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今年のめんつゆは、これにする!

*最近、写真の「ヤマキ・鰹節屋のだし・めんつゆ」と言うのに凝ってます。いろんな「つゆ」や「スープ」を試すのが好きで、これもその趣味?の一環で、試しに購入してみました。

今まで自分の中では、数ある「つゆ」の中でもあまりに一般的、ちょっと地味で、それほど興味の対象には思えなかったのですが、「増量中」キャンペーンにそそられ買ってみたのです。

で、スーパーで揚げたての「揚げ玉」を買い、それでタヌキ蕎麦を作ってみることにしました。すると、つゆを温めている間に思わぬ異変?が起こりました。

キッチンに、「おそば屋さんと同じ匂い」が立ち込めて来たのです。ガラッと店の戸を開けた瞬間に食欲をそそられる、東京のおそば屋さんの甘辛の匂いだったのです。

もちろんどんなつゆでも、温めればダシや醤油の匂いが立ち込め、そこそこの匂いにはなりますが、この「ヤマキのつゆ」はそのレベルを越え、子供のころ、たまの贅沢で親に連れられて行った、おそば屋さんの懐かしい記憶さえ呼び起こす?ほどだったのです。

で、思わず「ああっ、これはたまらん!」とガゼン乗り気になって、生そばを茹で、タヌキ蕎麦に仕上げて食べてみると、味も「おそば屋さん」にとても近い味で、中々美味しかったですね。

さらに「もりそば」ではどうだろう?と言うことになって、後日試してみたら、いつも食べている「永坂更科のそばつゆ」よりは薄味にはなりますが、クセの無い味なので、むしろ2015年はヤマキで行こうかなと思いました。

・・ただ、前にも書きましたが、僕が探しているのは、あくまで「東京(江戸?)の蕎麦つゆの味」なのです。なので、地方出身の人の口には合わないかも知れないので、強くお勧め、というわけでは有りません。

◎東京のそばつゆ(2009年)


*あと「冷麦用・そうめん用」としては、西友オリジナルの「みなさまのお墨付き・そうめんつゆ」がとても美味しいので、2015年のメインにすることにしました。

当たり前ですが、そば用と比べると甘みが少なめで、さっぱりしています。冷麦の薬味としては、ミョウガが一番好きなので、ミョウガの風味が生きるつゆとして、これはいいと思います。あと付け合わせに、ザク切りにした「新生姜」なんていかがでしょう?

まあ、冷麦用とそうめん用では、麺に絡みつく量の違いで、つゆの濃度に多少差があるようですが、自分の場合は、まあ、どっちでもいいって感じです。

それより、この「みなさまのお墨付き・そうめんつゆ」は、「ヤマサのそうめんつゆ(冷麦つゆ)」にほとんど近い味がします。いや、むしろ僕はこちらの方が好みです。なのでたぶん「ヤマサ好き」の人には好まれると思うし、値段が安い分、こちらの方がお得ではないかと思います。

*言っときますが、これは「オススメのつゆ」の記事では有りません。ただ単に、自分の好みを書いてみただけなのです。こう言うのは、人によってそれぞれの「好み」が有りますからね。

それと「味にうるさい男」を誇示してるわけでも有りません。そんなに味にこだわるのなら、蕎麦は自分で打つだろうし、つゆも市販品ではなくダシから作ってますから。

そうじゃなくて、世の「蕎麦にうるさい人」が、どういうわけか「つゆ」を軽視する傾向があるので「そうじゃないよ」ってことを、ついつい言いたくなってしまうのです。

蕎麦つゆって、色んなそば屋に入るとわかりますが、じつは地方によってそれぞれ味が違い、それが蕎麦の仕上げの違いにもなっているのです。ところが彼らは、どうもその違いが分っていないようなのです。

しまいには、蕎麦の風味を損なうので、つゆには付けず塩をまぶして食べる、なんで言い出すので、「ちょっと待ってくださいよ」なんて感じなのです。(それと、一握りの腹の足しにもならない量で、ずいぶん高く売ってますな)

こう言う人は、つゆだけでなく、醤油やソースも嫌う傾向にありますね。「醤油につけると素材の味を殺す」のだそうです。

ですが、醤油だって何十種類もありますからね。それぞれ風味が違っていて、寿司にあう物、刺身にあう物、炒め物で焦がして風味を出すものとか、いろんな味があります。

それらを試しながら食事をするのが楽しいんであって、その違いが分からず、何でもかんでも「塩で食う」って言うのは、どうなんでしょう?。「むしろ素材に合う醤油の効き味の出来ない、味音痴なんじゃないの?」って思ってしまうのです。

そのウチ「味噌は素材の味を殺す」なんて言い出し、みそ汁を全部「お吸い物」にされてしまうんじゃないかと、余計な心配をしてしまうのですよ。





   

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