが、心霊的に見ればそれだけでは不完全で、その肉体に宿っている霊魂の方が人間の本体なのですから、霊魂まで複製しなければ完全なクローンとは言えないと言うことになります。 では、霊魂と言うのは、複製できるものなのでしょうか?  「複製」と言う概念からは外れるかも知れませんが、霊魂が分裂することはあります。たとえば一番分かりやすいのは「一卵性双生児」です。これはご存知のように、受精した一つの卵子が子宮内で二つに分かれ、二人の人間として生まれてくることですが、この時、同時に霊魂も二つに分かれます。 つまり本来一人の霊魂だったものが、二つの肉体に宿って生まれて来ると言うことになるわけで、我々が考える「クローン人間」に一番近い形と言うことになるかと思います。 逆に、複数の霊魂が合体することもあるようです。と言うより、ほとんどの人が、複数の霊魂が集まって一人の人間として生まれ変わって来ている、のだそうです。だから、一人の人間の中に、一言では表現しきれないようなたくさんの性格、性癖、本人にも分からない奥底の感情など、複雑な意識がうごめいているわけです。 ところが、その複数の人格が完全に統合されていない幼児期に、あまりにひどい虐待を受けたりすると、そのショックで統合に失敗し、人格がバラバラになったままになる「多重人格症」と言う精神病になってしまうわけです。 これは性格が入れ替わってしまうだけでなく、名前や生まれ育った場所、経験したことまで言い分けると言う特徴があります。心理学的には「創作された人格」だと言われていますが、海外では、副人格の言ったとおりの場所にその人の墓があった、なんて症例まで確認されているようです。 まあ、そんな病的ではないにしても、自分の中に、人には言えないような凶暴な性格が潜んでいて人知れず悩んでいたり、酒を飲むと突然人が変わってしまったり、それを翌朝には完全に忘れていたりなど、本来の自分ではない...

iPhone7plusに買いかえた

★これまで使い続けて来た「iPhone5」ですが、老眼の進行により、とにかく文字が見えにくくなりまして、ついに画面サイズ5.5インチの「iPhone7plus」にかえることにしたのです。 結果、使い勝手すこぶる良好となりました。非常に見やすいですね。これならメールやLINEだけでなく、電子書籍も楽しめそうです。本は何冊かダウンロード購入していたのですが、iPhone5ではとてもじゃないが読む気になれませんでした。あと、漫画も何とかいけそうですね。 上の写真、右の小さいのは「iPhone5」です。下取り機種交換にすれば多少支払いが安くなるのですが、自転車用のナビには大きさがちょうどいいので、iPhone7plusをルータ代わりにして、デザリングでつないでナビとして使用することにしました。 今年は、iPhone発売10周年記念で、記念モデルが出るのでは?との噂もあるし、使用中だった「iPhone5」も、整備品(中古をオーバーホールして発売した製品)の割にはバッテリー状態がよく、まだ使えそうだったのですが、まあ、この辺が潮時かな?と言うことで、思い切って注文してみました。 それと、アメリカがトランプ大統領になったことでアップル社にも圧力がかけられ、「iPhoneをパーツから何から全部アメリカ国内で作れ!」って言い出したと聞き、もし本当にそうなったら、価格とかどうなるだろ?と、すこしだけ心配になった?ってことも有ります。たぶん価格は大幅に上がるだろうし、性能の安定性も失われるかも知れません。 まあ、トランプさんの暴君ぶりには、毎日のように世界中の人々が驚かされてますが、いったいこれから先どうなるんでしょう。 ・・と思っていたら、「イスラム圏7カ国からの入国を禁止」との大統領令に対し、米国各州の司法長官が違憲であると表明し、ついに裁判所が「一時的に効力を停止」との裁定を下しました。 このニュースを聞いて震えませんでしたか?。僕は震えましたね。さすが自由の国、「腐ってもアメリカ」。僕の好きなベースボールが生まれたその国では、法の番人は決して権力に屈しなかったと言うわけです。その姿を見せつけられ感動すら覚えましたよ。 これにはトランプ大統領、まあ怒ってましたけどね。「テロからアメリカを守るための大統領令だぞ。どこが悪い!」ですが、この発言に反感を持った市民からは、「憲法の勝利だ!...

「岬」をネット検索してみる

★むかしむかし、ゴブリンズメンバーのN君などと、インライン スケートでのロングツーリングをやっていた時期がありました。真夏の炎天下をインラインスケートで数日間(100km以上)滑り続けて旅をすると言う無棒?な行為です。 あの頃は「インターネット」はまだ普及しておらず、ゴブリンズの試合結果やいろんなエピソードなどは、全部ワープロで打って、コピーして製本して郵送する、と言う大変なことをやっていました。「ブレード走行記」もその一つです。 そのころ書いたもので「南房総に夏の終わりの夢を見た」「幻のBOSO100マイル」と言う二つの読み物があるのですが、その旅の途上で偶然立ち寄った「岬」と言う喫茶店で、面白いエピソードがありました。そのことをふと思い出しまして、その「岬」をインターネットで何気なく検索してみたら、出て来ました。そこそこの観光ポイントになってるんでしょうか。 (その後、喫茶・岬を舞台にした映画が作られました) 店そのもののホームページではありませんが、まだまだ健在でやっているようです。写真もいくつかありましたが、「こう言う建物だったかなあ?」と思うくらい記憶があやふやになってましたね。ただ色に関しては、我々が訪れた時とは確かに違っていました。壁のペンキを塗り替えたんでしょう。 今だったらこんな風にして、あのころ訪れた場所や宿などを、ネットで検索できるんですね。可能な限りリンクさせたら、ちょっとした観光案内が作れるかも知れないです。・・それにしても、毎年夏になると思い出してしまいます。 古いメンバーがいたころの話しなので知らない人も多いでしょうが、もし興味があったら、走行記も含めて参照してみてください。 ◎「岬」ネット情報 ◎ブレード走行記「南房総に夏の終わりの夢を見た」 ◎ブレード走行記「幻のBOSO100マイル」   

キツネの嫁入り

★そろそろ夏も近づいて来たので、不思議な話しをひとつ。 以前このブログにも書いたのですが、私の母親は昭和初期に生まれ、秋田県の山奥で育ちました。その村では、幼いころ何度も怪異現象に遭遇したそうです。これもそのひとつです。 ある日の夕方、薄暗くなった田んぼのすぐ近くで遊んでいると、少し離れた農道を、長い提灯行列がゆっくりと歩いていたそうです。夕暮れでシルエットもハッキリしないのですが、ゆらゆらとした不思議な提灯の明かりに目を奪われ、ついつい見とれていたそうなのです。 不思議なのは、茂みや小屋の後ろを通るときです。普通なら、物陰を通り過ぎるときは、その距離の分だけ時間がかかって出てくるわけですが、その行列は、なぜか物陰に入った次の瞬間、スッと反対側から顔を出すと言うのです。その奇妙な動きにも気持ちを奪われ、時間の経つのも忘れて、ぼんやり見続けていたそうです。 ところが、何かの拍子にハッと我に返って、急に恐くなった当時の母親は、あわてて家にかけ戻り、家の者たちにそのことを話しました。すると祖父が「そりゃあ、キツネの嫁入りだべ」と言い、気をつけるようにと戒めたそうです。 つまり、本当はその提灯行列は幻で、見ている者のすぐ近くにキツネが隠れていて、化かしているのだと言うのです。そして夢遊病のように行列の後について行って沼にハマったり、そのまま神隠しに遭うこともあるのだと、おどかされたと言います。 なお、大勢の人が提灯を持って練り歩く行く行事は、その村には無かったそうです。念のため・・ 関連記事 ◎ もののけCM    

映画「あ・うん」について

★高倉健さんの主演映画「あなたへ」が、もうじき公開とのことで、それについては、いずれ何処かの誰かが書くでしょうから、ここでは「健さんつながり」で、私の大好きな「あ・うん」のことを少し書いておくことにします。 じつは、恥ずかしながら、健さんの映画を見たのは「あ・うん」が初めてだったのです。見るきっかけとなったのは、あの板東英二さんの言葉でした。 * かつて、映画「あ・うん」の中で、主演の高倉健さんと共演し、親友役を演じた板東英二さんが、第13回日本アカデミー賞発表の壇上に上がってこう語ったのです。 (第13回日本アカデミー賞:1990年) 「いま、この会場に、王と長島がいてくれたら、どんなに誇らしいことか。たとえ彼らでも、高倉健と共演したことは無いだろう。こんな賞は取ったことが無いだろう、と・・」 板東さんは、最優秀助演男優賞を受賞したのです。そしてそれは、若くて一番いい時代を、王と長島の引き立て役にされてしまった野球選手の、大逆転勝利の瞬間でもありました。 私はと言えば、最初に書いたように、それまで一度も「高倉健」の映画を見たことが有りませんでした。ですから「高倉健」と共演することがどんなに誇らしいことなのか。そして「健さん」がどれほど魅力に満ちた俳優なのかが分からなかったのです。 が、坂東さんの感激ようにすごく興味を持ち、試しに「あ・うん」を見てみたら、やっと分かったのです。私はいっぺんにファンになってしまい、しばらくは健さんの出演作品を探し歩いたほどでした。 「鉄道員(ぽっぽや)」なんて、本編より先に予告編の「健さんが、吹雪きの中にたたずんでいる」、その姿を観ただけで、もう、胸が熱くなったりしましたっけ・・ それとテレビドラマでは、NHKの「チロルの挽歌」が実に良かったです。山田太一脚本で、音楽が東京ラブストーリーなどでブレイクした「日向敏文」で・・(これについても書きたいんですが、今回はやめておきましょう) しかしながら、数多い作品の中でも、私には「あ・うん」が特別な感じがしたのです(DVDも手に入れてしまいました)。何故だろうかと考えていたら、この作品だけ、健さんのキャラクター設定がいつもと違う気がして来たのです。 通常「高倉健」と言えば、無口で、不器用で、痛いほど人の...

開かずのファイル‥‥

★ホームページを移転して、久しぶりに「キャプテンズルーム」を復活させたのですが、その時、全部のファイルを開いて画像を入れ替えたり、細かいところを修正して保存し直すと言う作業をやりました。 ところがこの中の、インライン走行記「キャプテン金縛りにやられる , の巻」の2ページ目だけが、どうやっても開かないんです。それどころか、 HP 作成ソフト自体がフリーズしてしまうので、何度も強制終了しては開き直すなんてことを繰り返していました。 でもやっぱりダメなので、けっきょく、一回サーバにそのままアップロードして、そのページを閲覧し、文章だけコピーして、まったく新しい html ファイルを作ってそれにペーストして保存する、と言うやり方で作り直しました。 するとようやく開くことができたので、画像ファイルを付け、段落や文字色などを指定して保存し直しました。その時も、他のファイルに比べて動作がやけに重かったのが異様でした。 じつはこのファイル、僕がブレード走行に行き、御宿のある民宿で金縛りに会い、得体の知れない黒い物に襲われると言うシーンを描写したページだったのです。 「なんだ。またその手の話しか・・」と言われそうですが、ゴブリンズの HP ファイルは、全部合計すると 300 前後あるんですよ。その中の、よりによってそのファイル一つだけが「壊れて開かない」と言うことが、なんか不思議だなあと思ったわけなのです。 もし次、何かの機会に作り直そうして、その時もまた開かなかったとしたら、何かがこもってるって言うことでしょうかね? まあ、ちょっとした話題の一つと言うことで・・   

常識は変わる、とうにお盆を過ぎて・・

★僕が子供のころ、「大人は(特に男は)みなタバコを吸うものだ」と思っていました。でも今は違います。当たり前のように吸われていたタバコも、どんどん禁煙する人が増えて、新幹線が全面禁煙になるのも時間の問題だと言われているのです。 こんな風にして、今まで常識だと思い込んでいたことが常識でなくなり、新しい価値観がどんどん生まれて来るものなんです。 前にも何度か書きましたが、中学生のころ仲間と遊び半分で心霊研究をやってました。そのころの「心霊」と言えば、いわゆる「怪談」で、もちろん僕らも単純に、「怖いもの見たさ」で始めたのです。 ところが様々な心霊関係の書物を集めて読破して行くと、どうもそれだけでは無いと言うことが次第に分かって来ました。 特に古い時代の日本と海外の文献を比較してみて、興味深いことが分かって来ました。ほとんど国交が無く、情報の行き来が無い時代の書物にもかかわらず、日本と海外の心霊の説明が、細かいところまで非常に似通っていることが判明したのです。つまり勝手に作り出した話では有り得ない共通点が、世界中で見つかったことになるのです。 それら書物から得た知識として、「守護霊」とか「自縛霊」とか、「オーラ」とか「ドッペルゲンガー」「ポルターガイスト」などとか言った、いわゆる心霊用語があります。今から約40年前、こんな言葉を知っている人はまずいませんでした。・・って言うより、奇人変人扱いされかねない、そんな時代だったように思います。つまりそれがその頃の「常識」だったんです。 ところが今では、特殊だった心霊用語もちゃんと通じるようになってます。特に「オーラ」なんてごく普通に使われてるし、これは、あの頃からすれば想像もつかないことなんです。だから思うのです。 心霊に関してもどんどん時代は動いている、「常識」はやがて変わるのだと・・ そして今、その象徴的な存在となっているのが「江原啓之」と言う人物ではないでしょうか。数年前からテレビに登場するようになり、昨今は「オーラの泉」や「天国からの手紙」と言う番組で人気を得るようになっています。 初めてこれらの番組を見たときはホントにビックリしました。驚くと言うより「こんな番組やっていいのか?」と言う心配の方が先に立ちました。「この人、あちこちからバッシング受けて、いつか世の中に潰されるぞ!」、他人事ながらそん...

オレも見た、金環日食!

★「どうやら曇り気味らしい」とのウワサだったので、半分あきらめていたのですが、朝、目が覚めたらカンカンに日が照っていて、期待どおりの金環日食を見物することが出来ました。 左の写真は「iPhone」に「フィルターメガネ」を重ねて撮影したものです。撮れるわけないと想いながら撮ったんですが、ま、こんなもんですな。 メガネは一ヶ月以上前に新宿に行ったおり、東急ハンズで購入しました。あの時は、物色していてもほとんど売れる様子が無いので、「みんな興味無いのか?」なんて想ってましたが、当日になってみれば、やっぱり大騒ぎでしたね。 金環食になる時間には、近所に子供や親の声が響き始めてにぎやかでした。ここら辺の子供たちは、観察が終了してから登校することになっていたみたいで、8時を過ぎる頃、あたりはランドセルをしょった大量の小学生であふれていました。 最近の小学生は高学年でもランドセルを大切にするんですね。私の頃は2、3年生でランドセルを放棄、オリジナルバッグ?での登校が目立ってましたけど。 ところで肝心な金環日食ですが、小学生たちが「太陽が欠けて来た!」と騒いでいるのを聞きながら、「いや違う。月が食い込んで来てるんだ」と想ってる自分がいるのに気づきました。 3.11大震災の時もそうなんですが、次第に「自然災害」というより「地球の地殻変動だ!」という意識の方が強くなり、 「ああ、オレたちは、どうにも宇宙という冷徹な法則の中で生きているんだ」 って、感じることが多くなりました。 今月は月がいつもの1.4倍大きく見える「スーパームーン」も有ったし、6月には太陽を金星が横断する現象が見られるとのことで、さらにこの「宇宙意識?」は高まって行くのかも?、・・ってことでしょうか?   

清原選手とフジ会長

★最近気になったニュースは「清原選手の食事メニュー」でしょうかね。肉類を鶏のササミを中心にするそうで、遠征先のあちこちの焼き鳥屋を探すそうです。 数年前、肉体改造をしようとしてアメリカまで渡ったのに、トレーナーの「肉は鳥のササミだけ」と言うアドバイスを聞かず、「オレはステーキが食いたくてプロになったんだ。タンパク質なら牛だって同じだろ。鶏なんか食ってられるか(本人がテレビで言った言葉です)」と、毎晩ステーキを食い続け、その結果、筋肉組織の質が落ちて足の故障につながった、と言うのは(一部では?)有名な話しですよね。その失敗を活かしてと言うわけなんでしょうか、とにかく「鶏肉を食う」んだそうです。 この一例だけでなく、確かに清原選手は変わりましたよね。地震の被害にあった新潟の地域に出向いて、地元の学生を励ましたり、ファンサービスに熱心になったり‥‥ じつはTBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」と言う長寿番組があるのですが、そこに清原選手がロングインタビューで出演したことがあったんです。聞き手は陣内貴美子さんで、ちょうど、堀内監督との確執が騒がれた時期でもありました。 陣内貴美子さんと言えば、ダンナさんはかつての金石投手です(広島-日ハム-巨人)。その金石氏が陣内さんにいつもため息のように語っているのは、「今のプロ野球界で、キヨほどファンに愛される選手はいない。だからあいつは、もっとファンを愛し返さなきゃいけないんだ」と言うことだそうです。 陣内さんがそれを清原選手に伝えたところ、「確かにオレは、今までファンのことなんて一度も考えたことは無かった。自分だけのために野球をやって来た」と言い、「でも、今回の巨人との騒動で、自分の味方はファンだけなんだと分かった」と、かなり反省した発言をしていましたよ。僕はあまり清原選手が好きではないので、彼の発言を疑っていたのですが、その後の彼の行動を見るにつれ、「あれはやはり本心だったのだな・・」と思うようになりました。 むかーし、誰だったか、精神科医か心理学者の言葉で、こう言うのがありました。 「スポーツ選手と言うのは、傲慢で、自己中心で、プライドが高くて、他人を傷つけても何と思わないような人間でないと成功しない」 つまりスポーツ選手とは、相手を倒し、その屍を踏みつけて前進して行くような仕事だと言う意味なのでしょう。...