2010年12月24日金曜日

セラミックベアリングを買った

★ゴブリンズブレード隊として、ここ数年は毎年5月の連休に、インラインスケートでのツーリングをやって来ました。

しかし2010年は、走行中に急激にベアリングが劣化して、どんどん速度が落ち、とんだ失速走行となってしまったのです。

で、この苦い経験から「ベアリングだけは常に最高の状態を保たなければ」と思ったのですが、何せベアリングは高価なのです。三回全交換したらスケート一足買えてしまうほどの値段になってしまうため、つい交換時期が伸び伸びになってしまうものなのです。

先日、新しいスケート靴を買ったばかりなので、それに付属のベアリングでとりあえずはオーケーなのですが、予備が有ればなおオーケーだと言うことで、いろいろ探してみたら、とても格安でパーツ類を販売しているショップを見つけました。「ジェイ・スピリッツ(現在閉店)」と言うのですが、とにかく安いので、まずは試しにと購入してみることにしました。

その時、目を付けたのが「セラミックベアリング」と言うヤツです。

前回失速した時は、何か、長時間の高速回転で、ベアリングのボールが熱で変形したような、いわゆる「焼き付き」を起こしたような印象だったので、セラミックならそれが起きにくいかも知れない、と単純に思ってしまったわけなのです。(それ以上に珍しかったので・・)

二番目の写真が、ベアリングのフタを開けたところです。白いボールが入ってます。「ZrO2ジルコニア」と言うファインセラミックスだそうで、これが「機械的強度が高く、耐熱性、耐摩耗性にも優れている」と言う代物らしいのです。

ネット情報では「一個2000円くらいする」と言うウワサもあったので、それに対しこれはあまりに安過ぎ、「大丈夫かなあ」などと、ちょっと疑ぐってみたりもしましたが、まあ、とにかくモノは試しです。

反対側のフタを空けると、三番目の写真のようになっています。

両側見て分かると思いますが、グリスが入ってません。錆び止めらしき潤滑油で湿ってはいますが、明らかに今まで購入した物とは違います。(注*スピードスケート用で、グリスではなくオイル仕様の物もある)

今回はセラミックの在庫が12個しかなく、本来16個必要なので、通常の鋼鉄ベアリング(赤ブタ)4個を買い足しました。で、こちらも開けてみたらグリスは入ってませんでした。

この、グリス注入のひと手間が無いことが、安さにつながっているのかも知れないなあ、・・などと勝手に思うことにしました。

と言うことで、16個全部に「高速ベアリング用リチュームグリス」と言うヤツを自分で注入し、ホイールに装着しました。あとは、風の穏やかな暖かい日に、どこかで試し走行をしてみたいところですね。




  

2010年12月12日日曜日

「いきものがたり」所沢航空発祥記念館で上映

★先日紹介した大型映像「いきものがたり」ですが、所沢航空公園内にある「所沢航空発祥記念館」と言うところでの上映が決まったようです。

子供向けなので子供連れでないと入りづらい気もしますが、もし良かったらいかがでしょうかね。大型映像と言うことでは大人も楽しめると思います。「所沢航空公園」も広くで良いですよ(飛行機の展示も有ります)。お近くの人はぜひどうぞ。


期間:12/11~12/28
場所:所沢航空発祥記念館
上映開始時間は12:40~と16:00~。他と三本立てになってます。
(現在は終了しています)

で、「いきものがたり」の内容ですが、地球に生命が誕生してから38億年、どのようにして生き物が生まれ多様性を持ちえたのか。生物と地球環境の大切さを伝える作品です。‥‥と言うことらしいです。

高橋が担当したのは「第三章現代から生命の歴史へ」と「共進化イチジクとイチジクコバチの話し」の計5~7分くらい、CGで山とか雲とか植物の絵を描きました。それを監督が時代を表す舞台装置?に見立て、アニメにして動かしてくれてます。でも「ここか!」とは分からないと思いますが‥‥ 

入場料や上映時間など詳しくは地図下のリンクで確認してください。





  

2010年11月7日日曜日

自転車のメンテナンスが終わった・・

★車のデッドニングが終わったので、ようやく自転車のメンテナンスに取りかかりました。

今年はとにかく猛暑で何も出来ず、少し涼しくなったら蚊がわき出して落ち着かず、それが終わったら雨が続いたりと、なかなか作業にかかれませんでした。

このラレーは2005年に購入したもので、2007年に一回タイヤ交換してます。かなり減って来ていたので「そろそろ」と思っていたのですが、外して触ってみたら、1ミリ以下くらい薄くなってまして、危なかったです。下手したらバーストしてたかも知れません。この間どのくらいの距離を走ったか分かりませんが、3年くらいで寿命と言うわけです。

今回は思い切って色を変えてみました。タイヤもそうですが、5年乗ってるとけっこう飽きが来るので、サドルとグリップも白っぽい物に交換して、イメージチェンジしてみました。

ついでにチューブとリムテープ(ホイールの突起物からチューブを守るテープ)も交換。それとハブのベアリング球も換えました。

じつは今年のブレード走行で、スケートのベアリングが、見た目はキレイなのにひどく劣化していて、速度が出ず苦しい思いをしました。なので、自転車も気がつかない内にけっこう傷んでいるかも?と思ったわけなのです。ベアリングは渋谷の東急ハンズで探したら有りました。

サドルは以前のモノより細めにしました。が、サドル交換はじつはかなり危険なのです。もしお尻に合わないと非常に痛い思いをすることになるからです。

普通に考えると、幅広の方が体重が分散して楽な気がしますが、それはママチャリのようなどっしり座るタイプの話しで、スポーツタイプではかえって内股を圧迫することも有るのです。

まあ、これまでいくつも失敗した経験から、自分なりに割り出した「一品」と言うことですが、どうなるかは、試してみなければ分かりません。

ついでにハンドルに取り付けた「SONY nav-u」も紹介しておきましょう。車でも徒歩でも自転車ナビでも使えるとのことで、思い切って購入したのですが、買った後で「MacOS」に対応していないことが判明しまして、ガッカリしました。

かつては「ソニー信者」だった私ですが、残念ながら、今どきMacに対応しないと言うのは時代遅れですかね?。独創性の追求と言う企業理念が、今では閉鎖性と言うアダになってる感じがします。

特に、若きスティーブ・ジョブズ氏が、「熱烈なソニー信者であった」と言うことを考えるにつけ、何だかとても皮肉な感じがしてしまうのです。

Appleが「iTunes」をWindowsに送り込み(後のiPhone展開へと続く)、さらにMacに「WindowsOS」を取り込めるようにして、「Mac買ってもWindowsが使えるんだ」と、迷えるユーザーに安心感を与えるなど、相手の懐に飛び込むことで、むしろ自らの業績を上げたことと比べ、ちょっと戦略として対照的かなと言う気がします。

・・と愚痴も出ますが、まあ、便利は便利ですよ。特に田舎のサイクリングでは効力を発揮します。ただ地図の更新の時にはWindowsが必要になるので、「やっぱ、OS買わなきゃいかんのかなあ」なんて思案してます。

と言うことで、とりあえず自転車のメンテナンスは終了、タイヤが新しくなって接地面積が減ったせいか、ロードノイズも少なくなりました。回転も軽くなった気がします。あとはサドルの相性が良いことを祈るだけです。



  

2010年10月18日月曜日

車の「簡易デッドニング」ってヤツをやってみた

★エコカー補助金目当てに今年3月に購入した軽自動車「ekワゴン」ですが、補助金は長い月日を経て、無事、この10月に口座に振り込まれておりました。ありがとうございます・・


さて、今度の車はオーディオにも凝ってみようと言うことで、パイオニア・カロッツェリア「DEH-P650」と、16cmスピーカー「TS-J1610A」を取り付けたと言うところまでは、以前ブログで報告しました。

で、あとは「デッドニング」と言う音質向上作業をやってみよう、と言うことで、ようやく涼しくなった連休を利用して作業をしてみたわけです。(ただし本格的デッドニングじゃないよ)

「デッドニング」と言うくらいですから、ようするに余計な音を止めて静かにし、「スピーカー本来の良い音だけを聴こう」と言うことですな。ネットなどを色々調べてみると、どうやらデッドニングの基本は、スピーカーが付いているドアの穴を塞ぐことから始まるようです。

ドアにはサービスホールと言う修理時などに使用する穴が空いているのですが、スピーカーの音がドア内部で反響し混じり合い、この穴から出て来てくると、不快な音となって聴こえてしまうと言うわけです。

理屈は分かりましたが、とにかくまずはドアの内張りを外さなくてはなりません。専用の工具を使って「バリ、バリ」とハガします(壊れそうな大きな音がするので怖いです)。さらにパワーウィンドウのカプラーを外します。

中をむき出しにすると、最初にビニールシートが目につきます。ドア内部は雨水が流れ込むので、水分が漏れて来ないようビニールで覆ってあるのですが、これが共鳴して「ビビリ音」や「鳴き」の原因になってしまうと言われています。

「本格的デッドニング」では、このビニールを全てハガし、ホールを完全に塞ぐことになってますが、もしも修理が必要になった場合ここは全部剥がさなければなりません。その万が一を思うと面倒なので、それより簡単な「簡易デッドニング」にすることにしました。

と言うことで、ブチルゴムテープで、ビニールの上からホールを塞ぐ形で貼付けます。ブチルゴムは工業用や建築用など幅広く使われる粘着ゴムですが、制振性が非常に高いことから、はるか昔から自作オーディオマニアの間では有名な素材です。(写真はリアドアです)

それが終わったら、ブチルの上からプラ段ボールをカットして貼付けます。ブチルテープだけでは弱いので、これでさらに音を遮断しようと言うワケです。本格的には高価な制振シートを使うらしいですが、安いプラ段を使います。

プラ段ボールは中空でとても軽く、防音効果が有って、しかも耐熱性が高いと言うことで採用しました。軽さは大事です。ただでさえエンジンの非力な軽自動車なので、出来るだけ軽く仕上げたいわけです。(写真はフロントです)

プラ段に黄色いスポンジが付いているのは、ドアの内張りで押しつけ、ビニールシートにテンションを与えようと言う目的です。テンションを上げることで、不要な振動を抑える効果が期待出来ます。スポンジはダイソーの百円のヤツです。ホントは低反発フォームなんかにしたかったのですが、近所のホームセンターでは売ってませんでした。耐熱性に問題が有るので、来年の夏までには東急ハンズあたりで手に入れておきましょう。

スピーカーの裏のドア内部に、アルミテープ・ブチルゴム・吸音ウレタンの三重構造にした物を貼付けます(指出し手袋を使うのはケガ防止のためです)。

スピーカーは、前から出る音と反対の音(逆相)を裏から出すので、そのままにしておくと打ち消し合って低音が薄くなったりします。それを吸収させなければいけません。普通の室内用スピーカーだと、フェルトやグラスウールなどを入れたりしますね。

車の場合は、雨水対策が必要なのでそれらは不向きです。なので、撥水性の良い吸音ウレタンを使用します。さらに一番下にアルミテープを張り、たとえウレタンが水分を含んでも、直接ボディに触れないよう予防します。吸音と防水とは両立しにくいみたいで、なかなか良い素材が見つかりません。有ったとしても非常に高価なので手が出せません。

さて、スピーカーの周囲に「防音テープ」を巻き付けます。ただのスポンジではなく「エプトシーラー」と言う防音性能の高い素材で出来ています。

この上からドアの内張りを圧着することにより、内張り内部への音漏れを防ぎ、内張り自体の振動も抑えようと言うワケです。ネットでは「非常に効果の高い方法」と評判です。

てなわけで、四枚のドア全てに同じ作業を施して終了です。いろいろ学習しながらやるので、けっこう時間かかります。朝早くからやれば夕方には終わるかも知れませんが、私は午後から始めたので、二日がかりでした。

して、その音は・・?

ハッキリ言って「激変」しますね。非常に聴きやすく良くなりました。この変化は耳に自信の無い人でも分かるんじゃないかと思います。室内オーディオでここまで変わることは、まあ無いですね。

まず、あちこちから聴こえていたビビリ音が無くなりました。それと高音部、耳をツンざくようにヒステリックだった女性ボーカルが、心地よいシュガーボイスになりました。気を良くして、さらにデッキのグラフィックイコライザーで微調整します。もちろん計測器は持っていないので、頭の中で、高音から低音までの音圧が「正三角形」になるようイメージしながら調整します。

と言うわけで、全体としては良くなったのですが、低音については、ゴリゴリするような堅くて重い音になりました。「デッドニング」でそれこそ反響音を抑えたため、膨らみや広がりが減ったからかも知れません。運転中はリラックスしたいので、もう少し柔らかい低音の方がいいのかな、と言う気もします。

まあ、今回は安い材料での「簡易デッドニング」だったので、これ以上は贅沢なのかも知れません。耳が慣れて、もっといい音を欲求するようになったら「本格的」と言うヤツをやってみるのもいいかも、と思いますが・・(あと、サブウーハー?)

でも、数万円かかるんですよね。オーディオは金を掛け始めたらキリが無いので、やっぱり、ここら辺で止めておきましょう。

(ただ、その後長く聴いてみたところ、純正で付いていたスピーカーもそこそこの音を出していることが分かりました。特に低音の伸びが予想以上です。車が三菱製なので、かつて一世を風靡した「三菱オーディオ」のパーツ?が流用されているのでしょうか?。真実は不明ですが・・)



◎ 購入材料
プラ段ボール アルミガラスクロステープ エプトシーラーテープ(ドイト)
ブチルゴムテープ(島忠ホームズ)
内張り剥がし 吸音ウレタン 防音エプトシーラーテープ(オートバックス)

アルミテープ スポンジ(ダイソー)



  
Commented by gobpapa4 at 2010-10-23 08:06
<#40> FM聞くのにはアーシングが効果ありますぜ。

オルタネータやディストリビュータ、イグニッションコイルから5.5sqくらいの電線でアーシングするとノイズが減ります。ヘッド周辺のアースも効果があるかも知れません。アーシング自体は安価で燃費向上やパワーアップに効果があるか無いか賛否両論ですが、FM波受信のノイズ手現に最も効果があります。ipodなどをFMトランスミッター経由で受信している場合にはお手軽です。<#40>

Commented by 高橋10 at 2010-10-23 20:12
アーシングは、車の購入時に薦められましたが、とりあえず断りました(ディーラーオプションは値段が高かったので)。が、ノイズ軽減効果有りは気になりますね。FMはやはりノイズが気になりがちなので、余裕が出来たら今度試してみたいです。次は、寒くならない内に自転車のタイヤ交換とメンテナンスをする予定です。夏の暑さと蚊の攻撃のため、ずっと後回しになっていたので・・



  

2010年10月5日火曜日

「いきものがたり」紹介(いきものがかりじゃないよ?!)




★久々に映像作品「いきものがたり」の仕事をいただき、8月は自宅アトリエ?にこもってずっと絵を描いていました。その作品が完成し10月から上映されたとのことで、紹介をさせていただきます。上映時間は35分で、その内のあるシーンの背景画をMacのCGペイントで描きました。

この作品を演出した「内山氏」はとても才能あふれる人物ですが、なんと、かつてのブレード隊メンバー「森広氏」の友人なんだそうです。打ち合わせの時に告白?されました。で、彼もかつては森広氏同様インラインスケート「K2」を購入し、仕事場の屋上で滑ったり、多摩川沿いのサイクリンロード約40kmを滑ったこともあるらしいです。


まず「名古屋港水族館シネマ館」と言うところで上映し、順次色んなところで公開していく予定だそうです。機会が有ったら、ぜひ大型映像で観てください。



  

2010年9月9日木曜日

ジャイアント馬場伝説

★先日、元プロレスラーの「山本小鉄さん」が亡くなりました。子供の頃は、野球よりもプロレスに熱中していたので、やはり感慨が無くはありません。それと、あのころ僕たちの回りで飛び交っていた「ジャイアント馬場伝説」と共に、記憶の奥底に残っている名前でもあるのです。

僕が小学生だったころ、近所の子供らの間で、あるウワサが広まりました。家からすぐ近くに小さなパン屋さんがあったのですが、そのパン屋に、ときどき「ジャイアント馬場」が訪ねて来るらしい、と言うのです。

「もし近くに大きな黒塗りの外車がとまっていたら、その日は必ずジャイアント馬場が来ている、しかも馬場はデカ過ぎて後部座席に横倒しにならないと乗れないのだ」と・・

僕はその話しに驚き、戦慄してしまいました。ですが、実際にその巨人の姿を見たと言う子供はおらず、まるで伝説のように、ウワサ話しだけが大きくなって行ったのです。

ところが、ある夏休みの夜、僕は初めてその「大きな黒塗りの外車」を目撃することになりました。パン屋のすぐ近くにはお寺が経営している幼稚園が有って、その園庭で毎年盆踊りが行われていたのですが、その盆踊りの夜に、例の大きな黒い外車がパン屋に横付けされていたのです。

ちょうどその夜は盆踊りの最終日で最後に花火が打ち上げられることになっていました。その花火を、隣の家の女の子と一緒に見ようと言う約束をしていたのですが、その「外車」を発見してしまった僕は、車の様子が気になって仕方が無く、頻繁に踊りを抜け出しては「ジャイアント馬場」が現れないかと見張っていました。

しかしとうとう花火が始まってしまい、約束を守るため花火見物に集中していたら、運悪くその十数分の間に車は何処かへ走り去ってしまったのです。けっきょく馬場のウワサが本当だったのか、確かめることは出来なかったのです。

が、その数ヶ月後くらいだったと思います。駅前の一等地に、例のパン屋の姉妹店がオープンすることになり、なんと、その特別ゲストとして「ジャイアント馬場」と、かの「山本小鉄氏」(計三名だったがもう一人が思い出せない。アントニオ猪木?)が来店することになったのです。

まさか!?と思いました。そして町のあちこちに立った告知看板を見ながら「ぜったいに馬場を見に行こう!」と思っていたですが、その時も何だかんだと用事が出来て、やはりジャイアント馬場を目撃することは出来なかったのです。翌日の学校では「馬場」の話しで持ち切りになっていて、すごく悔しい思いをしたのを覚えています。



・・時は流れて、1990年代。僕は自分が率いる草野球チーム・ゴブリンズの会報として「ゴブリンズレター」と言う小冊子を作って郵送していました。その紙面に、この時の話しを自伝風に書いて載せたのです。すると、それを読んだメンバーのN君から連絡が有りました。

作家の沢木耕太郎氏が書いたノンフィクションに、「ジャイアント馬場が、かつてパン屋の二階に居候していた」との記述を発見したと言うのです。それを聞いて「なるほど」と納得しました。この一文で「ジャイアント馬場」と「町の小さなパン屋」、この不釣り合いな組み合わせが、見事につながるではありませんか。

「馬場」はかつて無名時代に、どんな縁かは知らないが、あのパン屋の二階でお世話になっていた。「馬場」はその恩義を忘れず、プロレス全盛で超有名になってからも、時折りパン屋の主人を訪ねて来ていた。さらにパン屋が姉妹店を出すことになった時には、その盛り上げ役となることを喜んで引き受けた・・ でなけば、こんな小さな町の小さなパン屋に「オープニングゲスト」として来るはずが有りません。

そう考えれば、あの盆踊りの夜、僕が見つけた大きな黒塗りの外車が、「ジャイアント馬場」のものだった可能性は非常に高い気がして来るのです。つまりもう少しで僕は巨人の姿を目撃していたかも知れないのです。暗闇にのそりと立ち上がるその姿は、子供の目にはとてつもなく大きく、幻のような光景だったのに違いない、そんな想像もしてしまうのです。

フに落ちないのは、なんで盆踊りのような人通りの多い日に来てしまったのか?。でもそれは偶然で、馬場自身がビックリしていたのかも知れません。だからこそ帰りはパニックを避け、人の目が他に集中する「花火」の時刻を待って、車に乗り込みパン屋を後にした、そう考えることも出来るはずです。

その後、山本小鉄氏はジャイアント馬場から離れ、アントニオ猪木氏とともに新日本プロレスを立ち上げることになるのですが、1999年にジャイアント馬場が亡くなり、今回、山本小鉄氏もこの世を去りました。そうして、あの時代そのものが遠い昔のことになってしまった、そんな感じがしてならないのです。


そう言えば、あのパン屋もずいぶん前に無くなっています。駅前の姉妹店も、いつの間にか牛丼店になっていました。



  

2010年7月15日木曜日

草野球の転換期

★僕は、草野球の試合では、主にセンターを守ることが多いのですが、たまに仲間から「守備位置が深いのでは?」とクレームが来ることが有ります。時折り、捕れそうな浅いフライに追いつけず、前に落としてしまう光景なんかを見ると、そう思うのかも知れません。(個人的には内野のあきらめが早すぎると想ってますが・・)

まあ確かに、昔より足も遅くなって、追いつけない当たりも増えて来たとは思いますが、ただ、この「センターの守備位置」と言うのは、約20年間、およそ350試合に渡る(守備機会数までは分からないが)、僕の草野球経験から割り出した「絶妙な?守備位置」なのであって、簡単に「ちょっと深いんじゃない?」と言われても、なかなか動かしがたいものなんです。

これまでの経験から言うと、実は、草野球の外野の守備位置には「三度の転換期」が有りました。一つは「ビヨンドマックスの登場」。もう一つは「新軟球登場」。そして「イチローのメジャー移籍」です。

まず「ビヨンドマックス」などの登場で、打球の質が変わったこと。ただ、ビヨンドの売りである「飛距離の伸び」の印象は少なくて、それより打球が、フックやスライスなど変化を起こしやすくなったことの方が、捕りにくくてショックでした。ウレタンなど、バット面の摩擦増大によって、ボールのスピンが強烈になったのが原因だと思われます。

次に「新軟球の登場」。これによって、打球の放物線の形が変わりました。「旧軟球」では、打球が放物線の頂点に達したあと、空気抵抗のため急激に勢いを失い、そのまま尻すぼみで下に落ちて来ていました。ところが「新軟球」では空気抵抗が少ない分、きれいな放物線を描くようになり、飛距離が伸びました。なので旧軟球のイメージのままで追って行くと、5m~10m頭を超されてしまうのです。

ですが、人間の感覚と言うのは不思議なもので、いつの間にか慣れてしまうものなんですね。直後はあまりの変化に、「もうオレは外野は守れない」なんて弱気になったりしたのですが、今ではごく普通に捕球しており、「なんであんなに戸惑ったんだったんだろう」なんて、不思議に思い出したりするのです。

前者の二つは道具による物理的な変化でしたが、「イチロー選手のメジャー移籍」は、草野球のセオリーそのものを変えました。それまでの草野球のバッターは「引っ張る」ことしか頭に無く、外野手は、右バッターならレフト寄りに、左バッターならライト寄りにシフトしていれば良かったのです。

ところがイチロー選手以後は、「反対方向」へ打つ素人バッターが急増し、守備位置の選択が非常に難しくなりました。反対方向へ打たれると、通常より10mは余計に走らなければならないのです。

これは明らかにイチロー選手の、左右に打ち分ける打撃スタイルが影響した結果です。それまでの草野球では、「反対方向」へ打つことは「振り遅れ」と見なされ、たとえヒットになっても「打者の敗北」を宣告されることが多かったのです。しかしイチロー効果ですっかり変わりました。反対方向へ打つことも「打者の勝利」と評価されるようになって来たんです。

もちろんイチロー選手は、オリックス時代からそう言うスタイルだったんですが、マリナーズへ移籍してからの方が、むしろテレビ中継される機会が多くなり、逆輸入の形で、日本のファンの「カルチャーショック」を引き起こしたのだと思われます。高校野球でも「ライト志望」の選手が急増したらしいですよね。

余談ですが、「右投げ左打ち」と言う人も激増しましたね。僕はおそよ40年前、小学校5年から「右投げ左打ち」になったんですが、当時も草野球を始めた当初も、「ええ?!。左打ちなの?!」と驚かれたんもんです。それが今では全然珍しいことではなくなり、チーム内に必ず一人はいますよね?。これもまたイチロー効果だと思うんです。

さて、こんな幾つかの「転換期」を経て、少しずつ僕のセンター守備位置は固まって行ったと言うわけです。この三つの出来事以前は、もっとずっと前の方に守っていました。ですが、現在では、昔のままだと守り切ることは難しいと思います。全体的に2~3m後ろに立つようにして、何とか安定した捕球が出来るようになりました。今でもチームごとバッターごとに、多少のシフトはしてますが、基本は「昔より深め」ですね。

それから僕の場合「やまかけ」はしません。失敗すると大ケガしますから‥。なので、たまに難しい当たりを捕った時に、「いい所に守ってたね(ホメことば?)」と言われることが有るのですが、あれはホントは心外なんですよね。「やまかけ」はしてません。だいたい定位置に立ってます。


それより大事なのは「バッターが打つ瞬間」がしっかり見えること。内野手やランナーでバッターが隠れてしまうと打球の方向が分からなくなるので、それを避けるために守備位置を移動することは有りますね。




  

2010年7月10日土曜日

朝ドラ「ゲゲゲの女房」を欠かさず観ている

★この一週間ほど夏風邪にやられて寝込みまして、時折り目を覚ましてはテレビを観る、なんてことを繰り返していました。

で、ウトウトとNHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」の昼の再放送を観ているうち、いつの間にか眠りに落ちてしまい、何やら子供の頃の夢を見ていました。

僕は子供の頃から不思議大好き少年だったため、水木漫画はことのほか好きでした。なので、小学四年?の時に、小遣いを貯めて初めて買った漫画の本も、手塚漫画でもなく石ノ森漫画でもない、「水木しげる著・死者の招き(サンコミックス)」と言う単行本だったんです。

それを買いに行ったのは、小学校の友人が、肺炎で田無市(現・西東京市)の病院に入院したことがきっかけでした。友だち何人かとお見舞いに行くことになり、バスに乗って田無駅まで向かったのです。

家から田無駅までは、大人なら自転車で普通に行ける距離ですが、小学四年の子供にとってははるか遠方で、いつでも簡単に行けるような場所ではありませんでした。

駅前には大きな本屋が有って、欲しい水木漫画の単行本が有るのも知っていました。なので、お見舞いなら好都合、こんなチャンスは滅多に無いからついでに買ってしまおうと考えたのです。

バスを降り、ぞろぞろと、まだ木造だった病棟の一室に入りました。入院していた友人はすでに良くなっていて、ことのほか元気でした。何日も一人で過ごしていたせいか、僕たちを見るととても喜んで、話しが止まらなくなってしまいました。

で、僕はと言えば、話しが長引くうちに、だんだんと漫画本のことが気になって仕方なくなり、「そうだ、今のうちに買ってしまおうか?」なんて思ってしまったのです。だいたい見舞いが終わったあと本屋に寄ると、友人たちを足止めし、面倒をかけてしまうかも?しれません。・・と、自分勝手に考えて、一人でこっそり病室を抜け出し本屋へと向かうことにしました。

本屋に入ってすぐに漫画コーナーへ行きました。そうして、いくつも並んだ水木作品を見比べて、何度も迷ったあげく(何が決めてかは忘れましたが)「死者の招き」と言う短編集を購入したのです。

本を抱え、すこし後ろめたい気持ちで病室に戻ると、すでに仲間たちはおらず、代わりに見知らぬ美少女が見舞いに来ていてドギマギしました。で、ベッドから僕を見つけた友人に「あいつら帰ったよ」と言われ、後味の悪い思いをしながら、そそくさと病室を後にしたのです。

それが僕の、初めての「漫画本購入記」と言うわけです。

夢から覚めて、「あのときは、申し訳ないことをしたな・・」などと、夏風邪にうなされながらボンヤリと考えていました。そして、こんな夢を見たのも「ゲゲゲの女房」のせいだろうか、なんてふと思ったのです。

僕にとって「ゲゲゲの女房」は、「おはなはん」以来およそ40年ぶりに(古い!?)まともに見ている朝ドラです。原作が「水木しげる氏」の奥さんが書いた自伝と言うことで、特別な興味が湧いたわけなんです。演出もなかなか面白いですよ。

物語はいよいよ佳境にさしかかると言うところですが、ここまで見てみると、当初「暗い」「気持ち悪い」と水木漫画に見向きもしなかった人と、「面白い」「何かが有る」と先進性を見抜いた人(編集者)の差とは何だったのだろうと思ってしまいます。

そしてそれは、いつの時代にも当てはまることのようですね。






Commented by リバウンドなし。 at 2010-09-06 04:25
「死者の招き」「猫又」「原始さん」、Sun Conics のこの3冊は、私もかつて繰り返し読み、今も持ってます。「猫又」には、水木さんの開運作「テレビくん」も載ってますね。色々読み返して見ると、たった8ページの小品でも、大胆で荒唐無稽な展開が実にユニークで、「惑星」なんて傑作ですね。貸本漫画の匂いもします。それにしても随分と時が流れてしまいました。貸本屋と言えば、43.4年前、ひばりが丘団地の商店街を左に見ながら中原小学校のT字路を左に曲がって少しの処に貸本屋がありました。店には水木さんの漫画に出て来そうなオジさんとオバさんがいていつもハタキをかけてた。最初の時「借りたいんですけど・・」というと「お母さんに言ってお米の通帳を持って来なさい。」って言われたのを覚えてます。ははは、まだそんなもんがあったんだねぇ。ところで先日ふと、久留米団地に行ってみました。中城けんたろうさんの居た側はすっかり建替えられていて、道を挟んだ反対側は往年の時間の墓標の様なたたずまいで、最後まで居残った人の干し物に薄れ陽が揺れていました。「ああ、やっぱり俺たちの時代は終わったんだな・・。」そんな想いが込み上げてきました。あれ?、ワタシは誰でしたっけ?。

Commented by 高橋10 at 2010-09-06 19:39

コメントありがとう。たぶん、ダイケ氏ですな?。貸本屋が有ったのは覚えてますよ。よく通ってました。でも借りたことは無かったですね。いつも売り本の方を利用してました。あの頃はあの商店街も繁盛していて、TBSラジオの番組で毒蝮三太夫も来たくらいにぎわってました。が、今では寂れて、すっかりシャッター街になってしまいました。それに、かつてそこには食品スーパー「ことぶきや」と言うのが有って、その店がファミリーレストラン「すかいらーく」の創業者だったと言う話しも数年前に知りました。ひばりが丘団地にちなんで「ひばり = すかいらーく」と名付けたらしいですね。その「すかいらーく」と言う名前も、もう無くなってしまったと言うわけです・・

(そう言えば、みんなで中城けんたろうさんに、自作の漫画を見てもらいに行きましたねえ・・。本人は留守で、アシスタントと母堂しかいませんでしたけど)




  

2010年6月30日水曜日

加藤・高橋 二人展終了

★急に暑くなって画廊に通うのも大変でしたが、何とか終了しました。

もう一人の作家、加藤氏の作品とはまったくタイプが違い、最初はどうなるかと思ったのですが、まあ、何とかなったようです。今回は全部で9点。CGペイントになってからは最も数の多い展示となりました。

一番大きい物で 960mm×960mm と、サイズだけは油彩なみに近づけたような気がします。またCGペイントを知らない人々からは質問攻めにあい、分かりやすく説明するのは大変でしたが、それなりのカルチャーショックを与えることは出来たようです。こちらとしても、大きなCG作品、多数の作品を展示する時のノウハウなどを得ることができ、その点でも収穫でした。

まあ一般には、展覧会と言うと「趣味で描いた絵が溜まったので展示をした」程度に思われ、「一枚でこんな値段するの?」などとビックリされることも多いのですが、我々にとっては、仕事そのもの。大げさに言えば「命を削って生み出すもの」とでも言えばいいでしょうか、それくらい必死の作品群でもあるわけなんです(少々オーバーか?)。

それと、CGと言うと、キーボード操作で一瞬の内に完成してしまうと誤解している人もいて(友人なんですが‥)、その人に詳しく説明して改めて驚愕されたなんてケースも有りました。ちなみに私の場合、1点の作品を完成させるまでにおよそ1ヶ月はかかります。これを単純に日当1万円で計算すると、30万円以上で売れなければ採算が合わないことになります。そんなことでも理解してもらえればと思います。

それから、現在のCGペイントに到達したのがここ数年のことで、つまり40歳半ばを過ぎてから、ようやく自分の思う表現方法に近づけたとも言えるのです。同じ頃、今回二人展をした加藤氏と再会し、作品発表の扉を開かせてもらいました。それまでは、20代の学生の頃から含めて約30年間、「何をどう表現したいのか分からない」、七転八倒の孤独と苦悩の日々でした(自分で言うのはオコガマシイが)。

てなわけで、あとどのくらい描けるのかは分かりませんが(次の発表も未定ですが)、命を削って?描いた作品群の行く末を、これからもみなさんに見届けてもらえればと思います。



★中学時代に一緒に絵を描いていた知り合いより、二人展の感想が寄せられました。コメント欄では「文字数が多すぎて送信できません」のアラートが出てしまうそうなので、ブログの本編に載せさせてもらいました。

「サブカルチャーの聖地」とかの中野ブロードウェイは、最近、図らずも自宅団地の防火管理者という立場になってしまった小生には、まるで焚き付けの店を詰め込んだような迷宮であった。
「こりゃあ、何処かの店で出火でもあったらエラいことになるなぁ・・・」

 そして運良く辿り着いたその一隅で「加藤栄吾・高橋フミアキ 二人展」という、もう一つの迷宮を見た。
 随分と趣を異にする二人の作家の作品は、しかし或る意味で、絵描きにとってのアプローチの違いの向こうに、何処か相通じる心性へと辿り着く道が隠れているような気もしたし、また、絵画という表象の身体性、記号性ということを改めて考えてみるのに良いコントラストを成していた。

 高橋氏の作品は、一見、見る者を独自の記号の迷宮に誘い込むかのようである。
が、その「記号のようなモノ」の「意味するコト」を辿る事は決して出来ず、寧ろ作者は、スタティックでどこか虚ろな感じのする実験装置のような仮想都市を箱庭遊びのように迷宮化し、誰も辿り着けぬ物陰からひっそりと誰かが絵の前に現われるのを待っているかのようだ。

 CGデータとは、常に身体を他者に借りなければ視覚表象足り得ない幻だ。作者にとって描くという物理的現場は、日夜カシカシとハッチングを繰り返すタブレット面にしかない。また画家にとって、ひたすら繰り返すハッチングという行為は、瞑想と覚醒を同時にもたらす儀式であり、やがて画家は無数の線とともに解体され、絵画という身体の中に織込まれてゆく。が、CGの場合はモニタに浮んだ仮初めの画像がPCの中に引換券として収監(保存)されてしまう。それをどんな体裁のクローン(商品)的身体に置き換えたとしても、その絵画という現場(身体)は本質的に虚ろなままである。が、思えばそのCGの「虚ろさ」は、どこか人間存在や現代社会の虚ろさにも通じる。
 重厚なハッチングと強い陰影による仮想テクスチャー表象が、今後どのような身体を獲得し、どんなアウラを発するだろうか。

 そして、高橋氏とは虚実反対の側から、存在の虚ろさの中に絵画的身体を模索しているかのように、私には思えたのが、もう一人の作家の加藤氏の作品。こちらは寧ろ、「記号的なるモノ」を極力解体し、「意味してしまうコト」を逃れ、存在の川面に差し込む光りの中に、ふと立ち現われてくる「何者か」を、どういう距離で捉え、どう塗り込めるか、と、いうような仕事のように、ワタクシには思えました・・。

さて、また中野ブロードウェイに行くことがあるかどうかは分らないが、そのときは先ず非常口を確かめよう。


by 炭水化物を減らせ! 




  

2010年6月10日木曜日

加藤栄吾・高橋フミアキ 二人展

加藤栄吾・高橋フミアキ 二人展」
(終了しました)

6月24日~29日
12:00~19:00(最終日17:00まで)
中野画廊アヴェニュー
(現在閉廊されています)

★グループ展「元気なアート展」にお越しいただいた方々には御礼申し上げます。第二部(高橋は出品せず)が七月から有りますが、その前に、6月後半から同じ画廊で二人展をやります。

今回は最大「95cm×95cm」の大きな作品も出品します。加藤氏は芸大の同期で油彩画ですが、私は前回同様オールCGペイントの絵画になります。

使用機器は、iMac 21.5インチ、
ワコムIntuos3タブレット&スタイラスペン
使用ソフト painterX
プリンター EPSON PM-4000PX(8色顔料インク)

期間は短いのですが、グループ展よりもサイズが大きく、一人の作品数が多いので、作家ごとの見応えは有るかと思います。また中野ブローウェイは「サブカルチャーの聖地」とも呼ばれているところで、画廊以外にも面白い店などがたくさん有ります。そう言った点でも楽しめるはずです。


加藤栄吾(かとう えいご)略歴

1955・埼玉県日高市生
1982・東京藝術大学大学院美術研究科 修了
個展多数 
1981 G・アートギャラリー(銀座) 
1983・84 ルナミ画廊(銀座) 
1988・1991・2000・2002・2004
わたなべ画廊(飯能市) 
2001・2002・2005 伊勢丹 そごう 三越等のデパート 
2006・2008 中野画廊アヴェニュー(中野) 
2007 京王プラザホテル ロビーギャラリー(新宿)
グループ展多数 
1984 「フォア・ボールズ展」 代々木ギャラリー 
1985 「平面・五人展」 東京藝術大学展示室 
1986 「FIVE SENSES ’86」 東京藝術大学展示室 
1988・1993世田谷美術館 
1989・2001・2002・2005・2007 埼玉県立近代美術館 
1991・2004・2005・2006 わたなべ画廊
2007 中野画廊アヴェニュー他


高橋フミアキ (たかはし ふみあき) 略歴

1958・東京板橋区生まれ 
1982・東京藝術大学油画科卒業 
1982・株式会社コンピュータグラフィックスラボ入社
1988・退社後フリーランス
雑誌、文庫本、ポスター、パンフレットなどのイラスト制作
展覧会歴
グループ展「Sight Seeing UENO」(油彩画) グループ展
「ONE DAY エキジビション」(アクリル画) 
TEAM ブンチカ2人展「B.C.展」(アクリル画・粘土オブジェ) 
わたなべ画廊企画展「アートスクランブル 2005~2007」(CG ペイント)
絵画入選歴
第8 回日本グラフィック展入選(アクリル画)
第10回日本グラフィック展入選 (アクリル画)
日本イラスレーション展入選(JACA)(アクリル画) 
クレセントコンペ'90 メイドイン大賞入選(アクリル画) 
ON PAPER GALLERY 入選(アクリル画)
東レ・デジタル・クリエーション・アワーズ2002 入選(CG ペイント) 
東レ・デジタル・クリエーション・アワーズ2005 入選(CG ペイント) 
文化庁メディア芸術祭平成15年度(第7回)審査員推薦作品(CG ペイント)




  

2010年5月30日日曜日

「元気なアート展」中野画廊アヴェニュー

★現在、中野ブロードウェイ内の「中野画廊アヴェニュー」にて、2010年5/27(木)~6/8(火)の期間、グループ展をやってます。高橋GMも小品二点を出品しています。今回は計8名の作家が出品しており、うち3人が大学時代の同期です。

作品は、iMac上でペイントソフトPainterを使用し作画しました。プリンターはEPSON・PM-4000PX。顔料インクなので30年~50年は退色しないと言われています。


場所は中野ブローウェイの二階です。二階へ行こうと思ったら三階へ行ってしまったりと、初めて行くとけっこう迷うところです。駅から中野ブローウェイの一番奥まで(早稲田通りに出る寸前)行って、そこの階段を上ると行きやすいと思います。

(中野画廊アベニューは閉廊しました)


  

  

2010年5月4日火曜日

ブレード走行2010:井野 - 伊勢崎「高崎伊勢崎自転車道」



★2010年5月2日、インラインスケートによる、群馬ブレード走行を行いました。今回は「高崎伊勢崎自転車道」を、高橋、土屋、遠藤の三名で滑りました。集合駅は両毛線「井野駅」。そこから数百メートル離れたスタート地点から出発、ゴールは自転車道沿いにある、伊勢崎市の「まちかどステーション」と言うバスの待合室。

当初、走行距離は「42km」の予定でしたが、途中コースを間違えて引き返したり、工事中の迂回で大回りしたりなど、少しずつ距離が増えて行き、けっきょくは「51.9km(iPhone・GPS測量による)」と言う、大変な距離を滑ることになってしまいました。「体力の限界」という言葉が有りますが、本気でそれを味わいました。

それがどんな道のりだったのか。ほんの一部ですが、デジカメで撮影したムービーと、GPSログなどを参照してみてください。デジカメのレンズにホコリが入ってしまい、多少見づらい部分が有ります。(修理の見積もりを出してもらったら2万円近くかかるとのことで、そのままになってます)


ただし体力の限界のため?、残り約8kmと言うことろで、撮影やブログアップなど、何もする気力が無くなってしまい、残念ながら終盤部分のムービーなどが有りません。ご了承願います。

(パノラマ写真・GPS走行ログは土屋隊員によるものです。後半は高橋隊長による走行中の写メールもアップしてあります)














走行中の写メール

出発です。伊野駅から川沿いの自転車道へ
出発から10kmほど。大きな公園内で休憩
広々して野球場が見えて来ました
道を間違えましたが、ついでに昼食
緑の中の気持ちいい道
だいぶ疲労して来ました。景色も単調?
野球見物は何故か楽しい。休憩ついでに
終了!。疲れました・・。スーパー銭湯までタクシーを呼びます



   

2010年4月25日日曜日

スペア・ホイールを買った

★今年もまた連休中に「ブレード隊」が有りそうなので、新しいホイールを買いました。

最近は「ホイール」じゃなく「ウィール」と言うらしいです。でもスペルを見たら同じなので、日本語発音の違いだけのようです。「エネルギー」を「エナジー」と言い換えたようなモンです。

どうもスケート・ボーダーが言い出したみたいですが、我々は「アルミ・ホイール!」と覚えて育った世代なので、今さら「ウィール」なんてコっ恥ずかしくて言えません。「ホイール!」で通させてもらいます。

で、今回買ったのは中国の「RADIUS」と言うメーカーの物で、安いです。店はネットで、スキー専門店のようです。この頃のスキー屋さんには、夏場のトレーニング用にインラインスケートが用意されているものなんです。


普通は左右両足8個分で8000円くらいしますが、これはほぼ半額の4000円です。今はアウトレットなら10000円くらいでスケート一足が買えてしまうので、スペアに8000円も出してはいられません。もちろん精度がいい加減では困るのですが、かと言って、一年に一回くらいの物に大金をかけるのもどうかと思います。で、今回は「ものは試し」と言うことで、中国製にしてみました。

取り出してみてまず気づいたのは、マークもロゴも何も付いてないと言うことです。まあシンプルと言うか、スッキリしてますね。直径は80mm、堅さは82a。数が多いほど堅くなります。82aはかなり堅い方で路上に向いてますね。

色は透明です。ちょっと厚みの加減でサングラスのスモーク色に見えてます。それから形ですが、縦に見て左右が対象じゃないです。片方を削って少し平な面になってます。これで裏表を区別しろと言うことなんでしょうか、よく分かりません。接地面はやや鋭角で狭くなっています。(ホッケー用などは広い)

とりあえず新しいせいもあって見た目は非常にいい感じです。ベアリングのハマリ具合もちょうどいいです。精度が悪いとベアリングがゆるゆるだったり、逆にキツくて外れなくなったりするのですが、まったく問題有りません。あとは実際に滑ってみてどうか、・・ですね。


ところで、今回のコースは「高崎伊勢崎自転車道」はどうか、なんて話しにはなってます。





  

2010年3月31日水曜日

ekワゴンに買い替えた

最近はあまり車にも興味が無く、買い替える気も無かったのですが、三菱の「ekワゴン」を買いました。

13年以上乗った車を買い替えると「エコカー減税」や「補助金」がフルにキャッシュバックされると聞いて、何気なく、ウチのは何年ぐらいだろうと数えてみたら、今年の5月でちょうど13年目になると言うことが判明したのです。

さらに2010年3月末で終了予定の「エコカー減税・補助金」が9月まで延長になった、と言う話しを聞くに及び、「もし買い替えるなら、今なのかなあ・・」と思うようになりまして、で、いつもお世話になっている整備工場の営業マンに相談してみたら、トントン拍子に話しが進み、つい先週、三菱ekワゴン納車の運びとなったと言うわけです。(さすが営業マン・・)

それまで乗っていた車は、自動的に廃車となります。
「多くの人が、古い車をエコカーに替えれば、その分、環境に優しくなる」
というのが狙いだそうです。ついでに景気の刺激にもなると言うわけです。なお今回、5月を過ぎないと古い車の登録期間満13年にはなりませんが、買い替えが目的であれば、前後3ヶ月のズレは承認されるらしいです。(廃車は5月に行われます)

いままでの車は「ミニカ・タウンビー」と言う、当時流行したクラッシックタイプの軽自動車でした。

ウチの車庫は軽しか入るスペースが無いし、出来るだけお金もかけたくないので、今回も軽からの選択となったのですが、あまり迷いは無く、形のバランスがいい「ekワゴン」にほぼ決めていました。

が、正式に発注した後で、たまたま自動車サイトのユーザーレビューを読んだところ、ekワゴンは「パワーが無い」とか「坂道を登れない」とか「高速では通用しない」などと酷評されていまして、あんまり評判が悪いんで「失敗したかなあ」なんて不安になったんですが、実際に乗ってみたら、そんなことは無いんです。かなりいいじゃないですか。

何より驚いたのは乗り心地です。「これ、ホントに軽自動車?!」ってくらいの乗り味でビックリしましたよ。多少ゴツゴツ感も有りますが、段差を上がる時は意外とソフトだし、とにかく音が静かで、トルクが力強いです。軽くアクセルを踏んだだけですぐ街乗り巡航速度 40kmに達するので気が楽ですね。今までは40kmに乗せるまでが大変で、後ろからアオられることもけっこう有ったんです。

まあ早い話が、13年も前の車から乗り換えれば、これくらい大きなカルチャーショック?は当たり前と言うことなんでしょう。

が、それにしても酷評している「庶民」のみなさん、キビシイですなあ。辛口の自動車評論家でさえもうちょっと誉めてますぜ。ふだんどれだけスゴイ車に乗ってるのか知りませんが、もう少しコストパフォーマンスで考えた方がいいですよ。まるで、立ち食いソバ屋を三ツ星レストランと比較しているような、そんな風に聞こえます。

そう言えば、ボディやエンジンの設計が古いという意見も有りましたが、逆に言えば、細かいマイナーチェンジが済んで完成度が高い?とも言えるわけで、リコール騒ぎの心配もまず無いでしょう。

それと燃費。私の場合は、街中の平均でリッター13km~15kmあたり。流れのいい道路を走った時など17kmまで行くことも有ります。「9kmしか走らない!」とボロクソ言ってる人もいたんですが、いったいどんな高度な?運転テクニックを使えばそんなになるのか、ちょっと不明です。

それはそれとして、今回オプションで「パーティションネット(写真二枚目)」と言うのを注文してみました。何より見栄えがいいし、これに別のベルトを通して荷物を固定するなんて使い方も出来て便利です。

それから、カー・オーディオにも少し力を入れてみました。

かつては20万円以上する「ロンサムカーボーイ(旧パイオニアブランド)」を購入するほど凝っていましたが、大量のカセットテープを持ち歩くのがホトホト嫌になり、前の車では標準装備のデッキであきらめていました。

ところが近年、iPod(iPhone)をカー・オーディオに繋ぐと言う方法が開発されて、事情が変わって来たのです。今回はiPhoneを音源にして、iPhone用USB標準搭載のパイオニア・カロッツェリア「DEH-P650」と、16cmスピーカー「TS-J1610A」を取り付けて4スピーカーにし、音にもこだわってみようかと思います。

「DEH-P650」は、圧縮でスカスカになった音楽ファイルを補正する回路も有るので、かなり期待できます。それにしても、デッキ50W×4が購入価格16000円、スピーカー2個組が14000円とは驚きです。単純比較はできませんが、たぶんかつての20万円クラスの音だと思いますよ。


あっ、それと最近のカーオーディオは「デッドニング」と言うのに力を入れるそうですね。昔はどうだったか記憶に無いのですが、ドアに付けたスピーカーが最大限能力を発揮できるよう、ドアに吸音材や防振シートなどを貼付け、余計な振動を抑えるのだそうです。まあ、面白そうなので、いずれ時間が出来た時にやってみようかと思います。




  

2010年3月12日金曜日

自動車免許の書き換えに行った

★先日、5年ぶりに「府中運転免許試験場」へ免許の書き換えに行って来ました。以前は3年ごとでしたが、法律が改正されたんですね。

この時期はいつも確定申告が有り、晴れていれば少しポカポカして来る季節なので、自転車で東村山税務署までポタリングをかねて行くのがけっこう楽しみなのです。今年は免許の書き換えも有るので「ニ度楽しめるなあ」などと思っていたのですが、いかんせん悪天候で寒い日が続き、一日延ばしになっていました。

この日も夜に雪が降っていましたが、次第に晴れて来ると言うのでやっと行くことにしました。案の定、行きはレインコートが必要でしたが、やがて日が射し始め、景色を楽しむには申し分無い日となりました。府中試験場は東八道路沿いなので、コースは武蔵野公園に行くとのほぼ同じです。

試験場近くになって気づいたことは「代書屋さん」が無くなっていたことでした。東側に一軒見つけましたが、更新手続きの方法が変わったことで、失効した人など以外は、書類書き込みの必要が無くなったようです。更新の知らせのハガキにも「免許証・ハガキ・更新料金」以外は必要無しと書いてありました。

便利にはなったんでしょうが、私は毎回この代書屋さんを利用していた方なので、ちょっと寂しいような気にもなりました。写真を撮ってくれて、5分ほどできれいにタイプしてくれるのです。1000円ほどお金はかかりますが、街で証明写真を撮る金額を思えばそれほどでもありません。

何より頼んで良かったと思うのは、出来上がった用紙を持って試験場へ行った時です。そのまま窓口に出せば、ロビーであたふた書類を書いている人の順番をゴボウ抜き?にして行けるので、その時いつも、ささやかながら優越感を感じたものでした。

それだけ便利だったので、「なんでみんな代書屋さんを利用しないんだろう」と不思議に思いましたが、海の家の駐車場みたいに、大勢で寄ってたかって呼び込みをする光景が何となく怖いような、いかがわしいような気分になるのかも知れないですね。

じつは自分も最初そう思って避けていたんですが、ある時、オバさんに腕をつかまれ、強引に引っ張り込まれてしまったのです。「何すんだ!」とビックリしたのですが、やってもらったらこれが実に便利だった・・、と言うわけです。

が、今回はそんなやり取りも無く、淡々と場内に入り、窓口で免許証とハガキを出すと、その場で出来上がった書類を受け取ります。それに名前と住所などを書き込めば、あとはいつもと同じでした。

あっ、それと4桁2種類の暗証番号が必要でした。今度の免許にはICが組み込まれていて、その暗証番号を打ち込むことで本籍などの情報を確認できるようになっていました。お年寄りドライバーの中には、いろいろ説明されてちょっと戸惑っている人もいたようでした。

あと変わった点と言えば、講習時間でしょうか。私の場合「優良:ゴールド免許」だったのですが、以前なら「優良」は「展示している資料を読む。講習ビデオを見る」だけで良かったのが(確かそうだったはず)、今回は30分の講習を受けなければなりませんでした。プラス待ち時間30分が有ったので計1時間。たぶん減点が有る場合はもっと長くなっているはずです。その拘束時間の長さを思うと「できれば優良ドライバーのままでいたい」とは思いましたね。

「自分は優良ドライバー」と言うと、なんだか自慢のように聞こえるかも知れませんが、運転せずペーパーのままでもなってしまうものなので、あまり自慢とは言えないらしいです。ですが、それでも5年間で3~4万キロは走ったので、そこそこ「優良」と言えるのかなあ、なんて気もしますが・・

まあ、自分の場合、大きな声では言えませんが、過去にはいろいろなことが有りまして、それらを教訓に今の運転マナーにたどり着いたとも言えるので、「自慢」と言うよりは、ようやくまともな運転が出来る大人になった、と言うことなのかも知れません。

あとトイレに寄って思い出したことですが、前回の更新時にiPodを無くしてしまったことが有りました。試験場のトイレの大きい方に立ち寄ったとき、あそこは予備のトイレットペーパーを壁につり下げたカゴに入れているのですが、そのカゴの中にiPodを入れ、そのまま忘れて出て来てしまったのです。外に出てハッと気づき、慌てて戻った時にはもう無くなっていました。

あれはバッテリーがかなり弱っていて、1時間くらいしか持たなくなっていたのですが、それでも当時6万円出して買い、大切にしていた第二世代10GBのiPodだったので、非常に残念でしたね。そんな記憶が蘇って来ました。

講習が終わったらお昼時になってました。前回までは、東八道路沿いにあるちっぽけな定食屋で牛丼を食べるのが楽しみだったのですが、年月が経ち、行きにそれとなく探したとき見当たらなかったので、無くなったのかな?と思い、今回は試験場の地下の食堂で食べることにしました。

あの牛丼は吉野家とか松屋なんかと違って、すき焼き風?とでも言いましょうか、とても美味しかったのですが、帰りにもう一度確かめに行ってみたら、やっぱり無くなっていました。

代書屋さんといい定食屋さんといい、世の中の移り変わりも何か寂しいもんです。次はまた5年先、その時はいったい何が無くなっているのでしょうか?