★高倉健さんの主演映画「あなたへ」が、もうじき公開とのことで、それについては、いずれ何処かの誰かが書くでしょうから、ここでは「健さんつながり」で、私の大好きな「あ・うん」のことを少し書いておくことにします。
じつは、恥ずかしながら、健さんの映画を見たのは「あ・うん」が初めてだったのです。見るきっかけとなったのは、あの板東英二さんの言葉でした。
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かつて、映画「あ・うん」の中で、主演の高倉健さんと共演し、親友役を演じた板東英二さんが、第13回日本アカデミー賞発表の壇上に上がってこう語ったのです。(第13回日本アカデミー賞:1990年)
「いま、この会場に、王と長島がいてくれたら、どんなに誇らしいことか。たとえ彼らでも、高倉健と共演したことは無いだろう。こんな賞は取ったことが無いだろう、と・・」
板東さんは、最優秀助演男優賞を受賞したのです。そしてそれは、若くて一番いい時代を、王と長島の引き立て役にされてしまった野球選手の、大逆転勝利の瞬間でもありました。
私はと言えば、最初に書いたように、それまで一度も「高倉健」の映画を見たことが有りませんでした。ですから「高倉健」と共演することがどんなに誇らしいことなのか。そして「健さん」がどれほど魅力に満ちた俳優なのかが分からなかったのです。
が、坂東さんの感激ようにすごく興味を持ち、試しに「あ・うん」を見てみたら、やっと分かったのです。私はいっぺんにファンになってしまい、しばらくは健さんの出演作品を探し歩いたほどでした。
「鉄道員(ぽっぽや)」なんて、本編より先に予告編の「健さんが、吹雪きの中にたたずんでいる」、その姿を観ただけで、もう、胸が熱くなったりしましたっけ・・
それとテレビドラマでは、NHKの「チロルの挽歌」が実に良かったです。山田太一脚本で、音楽が東京ラブストーリーなどでブレイクした「日向敏文」で・・(これについても書きたいんですが、今回はやめておきましょう)
しかしながら、数多い作品の中でも、私には「あ・うん」が特別な感じがしたのです(DVDも手に入れてしまいました)。何故だろうかと考えていたら、この作品だけ、健さんのキャラクター設定がいつもと違う気がして来たのです。
通常「高倉健」と言えば、無口で、不器用で、痛いほど人の心が分かるのに、その気持ちが伝えられず誤解され、それでもひたすら人間を愛し続ける・・、そんな感じのイメージですが、「あ・うん」での健さんは違いました。
彼の役は「門倉修造」と言い、戦時中、軍需景気で大当たりした金属会社の社長で、よくしゃべり、よく酒を飲み、金遣いが荒くておせっかいで、芸者遊びも女道楽も大好きと言う、従来の健さんキャラとはほど遠いイメージだったのです。
ただ、親友の水田(板東英二)の妻たみ(富司純子)に惚れてしまったその心は、あまりに純情で一途でした。
「これ以上気持ちが深くなると、取りかえしのつかない事になる」
次第につのる想いにそう思った門倉は、酒の席でわざと水田に喧嘩をふかっけ、一度は強引にその友情を断ち切ってしまうのです。
そして数カ月・・
門倉は風の便りに、水田の会社がジャワ支店を出すことになり、彼の一家がそこに転勤すると言う噂を聞きました。もし、このまま行かせてしまえば、もう二度と会うことは無いのかも知れません。
「会いたい。でも、会えばなあ・・」
しんしんと雪が降る夜、屋台のおでん屋で酒を飲みながら門倉は迷うのです。
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・・もともとこの作品はNHKドラマ用に作られたものです。でも、映画の方が、懐かしくて暖かくて、独特のいい仕上がりになっている気がします。日本映画に有りがちな、無理やりの「泣かせ」がありません。自然に、ちりばめられたセリフの妙で胸を打ちます(テーマ曲も良かったですな)
原作の出来がすこぶる良いのはもちろんですが、やはりその魅力を「高倉健」と言う役者がうまく引き出したような気がするのです。(NHKドラマでは門倉役を杉浦直樹さんがやりました)
原作の出来がすこぶる良いのはもちろんですが、やはりその魅力を「高倉健」と言う役者がうまく引き出したような気がするのです。(NHKドラマでは門倉役を杉浦直樹さんがやりました)
原作を書いたのは「向田邦子さん」。「突然現れて、ほとんど名人」。山本夏彦氏をこう唸らせたほど、向田邦子と言う人は腕の立つ作家だったようです。が、一般の人には、小説家と言うより「寺内カン太郎一家のシナリオライター」と言う方が、馴染みがあるかも知れませんけどね。
そう言えば、評論家の秋山ちえ子さんは、向田邦子さんと親友だったそうで、女どうしで旅行に行くことも多かったと言います。ところがある時、ある神社の護摩焚きの様子を二人で見ていたら、その炎が仏様(神様?)のような形になって、天空に登って行くのが見えたのだそうです。
「不思議なこともあるものだ」。その時はその程度の思いだったのですが、間もなく向田さんが台湾へ取材旅行に出かけると言う話しを聞いて、秋山さんは何となく胸騒ぎを覚えました。
心配になって彼女の家を訪れてみると、いつもは男のように汚く散らかしている部屋が、きれいに掃除され、きちんと整とんされていて、再び秋山さんを驚かせたのだと言います。
心配になって彼女の家を訪れてみると、いつもは男のように汚く散らかしている部屋が、きれいに掃除され、きちんと整とんされていて、再び秋山さんを驚かせたのだと言います。
向田邦子さんの乗った旅客機が墜落して、彼女が亡くなったと言う知らせがあったのは、それから数時間後のことでした。そしてNHKドラマ「あ・うん」は、中断されることとなったのです。
「人生ってね・・、もっともっと、いいもんなんだよ」
恋人との仲を父親に引き裂かれた娘(富田靖子)に語った、健さんのセリフです。
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