2006年5月29日月曜日

ストレス度測定

折りたたみ自転車
★左鎖骨を骨折して、右手しか使えないので、いつも乗ってたクロスバイクは乗れなくなりました。が、折り畳みの小さな自転車には乗れるようになりました。片手なので前のめりにならないものなら大丈夫なのです。

交通ルール的にはマズイでしょうが、ちょこちょこ出かけるのに不便なので‥‥

いつもは車のトランクに積んでいる物ですが、車も運転が出来ないので、今はメインの乗り物です。重さが11kgで、ホームセンターで買ったにしては軽い方です(普通15kgくらいは有ります)。まあ、とりあえずこれで病院通いが楽になると言うわけです。(ついでに少し走って来ました)

川沿いの遊歩道
さて、こないだその病院に行ったついでに「ストレス値測定」と言うのをやってみました(有料です)。

最近は脳年齢を始めとして、何々年齢と言うのが流行ってますが、これは「アンチエイジング」と言う医療構想の一環らしいですね。その導入部と言うことで、ストレス測定器と言うものが置かれているようです。

やり方ですが、試験紙のついたスティックを舌の下に差し込み、しばらく唾液で湿らせます。時間が来てそのスティックを係の人に渡すと、何やらパソコンにつながれた測定器の中に差し込みます。すると測定が始まり、間もなく画面上に「ストレス値」が表示されるのです。

田無タワー・電波塔
で、僕のストレス値はどうだったかと言うと、これが「7%」と出ました。もちろん100%での7%なので、ほとんどゼロに近い、つまり無いに等しいと言うことらしいです。

自分ではかなり神経の繊細な人間だと思っていたのでビックリ(ガッカリ?)でした。それに、なんだか脳天気みたいで気恥ずかしいものですな。

係の人もなんて話しかけていいか分からないみたいな感じで、「良かったですねえ」と小さく笑顔を見せるだけでした。ストレス度が高ければ、それなりのアドバイスを受けて話しが弾むと言うもんですがね。

そう言えば何年か前、胃の検診をした時に、「十二指腸潰瘍にかかっていた痕跡がある」と言われまして、驚いたことがあります。十二指腸潰瘍と言えば、過度のストレスで起こりやすい病気らしいし、その時はストレス度100%に近かったんでしょうか?

ただ「自覚症状も無く、治療も受けなかった」と医者に言ったら「珍しいケースだ」と言われました。確かに友人がかかったことがあって、すごく辛い病気だと聞いたことがあります。それに気づかなかったとは、やっぱり僕は、別な意味で鈍感なんでしょうか・・・


  

2006年5月21日日曜日

天気のいい日は・・

★骨折を治し丈夫にするにはカルシウムと日光浴が必要だと言うことで、外に出る機会をうかがっていたのですが、このところ天気が悪く出かけられませんでした。しかし今日はきれいに晴れて、気温・湿度共にちょうどいいので、散歩に出かけました。

長年草野球をやってると当然天候の変化に敏感になりますが、今年の土曜日は、どうも天気やグランドコンディションに恵まれていないようです。数年前にもあったんですが、「悪天候ループ」ってヤツですね。このループに入ってしまうとなかなか抜け出せないもんなんです。何とか良い土曜ループを呼び込みたいですね。

さて、家を出てから柳泉園グランド方向へ向かったのですが、途中で別のグランドが見えて来ます。確か「白山公園」と言ったと思いますが、ここで草野球をやっていました。

この公園は、和田堀公園のように窪地で洪水の時に水を逃がす役割が有ります。だから大雨の翌日にはよく水没していることがあって、試合を見かけるのは珍しいのですが、やはり大会シーズンの5月ですね、やってました。

しかも何と4人制審判でやってましたよ。よっぽど大きな大会なんでしょうか。1人¥7000として、まともに頼んだら¥28000ですか?。まあ大会から援助金が出るのかも知れませんが・・

ところで、しばらく見物してたら、問題がおきましたよ。振り逃げで一塁に走ったブルーの方のランナーを刺そうとして、キャッチャーが一塁へ悪送球、当然審判が「セーフ」とコールしたら、守備側(グレーの方)から猛抗議です。「バットにボールが当たったじゃないか! 守備妨害でアウトだろ!」と言うのです。すると4人の審判がいっせいに集合し、何やら確認したあと、改めて「セーフ」をコールしました。

僕は細かいルールをすぐ忘れてしまうので当てになりませんが、バッターが空振りして、キャッチャーがボールを前に弾いたせいでバットに当たったので、守備妨害にはならないはず?とは思いましたが、さて、どうでしょう。

それが原因なのか、その後両チームのヤジが口汚いものなったので、急に興ざめしてそこから離れてしまいました。「真剣勝負の野球?」なんですね。我々の大雑把な草野球とは大違いです・・

そうして柳泉園の近くまで行くと、子どもと自転車の二人乗りをしている若いお母さんに声をかけられました。道に迷ったのか「第十小学校はどこか知りませんか?」と言うのです。

残念ながら知らないので「知りません」と言い、分かれたのですが、かなり急いでいた様子で、気になってしまいました。僕は時折り道を尋ねられるのですが、よく行く場所でも道順をあまり記憶していないし、仮に知っていたとしても、道順の説明がひどく苦手で、分かれた後に苦い思いをすることがよく有ります。

この時も「オレたちの頃は第五までしか無かったからなあ・・」などと一人で言いわけをし、心残りのまま進んで行ったのですが、何気なく入った非常に細い脇道に、偶然、垣根の葉っぱに隠れている「東久留米第十小学校」への看板を見つけました。

「ここを曲がるのかあ!」と思っていると、車が何台か苦労して入って行きます。やはり何か催し物が有るようですが、場所を知らない人にはちょっと見つけるのが難しい感じの道です。

そこで急いで逆戻りし、そのお母さんを探しに行きました。「会えるかなあ?」と心配だったのですが、こう言う時は自己流ですが「念力」をかけると良いのです。「もう一度会う!」と強く念じながら行くと、その効果が有ったのか?さっき会ったのとほぼ同じ場所で再会しまして、無事、道案内をすることが出来ました。

こうして、非常にスッキリした気分で帰り道につくことが出来ました。時刻は11時半になっていました。1時間半ほど散歩したことになります。あとはコンビニに寄って、サンドイッチでも買って帰ります。


Commented by <室田> at 2006-05-25
地図を見ていたら懐かしくなってきました
弟の時代は第八小学校まででしたね
Commented by <高橋10> at 2006-05-27
室田君、こんにちは。子供の数は少なくなっているらしいですが、畑や森が無くなり、宅地が広範囲になったせいで、学校の数は増えているようです。その分教室数は少なくていいので建物は低いんですよ。それで住宅に隠れて見つけられなかったと言うわけです。「学校=三階建」と言うのは昔の話しになりつつあるようです。
  

2006年5月13日土曜日

ザ・リリーズ・・・

★ネットでCDの検索をしていたら、「ザ・リリーズ」と言う双子のアイドルデュオに関する書き込みが有りました。

「好きよキャプテン」で有名なずいぶん昔のアイドルですが、彼女らの出した「恋に木枯らし」と言うアルバムの中の「オレンジマーマレード」は名曲である、と言うような内容の書き込みです。

で、興味がわいて、「そう言えばウチにも弟が買ったヤツがあったなあ」と思い出し、あちこちほっくり返していたら出て来ました。

さてこのLPレコードを聴くには、「レコード・プレーヤー」を動かさなければなりませんが、何しろ年代物で、30年くらい前の「Aurex(オーレックス:今は無き東芝のオーディオブランド)」なんです。

ここ1、2年動かした記憶が無いので「大丈夫かなあ」と思いつつスイッチを入れてみたら、何とか動きました。初めは回転数が不安定でしたが、次第にサーボ制御が効き始め、いい感じになって来ました。「よーし!」と言うことで、さっそくB面3曲目の「オレンジマーマレード(作詞:森雪之丞・作曲:萩田光雄)」を聴いてみましたよ。

そしたら・・、いいんですね、これが! メロディを言葉で説明するのは困難ですが、感傷的で幻想的な恋の歌って感じですか。まあ、あえて言えば初期のユーミン的なバラードですかね。

このアルバムはこれだけでなく、全体的に雰囲気がとてもいいです。クレジットを見てみたら、11曲中6曲を同じ「萩田光雄」と言う人が作っていて、この人のトーンに傾いてるのかなと言う感じがします。

そこでこの人物を調べてみたら、知らなかったんですが、けっこう大御所だったんですね。失礼しました。じつは現役十代の頃はアイドルの曲にまったく興味が無くて、作曲が誰かなんて考えもしませんでした。むしろ今になってあれこれ復刻版を集めたりしてるくらいなんですよね。

「これもLPじゃなくCDで欲しいな」と思って調べてみたんですが、ファンの間で評判になってる割には、ザ・リリーズのCD化されたベスト盤には「オレンジマーマレード」が入っていないんです。惜しいです。こう言うのって、素人のファンの方がセンス良かったりしますね。

◎ 萩田光雄氏

さて、せっかくアナログ・プレーヤーを動かしたので、次々とLPレコードを出して聴きたくなりました。が、CDと違い、扱いがじつに面倒なんですよね。

プレーヤーだけでなく、ウチのステレオコンポはほとんどが年代物になってしまいましたが、この時代の製品の特徴は「重くてデカい」と言うことでしょう。もちろん音の良さを求めるならばその方がいいのですが、一般家庭に設置するには、それなりの困難を伴います。

処分するにも面倒なんですよね。リサイクル法とかもややこしくなっているみたいだし。このスピーカーも1本30kgくらいあるのかな?(ヤマハNS1000X)正確には分かりませんが相当重いです。大木の根っこみたいなもんで、位置をずらすだけでも大変です。

まあでも、繊細さにはやや欠けるが、重低音の迫力と壮大な臨場感はまだ健在です。なので当分は頑張ってもらうことにします。平原綾香さんの曲なんか聴くと、ロシアの大地で聴いているような感覚に浸れます。


  

2006年5月6日土曜日

夢の続き

★他人の夢の話しは面白くも何ともない、と分かっていても、本人にとってはけっこう面白いことなのでつい書いてしまいます。昨日(今朝?)の夢は、むかし見た夢の続きでした。

・・僕はちょっと田舎っぽい場所にいます。緑が多くて、たぶん子どもの頃の多摩地区か狭山丘陵あたりの記憶でしょうか。そこで土木建築の作業員らしい二人組みと知り合いになるのです。

彼らは「工事のために、ここら辺で寝泊まりできる旅館を探している」と言います。で、僕が「何日くらい泊まるのか?」と尋ねると、二人は「1600日だ」と言うのです。

1600日とは、またずいぶん長期間なので(目が覚めて計算したら4年と5ヶ月くらい)旅館よりアパートの方がいいのでは?と思うのですが、その時、以前自分が泊まったことのある、下宿屋のような旅館があったのを思い出しました。

それは少し川に沿って登ったところにある、小さく古風だが、立派な造りの旅館なのです。県道のような細い道路に面していますが、建物の半分は木々に埋もれているのです。

僕は、二人に紹介する前に、とりあえず先に行って、旅館の年老いた女将さんに話しをつけておこうと考えました。そして作業員の二人とは違う、もう一人の男と一緒になって(それが誰なのか不明です)緩やかな坂道をのんびりと歩き、その旅館にたどり着きました。

ところが中に入ってみて驚いてしまったのです。古く薄暗かった部屋はガラリと変わり、明るい白壁のオフィスのようになっていたのです。「どうなってんの?!」と驚いていると、女将さんが申し訳なさそうに出て来て、「ここはもう流行らなくなったので、ある会社に貸し出すことにした」と語るのです。

僕は困ってしまい「二人の作業員になんて言ったらいいのだろう」と呆然としていると、そのオフィスのような少し大きめの部屋に映画のスクリーンが現れ、部屋にはいつの間にかたくさんの人々が集まって座っていたのです。

そのスクリーンには、昔の古い旅館の映像が映し出されていました。集まった観客は、その情景を見て口々に懐かしさを語り合い、そしてみな、涙ぐんでいるのです。

・・と、そこで目が覚めました。夢なのでオチもへったくれもありません。支離滅裂です。ただ面白いと思ったのは、その旅館の記憶です。

目が覚めてボーッとしながら、その記憶が、現実の旅館の記憶ではなく、ずっと前「別の夢の中で泊まった旅館の記憶」だと気づいたからなのです。つまり「夢の中の記憶を、夢の中で思い出した」と言うことだったのですね。

まあ「目が覚めてから夢にストーリーを後付けする」とも言われているので、自分が考えた通りだったかどうかは分かりません。ただ、「そうだったのか!」と布団の中で思い当たったとき、少しだけ妙に幸せな気分になったことは確かなのです。