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応援団はもういらない

★こないだの「巨人対ソフトバンク戦」の交流戦(決勝戦)の視聴率が7%台だったそうですね。落ちるところまで落ちました。ただまあ、視聴率と言うのは今は地上波が中心で、BSやCS、それに録画率などを含めたホントのところは不明らしいです。

ですが、気になったのは、その話題を扱ったラジオ番組での「なぜプロ野球を見なくなったか」のアンケートの答えです。「応援団がうるさいから」と言う意見がけっこう有ったらしいのです。

このことについては、このブログでも何度も書きましたが、そう思っている人って、自分だけじゃなく、確実に増えているんじゃないでしょうか。

あれ、ホントにもう、本気で止めてもらないでしょうか。イライラするので、ここ数年まともに日本のプロ野球見てないのですよ。ホントに止めて欲しい。出来れば法律で?罰して欲しいくらいです。

特に、ヘンなリズム、ヘンな音程の歌を唱うのやめて欲しいんですよね。サッカーの応援のパクリだと思うんですが、野球のリズムとまったく合ってないので、音感の鋭い?自分には気持ち悪くてどうしようも無いのです。バッターが打席に向かうまでの間(ま)、ピッチャーがセットしてから投げるまでの間(ま)、この野球独特の「間(リズム)」を大事にして欲しいのです。

たとえばバッターが打席の中で、小刻みに足や体を揺らしてタイミングを計ってますよね。あれが「打撃のリズム(間)」なんです。だから有名な野球応援曲「コンバットマーチ」を口ずさみながら、打席に立ったつもりでリズムを取ってみると、実に理にかなっていることが分かるのです。(試しにやってみてください)

せめてあれくらいの「正しい音感」でもって応援歌を作ってくれたら納得できるのですが、残念ながら昨今はそうなっていません。特に巨人のはヒドい。調子のいいバッターは応援も音も聞こえないくらい集中するそうですが、いったん落ちて来ると、リズムのおかしな応援歌は打撃に影響する恐れが有ります。巨人ってそんな「本来の力を発揮できないバッター」が多くないですか?。もしかしたらそれは、応援歌のせいかも知れませんよ。

それと、これは今まで知らなかったことなのですが、今年の巨人とヤクルトの開幕戦で、巨人の応援団がかなりヒドいことをやらかしたそうですね。開幕戦のセレモニーのひとつで、青山の小学生のブラスバンドが演奏をするプログラムが有ったそうなんですが、その子達が演奏をしている最中、巨人応援団は、ずっと太鼓を鳴らして大声で巨人コールをしていたそうですよ。

「空気読めない」って、あんまりいい言葉だと思ってなかったけど、野球ファンにそのものズバリの連中がいたことが実に情けないのです。ゴブリンズにも巨人ファンがいるので、いろいろ気を使ってるんですが、残念ながら、ますます私の巨人ギライは加速されてしまいました。

ウソでは有りません。検索してみてください。その時の様子を「子供達が可哀想だった」って、いろんなSNSやブログに書かれてますよ。「巨人応援団は大バカ者」って書いてるのも有りました。もう、野球ファンとして恥ずかしいですよ。

それに比べて、メジャーリーグのセレモニーはカッコイイです。比べ物になりません。あのね、日本人選手がメジャーに行きたがるのは、力試しだけじゃないんです。あのカッコイイ雰囲気、ベースボールや選手に対するファンの敬意、そう言うモノへの憧れは大きいんです。

メジャー中継にゲスト解説者として呼ばれた選手たちの言葉を聞いていると、国内ではファンに失礼になるので、あからさまには言いませんが、本心では「鳴り物は無いほうがいい」と思っている選手は多いようですね。

そう言えばこんなことが有りました。こないだメジャー中継でマリナーズ戦をやっていて、最終回マリナーズは1点ビハインドなんですが、ランナー2、3塁でイチロー選手の打順が回って来ました。

一打逆転さよならの場面なんですよ。そうしたら、それまで劣勢で湿っていた観客が口々に「イチローコール」を始めたのです。やがて、少しずつその声援は大きくなり、素振りを終えバッターボックスに入る頃にはボルテージは最高調、イチローがピッチャーに向かってバットを立てた瞬間、球場全体から「イチロー!イチロー!」の大合唱が‥‥

「これ、まるで野球映画だよ!」って感動しました。まるで「メジャーリーグ」や「ナチュラル」のクライマックスシーンそのものなんです。

盛り上げる場面では大げさに盛り上げる、それ以外は静かに戦況を見つめる、この抑揚が大事ですね。同時に、かつての日本野球にも、こんな場面はいくつもあったはずなのになあ、と寂しさを覚えました。大昔、生まれて始めて後楽園球場に巨人戦を見に行った時、確かこんなだったはずなんです。

そのイチロー選手はかつてこんなことを言ってます。メジャー入りしていきなりオールスターのファン投票NO.1になった時の、記者会見での言葉です。

「アメリカの野球ファンは、とても野球が好きで、野球と言うものをよく知っている。そう言う人々に選ばれたことを誇りに想います」

これはですね、大げさに言えば、日本の野球ファンへの決別の言葉だったと思ってるんです。よーく読んでみると、遠回しにですが、日本の野球ファンは「野球と言うものをよく知らない」って言う意味が込められているのです。

彼が振り子打法で一世を風靡したとき、直後は、イチロー見たさに客席は毎試合満員になりました。ところが一旦その熱が覚めてしまうと、毎年200本越え安打の超人的な成績を残しても、次第に客足は遠のくようになりました。そして以前のようにガラーンとしてしまった球場を見た記者が、イチロー選手にそのことをインタビューすると、「これ以上、オレにどうしろって言うんですか!」と食ってかかったそうです。

恐らくあの時、イチロー選手は日本の野球に失望したんだと思うのです。後にマリナーズのキャンプへゲスト参加した時、彼は「もうすでに帰りたくないんですけど!」と、日本では絶対見せなかった満面の笑みでインタビューに答えていました。もはや日本野球は眼中に無いって感じでしたね。

こう言う姿を見て「勝手にアメリカでやってろ!」って言えますか。今の私には、気持ちがよく分かる気がするのです。あの延々と続く、耳鳴りのような応援団のノイズを聞いていると、ホトホト気が滅入って来るのです。そして、こう思うのです。

「オレはもう、日本の球場へ野球を見に行くことは無いだろう」


  

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