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お◯さんの呪い?

★今年も夏になりましたので、また一つ「怖い話し(不思議な話し?)」でもしておきましょうか。今回は定番中の定番、「四谷怪談・お岩さん」にまつわるお話しです。


このブログでも何回か書きましたが、僕はかつて四十数年前の中学時代、何人かの友人たちと「心霊研究会」みたいなことをやってました。なのでいわゆるテレビの「心霊特集番組」はまず間違いなく見ていました。これは、そんな中学時代の夏休みの出来事です。

その日の夜、テレビで「納涼・心霊特集(正確なタイトルは覚えてません)」をやると言うので、心霊仲間のひとりが「一緒に見よう」と僕の家を訪れていました。

その時代の心霊番組は今と違って平凡というか古典的というか、「よーく目を凝らしたらそう見えなくもない?」程度の心霊写真がやっとで、あとは定番の怪談話しで締めくくる、なんてのがほとんどでした。その番組でも、怪しげな心霊写真数枚と芸能人が体験した霊現象の話し、そして「四谷怪談」にまつわる祟りの伝説について放送していました。

昔から、映画とか歌舞伎などで演じる時には、出演者は必ず「お岩稲荷」にお参りをして祈願をしないと、急病人が出たり事故で怪我人が続出するなど、お岩さんの祟りに遭うという、あの怖い言い伝えです。そんな芸能界での「祟りの実例」を見ながら、なぜか腹が立って来まして、つい憎々しげに友人に言ってしまったのです。

「お岩さんて、死んでからもう何百年も経ってるんだろ?。なのに未だに成仏できず、関係ない人に祟りまくるって、どうしようも無いヤツだな」(あっ!、今は全然こんなこと思ってませんから。まったく思ってません、‥‥念のため)

僕のその言葉に友人は少し苦笑しただけで、特に感想らしきことは言いませんでした。なので、たぶんその友人には何も起こらなかったと思います。

友人が帰宅したあと僕は風呂に入って汗を流し、そのまま寝ることにしました。その頃は育ち盛り?ですぐ眠くなるたちでした。たぶん10時ごろには寝床に入っていたと思います。・・・そして間も無く異変が起きるのです。

眠気でウトウトし始めたときのことでした。突然「ガラガラガラガラッ!!」という、とてつもなく大きな音で目を覚ましたのです。僕はビックリして跳ね起き、網戸を開けて外の様子をうかがいました。雷だと思ったのです。

・・ですが、外は何事も無い静かな夏の夜でした。「変だな」と思い、もしかしたら暴走族の爆音だったのだろうか?などとも思いまいしたが、何も分からないまま、また布団に入りました。

ところがです。さっきのことも忘れてウトウトすると、またもや「ガラガラガラガラッ!!」という轟音がしたのです。ハッと目を覚まし暗闇の様子をうかがましたが、やはり何も起こっていません。それと二度目の音はまるで「高く積んだ材木が崩れ落ちるような音?」のように思えました。

けっきょくその「幻の轟音」は、何度も何度も続くことになりました。そのたびにムリムリ起こされ、眠りたいのに眠れない不快感でフラフラな感じになって来たのです。

そんなこんなで、何度目のことだったでしょうか。気がつくと時計は真夜中の2時過ぎを指していました。その時刻を見たとき僕は、昨晩見た心霊番組で語られていた「草木も眠る丑三つ時、魑魅魍魎がさまよい歩く時間」という言葉を思い出していたのです。

それとラップ音という心霊用語・・・

「ラップ音とは霊魂が現れる時に起こる生木を裂くような音、破裂音」

「まさか・・」と思いました。「これってラップ音?。これはお岩さんの祟り?。オレが悪口を言ったから?、その恨み?」。そう思ったら急にゾゾゾッと恐怖がつのり、冷や汗が吹き出して来たのです。僕は慌てて部屋の明かりをつけました。もう怖くて眠ることが出来ません。上半身を起こしてラジオを付け、今度は眠らないように気を張っていたのです。

しかしそれも30分くらいが限度で、いつの間にか眠ってしまっていたのです。気がつくとすでに朝になっていました。どうやらあれ以降は何事も起こらなかったようですが、それでも夏の暑さに寝不足の頭はフラフラで、ダメージは十分に受けたように思います。

あの轟音はいったい何だったのか?。寝入りばなの、ただの悪夢のようなモノだったんでしょうか。それともまさかの「お岩さん」の祟りだったんでしょうか。

どちらにしろ純朴な?中学生だった僕は、あまりの恐怖に「お岩稲荷」の有るだろう方角に向かって頭を下げ、謝罪の祈りを捧げたのでした。(「寝入りばな轟音現象」が起こったのは、後にも先にもそのとき一度きりなのです)


余談・・・

この話しが何らかの霊現象だとするなら「霊は電波に乗ってやって来た」とでも言うのでしょうか。

もとより今日では、「霊は電気に乗りやすい」と言うことが研究家の間では当たり前になっています。たとえば留守電に有りえない声が残っていたとか、テレビの心霊取材で必ずカメラや照明、デジタル機器が壊れるとか、タレントのショコタンの体験では、亡き父からパソコンにメールが届いていたなんて事も有ったと聞いています。

その真偽を軽々に語ることは出来ませんが、もし霊魂が、電気系統に影響を起こしやすいとすれば、霊魂が何らかの形で「電子」を操ったと言うことになるのかも知れません。

だとするなら霊魂とは、「電子レベル」つまり「素粒子レベル」で存在するエネルギー体の可能性もあり?と言うことになるのかも知れませんな。・・まっ、マッドサイエンスですけど。


  

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