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雪の降る日に、東京で・・

★先日は東京でも雪が降りまして、交通の大混乱が起きました。この様子について「雪が降っただけで大騒ぎする東京都民は学習しろ!青森県民がマジギレ」という記事がありました。


「あのねぇ・・、東京の人は雪が降っただけで大騒ぎするけど、青森とか東北の人からしたらね、雪は“降る”もんじゃなくて“降り続ける”もんなの!。1日降ったぐらいでギャーギャー騒ぐな!」

「今日ぐらいの雪なんて青森じゃ11月にはフツーに降ってることが多いから、コケたりする人が多くて逆に笑っちゃうわ(笑)。ちゃんと滑り止めのブーツはけよってね」

「もし青森に東京都民が一斉に移住したら冬で絶滅しちゃうでしょ!。熱帯魚じゃないんだからもう少し勉強した方がいいよ。量は変わるけど毎年降ってるんでしょ?。学習したら?」


どうもツイートのコメントのようですが、こんな感じだそうです。気持ちは分かりますが、けっこうなカン違いがあるんですよね。

じつは、東京都民の70%は東京の人間じゃないんです。

ほとんど他府県からやって来た人々なんですよ。で、さらにその内の半分以上は東北、雪国出身の人なわけです。なので青森県民が「マジギレ」した相手は、確率的には東京の人間じゃない可能性が高い、それどころか同じ雪国出身の可能性だってある?ってことなんです。(もう少し勉強した方がいいよ?)

たとえば、東京の職場や草野球チーム?など何でもいいんですが、10人くらい集まったグループで、試しに一人一人出身地を尋ねてみてください。その割合は、だいたい「東京3・地方7」くらいになるはずです。

ちなみに僕の両親も秋田県の豪雪地帯の出身で、親戚もほとんどが秋田出身者です。でも東京に住み着いて数十年が過ぎますとね、いつの間にか東京の季節感を学習し、それが普通になってしまうものなんですよ。

で、なまじ「雪国出身」という自負があるので、「このくらいの雪、何でもない」と出かけ、途中で立ち往生してしてしまうなんて事がよく有るんです。(両親は「雪質が全然違うから」と言いわけしてますが・・)

それから、雪以外でも、別の件でも似たようなカン違いの話しがあります。

大阪人は東京に対してものすごくライバル意識があって、事あるごとに「東京の人間は冷たい。ツンとして愛想が無くてキザな感じ」なんて批判するのをよく見かけます。ですが、あれも、彼らが言う「冷たい人たち」って、たいていは地方出身者のことで、ホントの東京人じゃないんです。

自分の親戚を見ていても分かりますが、地方というのは、近所付き合いや人間関係がとても濃密で、そのあまりの濃密さに疲れ、辟易して東京に出てくる、なんてケースも少なくないのです。そう言う人たちですから、東京ではどうしても希薄な人間関係を好み、ちょっと見、「冷たくて無愛想」なんて風に感じられるのだと思います。

かつて、お笑い芸人の「ウッチャン・ナンチャン」と「ダウンタウン」が売れ始めたころ、スポーツ新聞の芸能記事に、「東京のウッチャン・ナンチャン VS 大阪のダウンタウン」という、ライバル関係を煽るような見出しが出たことがありました。

でもですね、「ウッチャン・ナンチャン」って九州出身なんですよね。にもかかわらず、東京で生活している人間は全部「東京人」になってしまうんですね。面白いもんです。・・たぶん芸能記者クンらも、地方出身の人たちなんじゃないかな?って気がします。

もう一度言いますが、東京の人口の70%は「地方出身者」。東京出身、東京育ちは残りの30%だそうですが、親子三代続いた正真正銘の「江戸っ子」となると、その中の10%くらいで、それ以外は「東京出身だが両親が地方出身者(僕はこの部類です)」と言うことになるわけですね。

なので、東京で流行る言葉やギャル語にも、ちょくちょく方言が紛れ込んでいるんです。代表的なヤツでは「ウザい。ウザったい」でして、じつは地方出身者の方言が流行語になった一例です。

数十年前、まだ誰も「ウザい」を知らないころですが、長野出身の友人が盛んに「ウザい!ウザったい!」と言うので、意味が分からず尋ねたら、「うっとうしい!」という意味の方言だと判明、「地元ではみんな使っている」との話しを聞かされました。(ただし正確な発祥地は不明)

江戸っ子が作るのは、暖かくて人情味豊かな下町文化。それに対し、クールな東京のイメージ、洗練された都会の文化は、むしろ地方から出て来た「田舎者たち」が作りあげたものなんです。

だから、東京って不思議な街なんですよ。


 

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