★前回、ティファニーの話しを書いたんですが、よく考えてみたら、まだワールドトレードセンターのツインタワーが健在だった頃のことなので、20年以上前のことになるんでしょうか。ずいぶん年月が過ぎてしまったんだなあ、と改めて気づかされました。で、想い出しついでに、他のエピソードも書いておこうかと想った次第です。
当時、彼のアパートは郊外のクイーンズ地区に有り(現在ロス在住)、マンハッタンまでは地下鉄に乗って行きます。
とは言っても、乗り込む駅のあたりまでは高架になっていて、下は測道になっており、それがマンハッタンの手前で地面にもぐり地下鉄になるというわけです。・・が、この高架がのちのち、我々を救う?ことになるのです。
その日はマンハッタンの港まで行って船に乗り、まず自由の女神を見物しました(M君は毎日仕事に出かけてます)。それからツインタワーの見学に行き、ついでにチケット売り場で、ブロードウェイ・ミュージカルのチケットを買ったのです。
ただ迷ったあげく「屋根の上のバイオリン弾き」を選んでしまったのは失敗でした。この芝居は日本で森柴久弥氏が演じて馴染みがあり、分かりやすいはずだ、とヘンな理屈で選んでしまったのです。ところがこれは、ミュージカルなのにセリフが多くて歌が少なく、英語がまったく理解できずに大失敗でした。
僕はもう途中で飽きてしまって、前方の席に座っていたスキンヘッドの紳士に気を取られていたのです。その紳士は、美しい女性同伴で来ていたのですが、時折り彼女に話しかける横顔が、どうにも俳優のテリー・サバラス氏に似ているような気がしてならず、「ありゃあ、刑事コジャックじゃねえか?」などと、ひとり、芝居そっちのけで観察していたのでありました。(薄暗い中でチラチラ見えるだけなので、ほぼカン違いだとは想いますが・・)
とは言え、とても楽しい夜で、三人で夜が更けるのも忘れて街をブラついてしまったのです。そして気がつくと、無防備なお上りさんが地下鉄に乗るには、少し危険な時間帯となっていたのです。
正確な時刻は覚えていないのですが、緊張してあせり気味だったせいでしょうか、うっかり乗り間違えて、ブロンクス方面に向かってしまったのです。まったくの逆方向です。すぐに気づいて最寄りの駅で降りたのはいいのですが、もう本数が少ないのか、それとも時間通りに走っていないのか、中々到着しません。
ホームは閑散としていましたが、その内に物乞いが現れ、僕たちをしつこく迫い回して来るのです。「物乞いは無視すること。旅行者と絶対気づかれないこと」と、M君にあれほど教えられていたのに、プレッシャーに耐え切れなくなったのか、1人がとうとうコインを与えてしまったのです。
これがイケませんでした。何処で見ていたのか、別の数人の物乞いが現れ、囲まれてしまったのです。それだけでなく、物乞いとは違う身なりの、目つきの鋭い男たちも集まりだし、遠巻きにじっとこちらを見ているのです。
「これってまさか・・ マズい状況?」と、平和ボケ日本人の僕も、さすがに不安な気持ちが高まって来るのを感じました。どうしたものかと女性二人の方を見ると、二人もただならぬ気配に気づいたらしく、口々に小声で「タクシーで帰ろうよ」と言い始めたのです。で、「じゃあ、そうしようか」と言うことになり、何気ないフリをして男たちの間をすり抜け、とりあえず地上に出るところまでは何とかなりました。
が、表に出たら出たで、そこはまったく見知らぬ深夜の街なのです。しかも少し怯えた気持ちで見るせいか、怪しげな雰囲気さえ感じてしまいます。「こんなとこで、タクシーなんてつかまるのか?」なんて不安がもたげて来ました。
そんな状況でどうやってタクシーを捕まえたか、じつは記憶があいまいなのですが、何とかイエローキャブを見つけ、それに三人で乗り込みまして、ようやく一安心と言うことになりました。
おや?と想って、聞き耳を立てていると、どうやら彼女は、「コイツらより、オレと二人で飲みに行こうぜ!」てな具合に口説かれているようなのです。
スピードラーニングでは有りませんが、NYに来て英語の渦にさらされている内に、僕も大まかな意味くらいは聞き取れる耳になっていたのです。が、運転手は、彼女にしか言葉が通じていないと想っているらしく、おかまい無しで延々と口説き続けます。
それでも僕は、その内おさまるだろうと黙っていたのですが、どうも一目惚れでもしてしまったのか、一向にあきらめる気配が有りません。で、彼女があまりに困っている様子なので、ついに僕も「ノー、ノー、マイフレンド」と横やりを入れてしまったのです。
ところが、これがマズかったようで、とたんに運転手の態度が急変してしまったのです。「わかったよ!」という大声のあと、急ハンドルで車を道の端に寄せられ、止まってしまったのです。そして「降りろ! オマエらの行き先なんて、オレの知ったこっちゃない!」と声を上げ、まったく見知らぬ場所で置き去りにされてしまったのです。
轟音と共に走り去るタクシーを見ながら、「まいったなあ」と想いましたが、まあ降ろされただけで済んだから良しとするか、と気を取り直し、すでに恐怖ですくんでいる女性二人に「とにかく、行けるところまで歩くしかないよ」と言ってなだめました。
とは言いながら、何処にいるのかまったく分かりません。大きなゴミ箱が並んでいる暗い路地裏のような場所です。町名も番地も分からず、今みたいに、スマホの「Googleマップ」があるわけでもない。(携帯電話さえ無い時代です)
「とにかく、明るい場所まで行けば、別のタクシーも見つかるかも知れないし・・」と、二人を引っ張り出しました。が、心の中では「いざと言う時は、オレが二人の盾になるしかないな」と覚悟を決め、歩いた記憶があります。
ですが、いくらニューヨークと言えど、そんな簡単に滅多なことが起きるわけではありません。途中何人かの大男たちとすれ違い、そのたびに極度の緊張を覚えましたが、幸いにして危ない事は何も有りませんでした。
やがて「明るい方向を目指す」というアイデアは当たっていたらしく、まもなく地下鉄の高架橋を発見することが出来たのです。「これをたどって駅に着けば、何処にいるか分かるよ」と二人を励まし、さらに先へ進むことにしました。
高架下の道路を進みながら、僕は、「この風景って、フレンチコネクションで、ジーン・ハックマンがカーチェイスした場所に似てるな」なんてノンキなことを考えていたのです。
そんなワケで、夜の街を30分も歩いたんでしょうか。ようやく駅を見つけて駅名を見てみたら、M君が住む街の最寄り駅だと言うことが分かったのです。その駅からの道順はよく知っているので、もう心配はありません。
とてつもない場所で降ろされたと想い込んでいたので、「なんだ、けっこう近くまで来てたんだ・・」と、ちょっと拍子抜けな感じもしましたが、ともかく、ようやく三人で胸を撫で下ろしたのでした。(ただし、もし高架橋が見つからなければ、ずっと街をさまよい続けていたかも知れません?)
で、安心したら急にお腹が空いて来たので、近所の遅くまでやっている店で(コンビニかスーパーか?記憶不明)果物とか夜食を買って、M君宅のアパートへと帰ったのでした。
・・めでたし、めでたし。
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