2008年6月30日月曜日

ヘヴィメタルの起源?

★自分の血液型はA型なのですが、じつは片付けがとても苦手で、部屋はいつも散らかり放題なのです。

で、毎年6月ごろになると大掃除を始めます。暑くなって部屋が散らかっているとうっとうしいし、かと言って真夏に掃除をする気力は無いしで、6月の梅雨寒の頃に大掃除をすることになるのです。

すると決まって、ずっと探していたモノとか、何か珍しいモノが出て来ます。今年はアメリカンコミックの「HEAVY METAL」が出て来ました。

これは何年も前に古本屋で購入したものですが、1980年代に台頭するロックのスタイル、いわゆる「ヘビーメタル」誕生の基になった雑誌だと言われているのです。

ネットで調べてみると、「ヘビメタ」の起源としていろんな説が流れているようですが、これが一番正しい(近い?)と思いますよ。ようするに、雑誌「HEAVY METAL」に登場するキャラクターのコスチュームをマネしたことが始まりなのです。

まずは格好から入って、音楽性についてはその後の色んな要素を組み込んだものだと思われます。ある人は、高音でシャウトするボーカルの金属的な響きから名付けたと言う説を唱えていましたが、むしろネーミングに音を近づけて行ったと考えるのが正しいでしょう。

まあ、音楽のヘビメタにはあまり興味は無かったのですが、アメリカンコミックはすごく好きで、いろいろ雑誌をコレクションした時期もありました。その中に「HEAVY METAL」も有ったんですね。

嬉しいことに、当時(約30年前?!)劇場用アニメーションも公開されまして、いそいそ見に行ったもんです。その内容はほとんど忘れてしまいましたが、「You Tube」で探してみたら有りました。確かこれだったと思います。(予告編みたいですね)







  

2008年6月28日土曜日

シャツ届きました


★新ユニフォームのシャツが届きました。イメージ通りに出来て来ましたよ。写真では伝わりにくいかと思いますが、実物はとてもいい感じです。サイズは(キャプテン高橋はOサイズ)ややたっぷり目に作られている感じです。メジャー仕様と言った感じでしょうか。



脇から背中にかけてのホワイトも効いています。グレーは見た目が暗く重い感じになりやすいため、こにホワイトを入れて軽い雰囲気を出そうとしたのですが、思いのほかキレイです。これにベルトのホワイトを加えると、さらに効果が増すと思います。



ロゴ部分です。写真ではストロボの影響で赤みが強いですが、肉眼だともう少し暗くエンジに近いです。千鳥がけ刺繍をするにはやや細い、と言うことでしたが、ムリを言って作ってもらいました。バット部分の「SINCE1988」とグリップテープ?の刺繍も光っています。


  
  

2008年6月24日火曜日

応援団はもういらない

★こないだの「巨人対ソフトバンク戦」の交流戦(決勝戦)の視聴率が7%台だったそうですね。落ちるところまで落ちました。ただまあ、視聴率と言うのは今は地上波が中心で、BSやCS、それに録画率などを含めたホントのところは不明らしいです。

ですが、気になったのは、その話題を扱ったラジオ番組での「なぜプロ野球を見なくなったか」のアンケートの答えです。「応援団がうるさいから」と言う意見がけっこう有ったらしいのです。

このことについては、このブログでも何度も書きましたが、そう思っている人って、自分だけじゃなく、確実に増えているんじゃないでしょうか。

あれ、ホントにもう、本気で止めてもらないでしょうか。イライラするので、ここ数年まともに日本のプロ野球見てないのですよ。ホントに止めて欲しい。出来れば法律で?罰して欲しいくらいです。

特に、ヘンなリズム、ヘンな音程の歌を唱うのやめて欲しいんですよね。サッカーの応援のパクリだと思うんですが、野球のリズムとまったく合ってないので、音感の鋭い?自分には気持ち悪くてどうしようも無いのです。バッターが打席に向かうまでの間(ま)、ピッチャーがセットしてから投げるまでの間(ま)、この野球独特の「間(リズム)」を大事にして欲しいのです。

たとえばバッターが打席の中で、小刻みに足や体を揺らしてタイミングを計ってますよね。あれが「打撃のリズム(間)」なんです。だから有名な野球応援曲「コンバットマーチ」を口ずさみながら、打席に立ったつもりでリズムを取ってみると、実に理にかなっていることが分かるのです。(試しにやってみてください)

せめてあれくらいの「正しい音感」でもって応援歌を作ってくれたら納得できるのですが、残念ながら昨今はそうなっていません。特に巨人のはヒドい。調子のいいバッターは応援も音も聞こえないくらい集中するそうですが、いったん落ちて来ると、リズムのおかしな応援歌は打撃に影響する恐れが有ります。巨人ってそんな「本来の力を発揮できないバッター」が多くないですか?。もしかしたらそれは、応援歌のせいかも知れませんよ。

それと、これは今まで知らなかったことなのですが、今年の巨人とヤクルトの開幕戦で、巨人の応援団がかなりヒドいことをやらかしたそうですね。開幕戦のセレモニーのひとつで、青山の小学生のブラスバンドが演奏をするプログラムが有ったそうなんですが、その子達が演奏をしている最中、巨人応援団は、ずっと太鼓を鳴らして大声で巨人コールをしていたそうですよ。

「空気読めない」って、あんまりいい言葉だと思ってなかったけど、野球ファンにそのものズバリの連中がいたことが実に情けないのです。ゴブリンズにも巨人ファンがいるので、いろいろ気を使ってるんですが、残念ながら、ますます私の巨人ギライは加速されてしまいました。

ウソでは有りません。検索してみてください。その時の様子を「子供達が可哀想だった」って、いろんなSNSやブログに書かれてますよ。「巨人応援団は大バカ者」って書いてるのも有りました。もう、野球ファンとして恥ずかしいですよ。

それに比べて、メジャーリーグのセレモニーはカッコイイです。比べ物になりません。あのね、日本人選手がメジャーに行きたがるのは、力試しだけじゃないんです。あのカッコイイ雰囲気、ベースボールや選手に対するファンの敬意、そう言うモノへの憧れは大きいんです。

メジャー中継にゲスト解説者として呼ばれた選手たちの言葉を聞いていると、国内ではファンに失礼になるので、あからさまには言いませんが、本心では「鳴り物は無いほうがいい」と思っている選手は多いようですね。

そう言えばこんなことが有りました。こないだメジャー中継でマリナーズ戦をやっていて、最終回マリナーズは1点ビハインドなんですが、ランナー2、3塁でイチロー選手の打順が回って来ました。

一打逆転さよならの場面なんですよ。そうしたら、それまで劣勢で湿っていた観客が口々に「イチローコール」を始めたのです。やがて、少しずつその声援は大きくなり、素振りを終えバッターボックスに入る頃にはボルテージは最高調、イチローがピッチャーに向かってバットを立てた瞬間、球場全体から「イチロー!イチロー!」の大合唱が‥‥

「これ、まるで野球映画だよ!」って感動しました。まるで「メジャーリーグ」や「ナチュラル」のクライマックスシーンそのものなんです。

盛り上げる場面では大げさに盛り上げる、それ以外は静かに戦況を見つめる、この抑揚が大事ですね。同時に、かつての日本野球にも、こんな場面はいくつもあったはずなのになあ、と寂しさを覚えました。大昔、生まれて始めて後楽園球場に巨人戦を見に行った時、確かこんなだったはずなんです。

そのイチロー選手はかつてこんなことを言ってます。メジャー入りしていきなりオールスターのファン投票NO.1になった時の、記者会見での言葉です。

「アメリカの野球ファンは、とても野球が好きで、野球と言うものをよく知っている。そう言う人々に選ばれたことを誇りに想います」

これはですね、大げさに言えば、日本の野球ファンへの決別の言葉だったと思ってるんです。よーく読んでみると、遠回しにですが、日本の野球ファンは「野球と言うものをよく知らない」って言う意味が込められているのです。

彼が振り子打法で一世を風靡したとき、直後は、イチロー見たさに客席は毎試合満員になりました。ところが一旦その熱が覚めてしまうと、毎年200本越え安打の超人的な成績を残しても、次第に客足は遠のくようになりました。そして以前のようにガラーンとしてしまった球場を見た記者が、イチロー選手にそのことをインタビューすると、「これ以上、オレにどうしろって言うんですか!」と食ってかかったそうです。

恐らくあの時、イチロー選手は日本の野球に失望したんだと思うのです。後にマリナーズのキャンプへゲスト参加した時、彼は「もうすでに帰りたくないんですけど!」と、日本では絶対見せなかった満面の笑みでインタビューに答えていました。もはや日本野球は眼中に無いって感じでしたね。

こう言う姿を見て「勝手にアメリカでやってろ!」って言えますか。今の私には、気持ちがよく分かる気がするのです。あの延々と続く、耳鳴りのような応援団のノイズを聞いていると、ホトホト気が滅入って来るのです。そして、こう思うのです。

「オレはもう、日本の球場へ野球を見に行くことは無いだろう」


  

2008年6月18日水曜日

いつからオタクのイメージが悪くなったのか

★あの「宮崎勤」の死刑が執行されたと聞き、20年前のことを思い出していました。20年前と言えばゴブリンズ誕生と同じ年です。同じあの年にあの事件は起きていたのですね。

確か彼が逮捕されたのは夏のころだったと思います。その日私は車を運転し、両親の故郷である秋田に向かっていたからです。かなり渋滞し、高速をあきらめて山道を走っていたので、たぶんお盆休みの頃のようにも思うのですが、どうでしょう。

カーステレオを聴こうと思っていたのですが、その宮崎勤逮捕のニュースが始まって釘付けになってしまったのです。それがそのまま特番になって延々と続いたので、運転していた数時間、ずーっと聞いていたような気がします。

ただ、あの時ワイドショーのリポーターが、宮崎勤を例に「オタク」をほぼ異常者扱いで報道しているのを見て、かなり違和感を持ちました。

彼の部屋から大量のアニメビデオなどが見つかったことから、彼のせいで不幸にも「オタク=気持ち悪い」と言う印象が強くなってしまった気がするのです。

当時勤めていた「JCGL」と言うCG会社には、アニメ学校出身のアニメ・マニア社員がたくさんいたのです。でも彼らは決して「オタク」ではなかったんですよ。

身なりも普通(コスプレする人いなかったし)、性格もみな常識的で、気持ち悪い要素なんて何一つ無かったですよ。むしろ、テレビゲームに夢中になる男子を、アニメ・マニアの女子が呆れ顔で見てる、そんな時代でした。

あの当時「オタク」と呼ばれていたのはアニメ・マニアではなく、じつはコンピュータ・エンジニアだったんです。

20年前と言えばパソコンを持っている人はごく僅かで、それゆえ彼らは、少数派の特殊技能者として、自分たちだけの領域を作り、自分たちだけに通じる言葉を使い、他の人々とは一線を引いていたのです。

で、彼らがお互いを呼び合う言葉が「オタク」だったんですね。これは奥様連中が相手の家庭を指して「お宅、今晩のおかず何にする?」なんて時に使う「お宅」と同じです。

実際私も、JCGLのシステム・エンジニア君たちから、「お宅さあ、このバグレポート、もっとちゃんと書いてくれる?」なんて呼ばれて、「はあ?」と思ったものでした。この、相手を呼ぶ時に使う「お宅」が、やがて「オタク」となって広まって行くことになるんですね。(オタクの語源)

まあ、今ではパソコンも当たり前なので、コンピュータ関係者を「オタク」と呼ぶ人はいなくなりましたけど、それだけ長い時間が流れ、時代が変わったと言うことなんでしょう。

それはそうと、「オタク」に、いつから気持ち悪い「違和感」と言うイメージが定着してしまったのか。とても不思議です。

今では自分も、彼らにちょっと引き気味になることはありますが、かつてのアニメマニアにはそんなイメージはまるで無かったのだ、と繰り返し言っておくことにします(友人がたくさんいるのです)。

・・そうそう、余談ですが、アメリカでは「スターウォーズ」の好きな男って、日本で言うオタクで、同世代の女の子はちょっと引いちゃうらしいですよ。



  

2008年6月9日月曜日

ゴブリンズ歴代ユニフォーム

★現在新ユニフォームの製作を続けていますが、ゴブリンズメンバー土屋氏より、歴代ユニフォームの写真を提供してもらいました。簡単な解説を書いておきましたので、参照してみてください。


ゴブリンズの初代ユニフォーム(1989
 
ミズノ・クラッシックシリーズの生成り木綿生地です。柔道着みたいな感じです。マーキングは圧着に縁取り刺繍。

この頃はまだコンピュータ処理ではなく、職人が手作業で行っていたため、クオリティーの割には値段が高かったです(プロ野球でも手作業でした)

袖に「GOBLINS」の刺繍、背中が殺風景だったのですが背ネームを入れる予算が無く、代わりに「Baseball Club GOBLINS」の文字を刺繍して見栄えを良くしました。苦肉の策だったのですが、お店の人には「今まで見たことの無い斬新なアイデアだ」と面白がられました。

キャップもやはり生成りクラッシックの純正品で作りました。

が、ユニフォーム本体もそうですが、生地が木綿だったので洗濯するたびに縮まって、ルーズだったシャツやパンツも普通のピッタリサイズになり、キャップは小さくなってかぶれなくなる選手が続出、とりあえずキャップだけ作り直すことになりました。


そして作られたのが、このニットキャップ。色もブルーに変更。「白はアマチュアっぽくて嫌だ」と言う意見が多かったからなのですが(お前らアマチュアだろ!って思いながら)笑顔で変更しました。

この頃の帽子マーキングは圧着のみでした。直接刺繍などでマークを入れるためには、帽子を縫い合わせる前の生地に刺繍しなければならず、高額になるため草野球ではまず有り得ませんでした。


二代目ユニフォーム(年代調査中)
 
これはレワードのクラッシクタイプです。このタイプは野球映画の影響で他チームでも流行りました。

生地は木綿を含んだポリエステルにだったと思います。後に「野球物語」と言う商品名になりました。

ストライプに赤のマーキング、黒の縁取刺繍です。これも袖に「GOBLINS」、背中に「Baseball Club GOBLINS」の文字を入れました。

ゴブリンズ史上最高額(¥35,000くらい?)になりましたが、マーキングの職人さんが高齢のため、この仕事を最後に引退することになり、一着一着心を込めて作ったそうです。その言葉通り、見事な出来映えでした。

二代目用の、これもクラッシクタイプの丸形キャップです。生地はやはり木綿ではなくポリエステルでしたが、昔風を意識したのか、柔らかい生地でした。

マークを複数の文字で入れたい欲求が有り、ダメもとで「Well G」と言う文字で試してみたのですが、やはり圧着では今イチでした。マークを直接刺繍で入れられたらそこそこの出来だったとは思います。


三代目ユニフォーム(年代調査中)
 
二代目ユニフォームはメンバーにも評判が良かったのですが、新しいメンバーが増えるに従い、高額な制作費用がネックになって来ました。

出来るだけ安く仕上げると言うことと、少し目新しい物を、と言うことで、ターコイズブルーのシャツにホワイトの文字、黒の縁取り刺繍で作ることにしました。

モデルにしたのはアメリカのカレッジベースボール。日本ではシャツとパンツの色を違える、と言う発想はあまり無い時代で「こう言うデザインの方法もあるのか」と参考になりました。

当時カレッジベースボールで良く見かけたのは、帽子マークを筆記体文字にするやり方です。

これをやってみたい欲求にかられましたが、成功させるにはどうしても「直接刺繍」でなければなりません。

そこで探してみた結果「パルコ」内に色々な物をカスタムオーダーできる店があると判明、「野球帽」と言うカテゴリーも有りました。

で、「これだよ!」と飛びついて作ったのがこのキャップです。結果的には、メンバーよりも応援に来た女性たちから反響が有り、幾つも作って配った記憶があります。

これでしばらくキャップ作りは安心、と思ったのもつかの間、そのカスタムオーダーの店が突然無くなってしまいました。

さらにかぶり心地が好きになれないと言うメンバーもおり、普通のスポーツメーカーの物で作り直すことになったのですが、今度は刺繍してくれるところが有りません。

圧着では線が細すぎてムリだと言うので、別の生地に刺繍した物を切り取って張付けると言う方法を取ったのですが、これが完全な失敗でした。今まで作った中では最低の出来だと思います。

四代目ユニフォーム(1999)
 
ゴブリンズは1997年に一旦休止、1999年末に復活することになるのですが、その数年の間にマーキングは大きく進歩していました。ほとんどがコンピュータ制御となり、帽子にも直接刺繍が出来るようになっていました。

写真の物は新宿アドホックの「ギャラリー2」で作ったもの。後にマイナーチェンジして、ネットショップ「ユニフォ」でオーダーすることになります。

結果的には評判の良いデザインとなりましたが、メンバーの意見を聞き過ぎてエラい精神的苦痛を味わいました(船頭多くして船山に登る、ですな‥‥)。これ以後、ユニフォームは独断で作ることにしました。
このキャップも「ギャラリー2」での制作です。マーキングは直接刺繍。ほぼ完璧ですね。

現行の「ユニフォ」制作の物は、もう少しマークが小さめになっています。

また小文字の「g」にしたのは、大文字「G」だとどうしても「ジャイアンツ」を連想してしまうためです。



その他のアクセサリー

 
これは初代と同じ頃だと思いますが、Tシャツとウィンドブレーカーを作りました。Tシャツはお店のサービスだったと思います。

ウィンドブレーカーは後にも先にもこれ一着のみ。草野球はその活動のほとんどが春・夏・秋なので、ウィンドブレーカーを着用する機会があまりありません。高額なものなので、作るだけソンをすると言う発想で、作らなくなりました。