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M78星雲の彼方に・・「市川森一さん亡くなる」

★先日、脚本家の「市川森一さん」が亡くなりました。 子供の頃に見た「怪獣ブースカ」「ウルトラセブン」 「新・坊ちゃん」「傷だらけの天使」 「銀河テレビ小説:黄色い涙」などなど、その名を知らずに引き込まれていた作品は数知れません。その後、何かのおり、自分が好きなドラマ(あるいは好きな回)の多くが、市川森一脚本によるものだ、と言う事実が判明して驚愕してしまうのです。 昭和のテレビ全盛時代、代表的な脚本家としては「倉本聰氏」「山田太一氏」がまず上げられますが、私にとってのナンバーワンは、なんと言っても「市川森一氏」だったと思います。 そんな数多くの作品の中でも、特におススメしたいのは下記の二本なんです。と言っても、今となっては観ること自体が困難ですが・・(追悼番組として再放送を望む) ◎「 面影橋・夢いちりん (ギャラクシー月間賞受賞)」 エリートとして出世した四人の男が、学生時代に入り浸った喫茶店を通して再会し、その中の一人が殺人事件を犯していたことから運命が急展開、やがて、それぞれが純朴だった学生時代を思い起こす物語り。全4回の短いドラマですが、心に残るラストが秀逸でした。「あの頃の忘れ物を取りに行く」というフレーズは、今では定番の言い回しとなってますが、あれはこのドラマのラストシーンのセリフが始まりです。 ◎「 私が愛したウルトラセブン (放送文化基金賞受賞・第19回ドラマ番組部門奨励賞」 ウルトラセブンと言う夢作りの現場を舞台に、フィクションとノンフィクションを巧みに織り交ぜた物語り。「夢見る力」という流行語はこのドラマのサブタイトルがきっかけです(DVD販売有り) ★ 追伸:「私が愛したウルトラセブン」は、NHKBSプレミアムにて再放送されることになりました。この機会にぜひ見てみてください。 前編「夢で逢った人々」12月31日(土)14:40~16:10 後編「夢見る力」1月7日(土)17:00~18:30 (終了しました) で、以前「私が愛したウルトラセブン」について書いた文章が有りましたので、今回追悼の意味を込めて、再録させていただきます。         ★ M78星雲の彼方に・・ 「西の空に、明けの明星が輝くころ、ひとつの光りが宇宙へ飛んでいく。

iPhone4Sが届いた

★先月予約しておいた「iPhone4S」がやっと届きました。写真の右側が「iPhone4S」で、左がそれまで使用していた「iPhone3GS」です。 注文から納品まで半月くらいでしょうか、今までで一番時間がかかりました。(壁紙は自作です) 電話機能を切り替えているので、「iPhone3GS」はすでに圏外になってますが、Wi-Fiは生きていおり、そのまま「iPod touch」として?使えることになります。まあ自分としては、カーオーディオ専用の音源として使えるので便利かなと言う気がします。 いつもなら新しい携帯電話が届くと、マニュアルを見ながら新機能など試したりして、けっこう時間を忘れて楽しいものですが、今回はデータをそっくり移し替えるだけで終わってしまったので、案外感激は無かったです。 ただやはり、アプリの起動が数段早くなっているのには気がつきました。そのため、3GSでは重くて削除してしまおうかと想っていたアプリが、メインアプリになったりするなどの変化も起こりました。 速度と言えば、今回は「au」からも発売されて、「SoftBank 対 au 対決」なんて記事も盛んに出てましたね。発売前の評判では、ほとんどが「au」に乗り換えるのでは?という予測が多かったようですが、結果的には、先輩の「SoftBank」の勝利だったようです。「au版」は、現時点では、通話とデータ通信が同時に出来ないそうで、それが大きかったような気がします。 データ通信速度と言う点では、都心部での日常の実測値では「au」が圧倒的に勝ったとのことですが、しかしタネ明かしをすれば、「SoftBank」に比べ「au」はスマートフォン・ユーザーが圧倒的に数少なく、その分回線が空いていただけも話しで、「な〜んだ」ってなわけです。これから「iPhone効果」でユーザーが大幅に増えた後はどうなるか分かりません。(実際、通信混雑時を避けた単純計測ではSoftBankがわずかに速かったそうですな) あと「つながりにくい」という点では「SoftBank」もそこそこ努力してるんじゃないかと想います。最近よく使用する画廊のある「中野ブロードウェイ」では、全然つながらず画廊のオーナーも「SoftBankだけ圏外で困ってる人がいる」と言っていたので、試しに「SoftBa

展覧会三つ

★「芸術の秋」と言うことで、展覧会を三つ紹介しておきます。一つは自分のグループ展、他の二つは知り合いの個展です。画像はクリックして拡大することが出来ます。 (いずれも終了) 「元気なアート展」  2011/9/22(木)~ 10/4(火)  中野画廊アベニュー 12:00 ~ 19:00 (9/28休廊。最終日は17:00まで) ◎中野画廊アベニュー  中野5-52-15 中野ブロードウェイ2F  8名の作家による小品展。私(高橋)も二点、CGペイントの作品を出品しています。 「加藤栄吾展」  2011/9/23(金)~ 10/4(火)  わたなべ画廊 11:00 ~ 18:00 (9/28.29休廊)  ◎わたなべ画廊  埼玉県飯能市東町9-12 大学の同期の作家です。独特の世界観をどうぞ。 「山崎克己 紙刻繪展」  2011/9/26(月)~ 10/1(土)  スパンアートギャラリー 11:00 ~ 19:00 (最終日17:00まで)  ◎スパンアートギャラリー  中央区銀座2-2-18 西欧ビル1F 絵本作家、イラストレーターとしても活躍中。実物を見たら覗き込みたくなります。   

2011年、山下達郎、ニューアルバムリリース

★先日、山下達郎氏の6年ぶりのアルバム「Ray Of Hope」が出ました。ホントは昨年の9月ごろ「WooHoo」と言うタイトルで出るはずだったんですが、発売延期のため、約1年遅れでのリリースとなったのです。 凝り性のタツロウ氏のことなので発売延期は珍しくないのですが、かつて「湯水のように金を使い、想い通りのコンセプトでアムバルを作りたい」と熱く語っていた同氏にしては、ずいぶん作り方が簡単と言うか、14曲中9曲がタイアップで、その他数曲ををまとめただけのモノになってる気がします。 まあ、アルバム(album)とは「閉じたもの、幾つかのものをまとめたもの」と言うことなので、本来の姿と言えなくもないのですが。 NEVER GROW OLD (アサヒ飲料「三ツ矢サイダー」CMソング) 希望という名の光 (映画「てぃだかんかん-海とサンゴと小さな奇跡-」主題歌) 街物語 (ドラマ「新参者」主題歌) 僕らの夏の夢 (アニメ映画「サマーウォーズ」主題歌 ) ずっと一緒さ (ドラマ「薔薇のない花屋」主題歌 ) HAPPY GATHERING DAY (「ケンタッキー・フライド・チキン」CMソング ) MY MORNING PRAYER (NTV系「ZIP!」テーマ・ソング ) 愛してるって言えなくたって (ドラマ「冬のサクラ」主題歌 ) バラ色の人生~ラヴィアンローズ (TBS「ブロードキャスター」テーマ・ソング ) こう並べてみると、メロディ的にはかつての面影は少なく、むしろ「新しいタイプの歌謡曲」と言えなくも有りません。なので、昔からのマニアックなファンにしてみれば、「タツロウは終わった」なんて痛烈な批判も出そうですが、私は、これはこれでいいんじゃないかと想ってます。 と言うのも、以前タツロウ氏がFMラジオで、「40歳過ぎても音楽の仕事が出来るとは想ってなかった。それでも仕事をくださるクライアント様には感謝しかない」と語っていたのを聴いていたからです。 ある年齢を過ぎてからは、仕事を選ばず依頼されたことに全力で取り組む、そう言う姿を貫いているのだと想います。「ARTIST」ではなく、まさに「音の職人:ARTISAN」と言ったところでしょうか。 たとえばドラマや映画のテーマ曲なんかでも、既成の曲をあてがうと言うのはまず無いのです。ス

暑い夏には、チープな?カレーを作ろう!

★一時、カレー作りに凝っていました。 男が料理に懲り出すと、やたらウンチクを並べ立て周囲のひんしゅくをかうなんてことが多いですが、しかし、この時凝ったのは「ラーメン屋さんのカレー」あるいは「おそば屋さんのカレー」に相当する、非常にチープな味の追求でした。 「チープ」とは言っても、昔々、日本の家庭のカレーライス、いや「ライスカレー」と呼ばれていたカレーは、だいたいこの味だったと言ってよいのです。特にウチの場合には、亡くなった祖母が、時折り作ってくれるカレーがこの味だったので、私にとってはとても懐かしいメニューなのです。 ところで「ラーメン屋さんのカレー」と「おそば屋さんのカレー」ですが、この2種類は同じようでいて微妙な違いがあります。 まず「ラーメン屋さんのカレー」ですが、多めの油で小麦粉とカレー粉を炒めてルーを作り、ダシは鶏ガラ、味付けは塩と砂糖のみと言うものです。小麦粉の中に含まれるグルテンの作用で「とろみ」は自然につきます。で、これが昔懐かしい「ライスカレー」となるわけです。 これに対し「おそば屋さんのカレー」にはかつお ダシが使われており、味付けは主に醤油とみりん。そしてとろみは片栗粉でつけます。いわゆるカレー南蛮に使われているものと同じです。こちらは「小麦粉カレー」を参考に、おそば屋さんなりにアレンジしたものと思われます。 さらに、おそば屋さんの中には、皿で食べるカレーを「カレーライス」、どんぶりで食べるカレーを「カレー丼」と分けて、二種類出している所もあります。調べてみると、前者は「小麦粉カレー」、後者は「かつおダシカレー」と作り分けていることが分かりました。 さて、あれこれ調べて、ようやくレシピが分かって来たところで、実習に取りかかることにしたのですが、買って来たS&Bのカレー粉缶を見てがく然としました(大げさか?)。なんと缶の側面には、レシピのいっさいがっさいが説明されているでは有りませんか・・ けっきょくは、その能書きを見ながらの調理となったわけですが、小麦粉を炒めていると 次第に色が付いて粘りが出て来たりして、そんなことにけっこう感動しました。 そうしてルーを作り、そこからは普通に肉や野菜を加えて煮込みました。そして数十分、想い通りのチープ?で懐かしいカレーの出来上がりとなり

管降ろしの謎:その2

★管内閣もそろそろ末期に近づいているようですが、へそ曲がりの私には、いまだフに落ちない点があり、まだ気になっているので、それらを一通り書いておくことにします。 そもそも管降ろしの始まりは、3/11震災後に起きた福島第一原発事故に対する、管総理の初動ミスだと言われていました。つまり・・・ 「管総理は、国民に好印象を与えるべく、パフォーマンスのためにヘリで福島原発へ視察に向かった。その間、総理への放射線被ばくを避けるため、ベント作業は延期され、結果、最悪の水素爆発を引き起こした」 ・・と言うものです。 これは、テレビや新聞、ネットなどあらゆる場所で、自民党政治家、評論家、大学教授、コラムニストなどあらゆる人物が、管総理へのバッシング理由として書き連ねていた内容です。もちろん最初は私も「管総理、エラいことをやらかしたな」と、正直想いました。 しかしその後、NHKなどを始め、あらゆる検証ドキュメンタリー番組を見たところ、報道とは違っていたことが分かりました。事故後間もなく 官邸からは「ただちにベント作業開始せよ」との指示 が出されていたのです。 が、にもかかわらず、一晩過ぎてもまったくベント作業が始まらないことから、業を煮やした管総理が 「なぜ始まらないんだ!電話じゃラチがあかん!」と言うことで、ヘリコプターで現地へ直談判に向かった、と言うのが真相でした。 (これは後に亀井静香氏も、石原慎太郎氏との対談で真相を明かしています。 「亀井氏:東日本大震災が起きた3月11日、私は官邸にいた。東京電力は冷静に対応できず、菅首相が癇癪(かんしゃく)を起こし、福島第一原発に行くまでまったく情報が無かった」 ) 実はこの時、福島第一原発のベント弁の開閉は「電動オンリー」で、電源喪失時に行われるはずの、 手動によるベント開閉 操作方法は存在しなかった そうです。 そのため「ベント解放せよ」の指示が出てもまったく動かすことが出来ず、真っ暗闇の中で設計図を引っ張りだしては、解決策を文字通り暗中模索していた、と言うのが真実のようです。 けっきょく「ヘリ視察」を批判した人々は、誰も原発の取材はしておらず(何しろ入れないんですから)、勝手な憶測でバッシングしていたことが明らかになりました。私の知るところでは、バッシングの間違いを

夏の風景展2011

「夏の風景展2011」2011年7月7日(木)~7月19日(火)  中野画廊アベニュー(7月13日・水 旧廊)   (すでに終了しています) ★一人の作家が1~2点ずつ出品する小品展として、春に行われた「春の風景展」に続き、シリーズ物として「夏の風景展」を行います。 「春の風景展」終了直後にあの大震災が起こり、多くの人々が、「人生観の変化」を感じたようですが、自分にも、眼に映る全てが別の世界のモノに変わってしまった、そんな感覚が確かにあります。 企画を立てた画廊からは「こう言う時なので、出来るだけ明るい作品を」との要望がありましたが、作品は心を写す鏡でも有るので、感覚のおもむくままに描いた自分の作品では、要望通りに実現できたかどうかは不明です。果たして他の作家たちはどうだったんでしょうか・・ 計14名の作家による30点近い作品展となりますので、いろいろと楽しめるかと想います。節電によるエアコンの効き具合が心配ですが、時間のある方はよろしくお願いします。   

菅降ろしの謎

★私は、どちらかと言うと子供のころから芸術家気質で、ちょっとアナーキーな性質も有り、「管政権」についてどうこう言うつもりは無いのですが、現在の政治家や評論家、一般大衆まで大きく広がった「管降ろし現象」について、ちょっと何か、謎が有ると想うのです。 昔、中学生の頃、社会科の先生が言った「本当の民主主義とは、いかに少数意見を尊重するかなんだぞ!」との言葉に深い感銘を受けまして・・、で、以来ずっと、多くの意見があまりにも一方向になびく時、「何か有るんじゃないのか?!」と裏読みするへそ曲がりな性格になってしまいまして、今回もこんなことを想いました。 じつは、こないだNHKスペシャル「シリーズ原発危機:事故はなぜ深刻化したのか」を見たんですが、どうも、原発事故に限れば、言われているほど管総理の行動は間違ってなかったように想えたんです。 番組終了後のTwitterでも「意外!管総理よくやってたんだ」みたいな発言も多かったようで、私が受けた感じでも、菅総理の対応を批判した論評のほんとんどが、推測だけで語っており、現場取材による裏付けが無いことが分かりました(放射線浴びるのは怖いですからね)。 こんな風に感じたのは僕だけではなかったようで、ラジオでは評論家の小沢遼子さんが「細かい不備はたくさんあるが、致命的な大きなミスを犯したワケではない。なのに、管降ろしがスゴイことになってる!」と語ってました。 彼女は昔から管さんが大嫌いで、決して擁護派では無いのですが、そう言う人でさえ、今の管降ろしは異様で、具体的な根拠が見えて来ないという疑問を持っているのです。 じつは私も、この妙な感じはずっと持ってまして、いつもなら権力やそれらの横暴に、ハラワタ煮えくり返るくらいの怒りを覚える私が、何故か管総理にはあまり腹が立たないのです。 これは今までの自分の直感からすると、何かが違う・・ それどころか、批判している側の言うことが具体例としてイメージ出来ず、そっちの方の意見にイラ立ちが起こるのです。 そうこうしている内、こんなニュースが報じられました。5月末のことですが、 「地下原発議連:第1回勉強会に20人参加」 参加した主な人物は以下の通りです。まあ、だいたい「管降ろし」に動いている人たちのようです。大連立が有るとすれば、このメンバーが主

児玉清さんと野菊の墓

★すでにご存知のように、俳優の児玉清さんが亡くなりました。司会や読者家としても良く知られていましたが、僕にとっても、近年は書評家としての印象が強かったような気がします。なので、 訃報を聞いてまず思い出したのが、書評家として語った、伊藤左千夫の「野菊の墓」についてのコメントでした。 「時折り、自分の心がすさんでいないか。みずみずしさを失っていないか。その確認のために読み返すことにしています」 確かこんな感じの言葉だったと想いますが、これだけでも、児玉清さんの人柄が分かる気がするのです。「野菊の墓」と言うのは、有名な作品なので説明の必要も無いと想いますが、簡単に言えば、封建的な道徳観の残る時代ゆえに、引き裂かれていく思春期の悲恋物語、と言うことろでしょうか。 これを「時折り読み返している」と言う児玉さんは、なんて堂々とした人なんだろう、と想いました。普通は「いい歳をして、そんな青臭いモノを・・」と想われるのが恥ずかしく、隠したがるものなんですがね。 僕にとっては小説「野菊の墓」よりも、映画「野菊のごとき君なりき」の方が先でした。木下恵介監督の名作です。中学生の時に初めて観て涙がとまらなくなりました。どうすることも出来ない悲しみと、思春期の純粋さに心が洗われて行く感じがしたのです。これ以外にもたくさん映画化やドラマ化されましたが、やはりこれが一番ですかね。 冒頭に登場する、笠智衆さん演ずる年老いた主人公「斎藤政夫」が、矢切の渡しで船に乗り、川面を見つめるのです。そして遠く過ぎ去った故郷の想い出と共に、若くして亡くなった二つ年上の従姉「民子」を想うシーン、懐かしさと切なさと、ここで一気に物語に引き込まれてしまうの です。 じつは、吉田たくろう氏の曲「マークⅡ」の歌詞に、 「年老いた男が、川面を見つめて、時の流れを知る日が来るだろうか」 と言うくだりが有るのですが、あれは、このシーンを見てイメージしたのではないだろうかと、勝手に想像したりしているのです。 ◎マークⅡ歌詞 物語の本当の舞台は「千葉県矢切村( 現在の松戸市下矢切 )」なのですが、残念なことに?あの映画のロケ地は信州だったらしいです。観光の目玉にもなっているようで、その影響なのか、信州が舞台だと想っている人も多いみたいです。 僕は大学時代

3.11数日前・・ 虫の知らせ

★じつは前述の、両親と仲の良い親戚夫婦のことなんですが、ダンナの妹さんが岩手の津波で行方不明になっていると言う知らせが有りました。 夫婦二人は秋田市に在住しているのですが、妹さんの方は、あの、町長が遺体で発見されたと言う大槌町の海辺に住んでいて、まともに震災と津波に遭遇してしまったと言うことなのです。 それで、ここしばらく連絡を取り合っていたのですが、先日、所有していた車が無人のままガレキの中から発見されたと言う電話が有りました。まだ安否の確認は出来ておらず、可能性はわずかに残されていますが、高齢であることも有り、かなり難しい状況だそうです。 思えば、3.11の数日前、母親が「ずーっと真っすぐの、キレイで奇妙な雲を見た」と不思議がっていたのが、ウチでの震災の始まりでした。それを聞いて「そういうのを地震雲って言うんだよ」と冗談めかして言ったことが、本当になってしまったわけなのです。 「地震雲」は、かつては根拠の無いオカルトとして扱われていましたが、現在では、プレートが擦れ合う時に発生する強烈な静電気によって、断層上空に水蒸気が集まる現象ではないかと言われています。阪神淡路大震災の時にも、いろいろな「奇妙な雲」が撮影されたり、地震が起こる直前に、空がピンク色に染まる放電現象などが確認されました。 地震雲については科学的根拠が有りそうですが、根拠の無いものでは、自分の「水道不安神経症?」が有りました。これも3.11の数日前のことですが、水道水が何か汚いもののように思えて飲めなくなってしまったのです。 普段はむしろ水道水をガブ飲みする方で、ほとんどミネラルウォーターなど買ったことが有りません。 それが急に、細菌でも繁殖したかような錯覚に陥り、飲めなくなってしまったのです。 で、やがて、福島原発の放射能拡散による水道水の汚染が発表された時、「ああ、これのことだったのかな」と、突如起こった神経症の理由が分かった気がしました。(この地域は実害は無かったのですが‥) 「はあっ?」と、理解出来ない人が多いと思いますが、いちおう「芸術家気質」のハシクレなので、岡本太郎氏ほど?ではないですが、そんな形で「予感」を覚えることも、たまには有るのです。 こんな得体の知れないことばかり書くと、今の時期「不謹慎じゃないか!」

被災した気仙沼「和風ホテル磯村」

★数年間、両親に頼まれて、インターネットで探した旅館です。仲のよい親戚夫婦四人で出かけて行きました。大変お世話になったようで、たくさんお土産をいただいたり、本来、観光スポットへの車での送迎はやっていないのに、ヨタヨタ歩く年寄り四人を気の毒に思ったのか、わざわざ自家用車でスポットまで送ってくれたりしたそうです。 ですが、やはり今回の大震災でやられてしまいました。建物は残ったものの、津波が二階まで押し寄せたのことで、大変だったようです。幸い、従業員は全員避難して無事のようで何よりでした。・・ついつい馴染みの場所ばかりに注意が行きがちですが、とにかくわずかでも「無事」と言う知らせは希望につながります。 ◎気仙沼「和風ホテル磯村」サイト (しばらくの間は、被災状況や復旧作業の様子がアップされていました。一時サイトは削除されていましたが、現在復活したようです) ◎和風ホテル磯村付近 2011.7 (Googleマップ) 被災直後のホテルの様子 ◎ 楽天トラベルの紹介 ★ ブログ引越しに際して、再びサイトを覗いたところ、2018.8に「網元の宿 磯村」として、再開したとの情報を得ました。「フカヒレ」が名物の、極上の魚料理が食べられる宿として有名です。一度、復興・復活した姿を見にいかれてはいかがでしょう。   

1000年に一度の・・

★あの日以来、朝、目を覚まして、間もなく我に返り、気づいてしまうのです。 「そうだ、これは現実なんだ」と・・ 大地震が起きたあの日から、空を見ても雲を見ても、以前とは何かが違う。もう数日前のあの日々には戻れない。我々は何処か、別の世界に入り込んでしまったのではないか、そんな気がしてならないのです。 次第に震災の大きさが明らかになるにつれ、ローラーブレードで滑っていた頃の記憶が蘇って来ました。1996年の夏に、茨城の高萩から犬吠埼まで。そして、2000年には高萩から福島の四倉まで、計約200kmです。予定では福島原発を越え仙台まで行くはずだったのですが、四倉から先で天気予報で集中豪雨の危険が有りと知り、そこで断念しました。 あの四倉の町もやはり津波で破壊されたそうです。 四倉の駅前で、インラインスケート姿のまま広場でたたずみ、進むか否か迷っていた時、僕を見つけたスケボーの小学生が、チラチラと何か話したげに周囲をグルグル回っていた姿が思い出されるのです。 ・・あの子は大丈夫だったんでしょうか。 それから、飛び込み客なのに快く泊めてくれた、いわき漁港近くの旅館、あそこの人々はどうなったんでしょう。 そして、丘沿いの小さな墓地で墓参りをしていた親子連れ、彼らはどうなったんでしょう。 それから、道を教えてくれた女子高生の二人。 地元の人しか知らないような、入り江の小さな海水浴場で泳いでいた沢山の子供たち、どうなったんでしょう。 それから、高萩の美しい砂浜で犬の散歩をしていた人・・ 珍しがって声をかけてくれた二人の男・・ バイクに乗って注意をして来た警官・・ 駐車場の番をしていた水木海岸の少年・・ 海水浴の車に必死で旗を振っていた客引きの男・・ 大洗海岸で高笑いをしていた海の家のおばさんたち・・ それから・・、それから・・ みんな、どうなってしまったんでしょう。 朝、目が覚めるごとに、記憶に残る一期一会のその姿が、何度も何度も脳裏を駆け巡るのです。   

ソフトバンクは圏外が多いのか? その2

★もうだいぶ前のことですが、日本で初めて格安チケットを売りにする小さな航空会社が発足したことが有りました。旅客機は一機しか無く、整備は大手のN航空に委託していました。当時とても話題になり利用客でいっぱいになったようです。 ところが、整備をやらされた上に客まで取られる、それを快く思わなかったN航空は、やがてその弱小航空会社と同じ値段のチケットを発売し始めました。で、当然ながら客足はN航空に流れて行ったのです。 その様子をテレビが報道していたのですが、インタビューに答えた利用客たちは、口々に「同じ値段なら、サービスや安全性を考えれば、やっぱりN航空ですよね」なんて、したり顔で答えてました。 彼らは「賢い消費者」のつもりだったんでしょうが、私はついつい「バカだなあ」って思ってしまいました。 間もなく、小さな航空会社は客が激減して立ち行かなくなり、経営破綻、旅客機を飛ばすことができなくなりました。するとそれを待っていたかのように、N航空は格安チケットの販売を中止、元の値段に戻してしまったと言うわけです。 「巨大勢力」「巨大権力」と言うのは、得てしてこんなことをやるものなのです。もちろん自由競争の世界ですから、大手を責めることは出来ません。彼らの無意識の?横暴を阻止できるのは、我々消費者の「賢い消費行動」でしかないのです。それが、まんまとハメられちゃっちゃあ、いけません。 ・・とまあ、私がソフトバンクを利用し続けるのは、これと同じ理由ですかね。もちろんドコモよりソフトバンクの方が電波がいいなんて思っていません。ですが「巨大勢力の好きにさせない」これが、長い目で見た場合には、社会の大きな利益になることが多いのですよ。 まあ、今回の「iPhone」に限って言えば「ソフトバンク嫌い」と「アップル嫌い」の二種類の人間がいる気がします。で、なんと私は、その両方を愛用しているのですから、そう言う人たちから見れば、相当な「極悪人」と言うことになるのでしょうね。 ある人に言わせると、「アップルの商売のやり方は汚い」とのことらしいです。しかし野球でもそうですが、弱小球団と言うのは、スクイズだろうがダブルスチールだろうが、あらゆる手段を用いて、なり振りかまわず、点をもぎ取らなければいけないものなのですよ。連打で先取点、ホームランで

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