2006年11月30日木曜日

木村カエラはエラい!

★先日ラジオに加藤和彦氏が出演しまして、そのインタビューで、再結成された「サディスティック・ミカ・バンド」の話しをしてました。ボーカルが三代目となるわけですが、今回は木村カエラさんです。

彼女のことはこのブログでも書きましたが、TVKのローカル番組「saku saku」で初めて知りました。元々は雑誌「セブンティーン」のモデルとして活躍していたそうですが、テレビ出演後、CDを出すと共に、あれよあれよと言う間にメジャーになり、現在の「歌手・木村カエラ」として定着して行ったのです。
◎ sakuSaku公式ホームページ

で、加藤和彦氏のカエラ評ですが、「三人の中で一番うまい!」とのことでした。もちろん起用しておきながら「二代目の方が良かったなあ」などとは言えないわけですから、当たり前なんですが、ただ、その続きの言葉がすごく印象的だったんです。

「彼女は日本語をハッキリととても大事に歌う。最近、日本語を英語っぽく発音するような変な歌い方する人が多いけど、カエラは絶対にそれはしない」

◎ サディスティック・ミカ・バンド公式ホームページ
◎ サディスティック・ミカ・バンドとは?

これを聞いた時、思わず「木村カエラはエラい!」って思いましたね。わざわざ妙な「英語なまり」で歌わなくても、ちゃんといい歌が歌えるじゃないですか。

これを我々素人のオッさんたちが指摘したなら、「負け犬の遠吠え」ぐらいにしか思われないでしょうが、一流のミュージシャン「加藤和彦氏」が言ったってとこがまたエラい。若いモンにへつらうような発言はせず、言いたいことをハッキリ言っちゃうんですね。

これに意を強くして言わせてもらうなら、ああ言う歌い方は「聴いてる方が恥ずかしい」のですよ。R&Bやヒップホップに影響された人たちが特にひどい。黒人が日本語で歌ったらホントにこんな感じになるかもなあ、なんて、逆に感心するくらい上手な英語なまり?でラップしたりするので、思わず「おまえらタモリかよ!?」って言いたくなっちゃうんです。

・・あ、いや、むかーしですね、タモリ氏が、そう言う芸で売ってた時期があったんです。今の人たちは知らないかも?ですね。今なら「おまえら欧米か!?」と言った方がいいんですか?

しかしまあ、我々の時代も「日本語はロックにあわない」と言われまして、英語だけで詩を書くバンドがほとんどだったし、かの有名な「はっぴいえんど」が出現した時には、日本語で歌うロックバンド出現!って、ずいぶん話題になったものなんです。

だから気持は分からないでもないですが、でもあの時はいわゆる「黎明期」だったんですよね。「これから何かが始まる」そう言う時代だったんです。が、今は違います。今は成熟期に入っていなければいけないはずなんです。なのに、昔より「コピー度」はヒドくなっているような気がします。

確かにここまで「欧米化」が進んでしまった社会で、独創的な日本のロックやヒップホップを要求するのは酷かも知れません。でも、指の形から振り付けまで、あんなにマネするのはやめましょうよ。

先日中国で開かれたモーターショーが酷評されてましたよね。「北京モーターショーはそっくりさん大会」。コピー自動車を堂々と展示していたってことでホンダが抗議したって話しです。

「恥ずかしさ」と言う感覚が無いんでしょうか。ちょっと不思議な感じもするんですが、でもその直後「ひょっとしたら日本のヒップホップもこんな感じに見えているんじゃないのかな?」なんてことも少し思ったわけなのです。
◎ 北京モーターショーはそっくりさん大会

まあ、かつて我々も体験しましたけど・・・
「その時一番カッコイイ若者文化は、その数年後には一番恥ずかしいものになる」

・・これは、そのまっただ中にいる時には、分からないものなんですよね。
(あっ、今はカッコイイじゃなくて、クール!って言うんですか?)


  

2006年11月26日日曜日

パーラー・ギターを買った

★20年以上愛用して来たギター「マーチンD35」が、あちこち傷んで弾きにくくなり、いよいよオーバーホールしなければならなくなりました。

インターネットで調べてみたら、ざっと見積もっても10万円。細かいところまで直すとなると、20万円近くかかるような感じです。が、今すぐリペアに出す予算が無いので、その間の「つなぎギター」として、写真のようなパーラー・タイプのギターを買いました。

「パーラー」とは5~10人程度の人の集まりのことです。つまり、そう言う小さな場所で演奏するような、小ぶりで音量の小さいギターのことを言うわけです。

買ったのは「アリアADL-01」と言うモデルです。やや塗装に難があると言うことで、3万円のものを格安で手に入れました。しかし外観はまったく問題ありません。よ〜く見ると確かに塗装の乱れがありますが、ギターと言うのは1〜2年も使用すればあちこちキズだらけになるので、ほとんど問題無いのです。ただ商品としてはこの程度でもダメなんでしょうね。

音の方は、30万円のマーチン(1980年代当時)にはまったく及びませんが、高音がけっこうシャリシャリときれいな金属音を出してくれます。ボディが小さいので、やはり低音はあまり出ませんが、その分高音が強調されて聴こえるのかも知れません。

同じような木材を使いながら、何故これほどまでに音質の差が出てしまうのか、考えてみれば不思議です。もちろん値段もですけどね。

まだギターは何百万円と言う程度ですが、有名なバイオリンなんかだと何千万円と言う差となって表れるわけですから、奥は深いです。

これがいわゆる職人技の違いと言うものなんだと思いますが、リペアの様子をホームページの写真で見ていると、ついつい自分でもやってみたくなってしまいます。

◎ ギター工房オデッセイ




★ギターなのに写真だけでは味気ないと思い、試しに動画で音をとってみました。デジカメのムービーモードなので、あまりいい音ではありませんが、こんな感じです。軽くピッキングしてます。


PeeVee.TV「アリアADL-01・ギター動画」
  

2006年11月15日水曜日

松坂投手の誰もが勘違いしているホントの話し

★これは以前、何かで書いたことなんですが、面白い話しなのでまた載せます。松坂投手が横浜高校から西武ライオンズに入団する時の話しです。

みなさんご存知の通り?松坂投手はホントは「横浜ベイスターズに入りたかった」「なのにドラフトで西武から指名されてしまった」「が、彼は不平不満も言わずにすんなりと入団し、チームのために大活躍をした・・」、これが現在まで日本中に伝えられている松坂投手の「いさぎよさ」のエピソードです。

ところが、ただ一人スポーツジャーナリスト永谷脩氏だけは、「それは違う。松坂は初めから西武入りを狙っていたのだ」と断言したのです。もしそれが本当なら、何故マスコミを含め日本中に、「横浜志望」?と言うニセ情報が広まってしまったのか?。しかも今もなおニセのまま定着しているのか?。

・・じつはこう言う「日本中の見当違い」と言うのはけっこう存在しているのです。特に多いのが政治の世界ですが、最近では「ゆとり教育」にからんだ、例の円周率「3.14」がありますね。

ゆとり教育とは、円周率を「3.14」ではなく「3」で教えるとんでもない教育方針なのだ!、と言う情報が日本中に浸透しましたが、実はこれは、生徒減少を懸念した塾業界がマスコミに流した「デマ?」だったんですよ!?。

・・まあこの話題はまたの機会にと言うことで、今回は「松坂投手」に話しを戻しましょう。

永谷氏の話しが本当だとして、なぜ松坂投手は「横浜志望」と言う本心とは違う情報を世の中に流さなくてはならなかったか?。それは「横浜高校のある人物」にまつわる、横浜ベイスターズとのあまり良くない関係が理由だと言うのです。

そう言うことなので、あまり大っぴらには書けないのですが(永谷氏はラジオで堂々と喋ってましたが・・)、ともかく松坂君は、その人物の顔を立てるため、事有るごとに「横浜ベイスターズが好きです」とインタビューで語ったと言うのです。こう語ることで「松坂は横浜に行く意思があるのだな」と、その「人物」に思わせたかったと言うわけです。

この話しをラジオで聴いた時、ハッとしました。松坂君のテレビでのインタビューを思い出したからです。どこの局かは忘れたのですが、確かに彼は「好きな球団は、巨人と横浜です」とカメラに向かって答えていました。しかし次の瞬間、「でも、好きな球団と行きたい球団とは違います」と付け加えるのを、僕はしっかりと目撃していたのです(聴いていたのです?)。

その時は「ふ〜ん」と見過ごしていたのですが、よくよく考えてみれば、この発言は、「意中の球団は、横浜でも巨人でもない」と言っているのと同じではないか?そう思えて来たのです。ただし、この発言を聴いたのは後にも先にもこれ一回きりだし、他の局はさほど重要だとも思わなかったのでしょう。すべてこのシーンはカットされていたようです。

僕も、このインタビューでの発言を自分の目で見ていなければ、永谷氏のスクープ?「松坂投手、西武入り熱望説」をにわかには信じられなかったかも知れませんね。そして世間と同じように「松坂くんは横浜ベイスターズに入りたがっている」と思い込んでいたのかも知れません。

で、「永谷スクープ」を聞いたあと、その後の松坂君の動向を興味深く見守っていると、確かに、どんな場面でも親代わりとして同席していたはずの「その人物」が、西武に指名されて以後、姿を見せなくなったことに気付いたんです。

永谷氏によれば、じつは「松坂本人が同席を拒んだのが理由」とのことなのですが、もちろん僕には真相は分かりません。そして最終的には、「迷う松坂を、東尾監督が200勝記念ボールを差し出し強引に口説き落とした」と言うシナリオを盛り込み、「東尾監督」「その人物」のどちらの顔も立て、めでたしめでたし、・・だったと言うわけです。

・・さて、今回の松坂投手の「ポスティングでメジャー移籍」でも、当初は盛んに「松坂はヤンキースに行きたがっている」とのウワサが流れてましたが、「ホントかなあ?」と、あの時の話しを思い出し、疑ってしまったんです。

メディアとか報道とかもずいぶんいい加減な伝え方をしているし、それによって日本中の人々が「デマを真実だと信用」してしまうんですから、面白いと言うか、一種のマインドコントロールにも思えるし、けっこう恐い現象ですよね。


  

2006年11月9日木曜日

友人の展覧会に行って来た、八高線に乗って・・・

アトリエ棟
★もう一ヶ月ほど前のことですが、埼玉県小川町まで行って来ました。小川町は手すき和紙で有名なところだそうですが、そこにアトリエを構え在住する大学時代の友人が、個展を開くと言うので行くことにしたのです。

会うのは卒業以来で、久々の20年ぶり、再会と小旅行とを楽しんで来ました。個展を開いた場所は普通のギャラリーではありません。以前倉庫だった建物を改造したものです。

40年前までカレー粉製造工場だったところをアトリエとして借り、その隣の材料倉庫をギャラリーとして自力で改造したそうです。どちらも木造合掌づくりで、行ってみると、もうそれだけで味わいのある建物でした。

右アトリエ・左ギャラリー
作品はいわゆる「現代アート」です。一般の人々には「難解」「独りよがり」と思われがちですが、我々アーティストにとっては、その奥底に隠された謎?を読み解くことがひとつの喜びでもあるのです。

彼の作品も、一見クールで無機質に見えますが、その奥には叙情的と言ってもいいくらいの情感が隠されていました。それは、あえてのんびりとしたこの土地の環境の中で制作を続ける、と言う行為からも充分理解できるのです。

小川町は田舎への入り口と行った感じの町でした。あまり田舎独特の風の匂いがしなかったのが物足りなかったのですが、これは季節がらだったのかも知れません。

ギャラリー内
ただ、今回は残念ながらあちこち散歩できませんでした。時間が無かったと言うこともあるのですが、下調べが足りなかったんです。あとで調べてみたら小川町はいろいろ見所があったんですよね。

TBSで日曜日の早朝5時15分からやっている「東京ウォーキングマップ」と言う地味な番組があるのですが、こないだ偶然目が覚めて、偶然チャンネルを合わせたら「小川町」のことをやってまして(東京とは言っても東京近郊まで取材してます)それを見たところ、けっこう面白そうな田舎町なんですよ。せっかく1時間に1本しか無い八高線に乗ってわざわざ行ったのに、もったいないことしました。

近所の図書館
次回は自転車で、泊まりがけで行こうかと思ってます。距離がだいたい片道50kmあるので、日帰りと言うのはキツそうです。

50kmとは驚くかも知れませんが、本格的なサイクリストなら何でもない距離です。簡単に日帰りできます。が、こちらはいいかげんな自転車乗りなので、のんびり行こうと言うわけです。

それでもまあ、自転車で行ったことのある知り合いによれば「それほどの山道ではない」とのことだそうで、わりと本気で考えてますよ。一日に三組しか泊めない有名な旅館もあるそうだし、面白そうです。

◎ 和紙のふるさと小川町
◎ 東京ウォーキングマップ非公式サイト