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ぐんじょういろと群青領域

 ★「群青領域」、これはNHKの「ドラマ10」で放送された、心に負った深い傷のために演奏が出来なくなった、天才的な韓国人ピアニスト「キム・ジュニ」の挫折と再生の物語です。「群青領域」と言うタイトルに惹かれてちょっと覗いてみたら、最後まで見てしまいました。


「ぐんじょういろ」

幼稚園の頃、初めて手にした画材「クレヨン」に、そんな名前の色が有りました。青よりもっと暗い、黒に近い青色のことでした。そして、意味も分からず、この言葉の響きだけがやけに耳に残りました。

中学生になったある日、美術の時間に、一人の女子が「あれ、ぐんじょういろの絵の具が無くなってる!」と言うと、近くにいた生徒たちが、「ぐんじょういろ?。今どき、’’ぐんじょう’’なんて言うか?!」とからかいました。

その頃になると、僕たちは濃い青のことを「紺色」と呼ぶようになっていました。「ぐんじょういろ」とは、幼稚園児のような子供が使う色のことで、あか抜けない、ダサい呼び名と言うことになっていたのです。ところが、あるとき僕は「ぐんじょう」の漢字を知ることになります。それは・・

「群青・・、青の群れ」

なんて美しい言葉だろう、と思いました。その時から「群青」は、僕にとって特別な単語になったのです。

たとえば、村上龍氏が武蔵美在学中に「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を受賞したときも、このブルーは「群青」に違いない、と勝手に思ったくらいでした。

なので、「群青領域」と言うタイトルを見たとき、「このドラマを見てみたい・・」、そう思いました。

主人公の「キム・ジュニ」はバンドでキーボードを担当していましたが、ある出来事に傷つき失踪します。たどり着いた場所は海辺・・。そこで「死ぬつもりはなかった。消えたかっただけ」と、海に飛び込んでしまうのです。

それを助けたのが、海で仲間を失い、やはり心に傷を負って潜れなくなった水中カメラマン「蓮(れん)」でした。

自殺か?と驚いた蓮が飛び込んで、海の底へと沈みゆくジュニに追いつき、抱きかかえた時、二人は透き通った美しい青に囲まれていました。そこが、心の大きな傷を包み込む深層世界、「群青領域」だったのです。

僕にも、もがき苦しんだ時期が有りました。このドラマを見るまですっかり忘れていたことですが・・

僕は二浪して芸大に合格しましたが、じつは、現役での大学受験を受け損なっているのです。受験会場前まで行きながら、足がすくんで中に入れなかったんです。

主に十代のころ、様々な神経症に見舞われました。最初は小学校の低学年時代・・。クラス替えをすると、初めて出会う子供がみな外人に見える、と言う症状でした。

(これは後に、確か?漫画家「樹村みのりさん」が、自伝的漫画で「見知らぬ級友がカッパに見える」と言う症状を告白しており、同じような人がいるのだと安堵したことがあります)

やがて中学に上がると、赤面恐怖症から始まり、読書時の雑念恐怖症。それらを克服しても、閉所恐怖症、発汗恐怖症、先端恐怖症などなど次から次へと・・。毎日が苦しみの連続でした。

強迫神経症と闘いながら、親にも友人にも知られないよう振る舞うことにも疲れ果てていました。だから、物心ついてから、生きていて「楽しい」とは、残念ながら一度も思ったことが有りません。

最悪だったのは高三のころ、大学受験の間際に陥った「群衆恐怖症」でした。大勢の人々、群衆を見ると、意味も無く恐怖心を抱いてしまうという強迫神経症です。

東京芸大や武蔵野美術大学の受験料を払い、受験票を手にしてそれぞれの会場に向かったのですが、続々と集まる、見知らぬ少年少女の群衆を見たとき、僕は恐怖のあまりパニックを起こし、足がすくんで動けなくなってしまったのです。逃げるようにその場を去り、あてもなく町を歩き続けました。

両親には言えませんでした。ただしばらくしてから、「受験、落ちた・・」とだけ伝えました。その後、二浪を経て芸大に合格することが出来たので、結果オーライではありますが、両親は最後までこのことを知らずにこの世を去りました。

あのころが一番苦しい、僕の「群青領域」だったのかも知れません。今でも、ちょっと人混みは苦手だし、軽い閉所恐怖症も残っているのですが、こう言う「告白?」のような文章を、平気で書けるようになったと言うことは、とりあえず人並みに克服した?と言っていいのかも知れません。

ただ、このドラマを見たとき、あの頃の辛い光景を思い出し、何度も見るのをやめようかと思いました。ジュニが過去のフラッシュバックに襲われ、動けなくなる姿には恐怖さえ感じました。・・が、にもかかわらず、回を重ねるごとに、少しずつ癒されて行く感覚があることに気づいたのです。

韓国人女優シム・ウンギョンさんが主人公になった理由は知りませんが、彼女のたどたどしい日本語のセリフが、まるで詩を紡ぐように美しい・・、だけでなく、全体がスローテンポで優しく、言葉の一つ一つに救われて行くのです。

彼女に関わる登場人物が、不自然なくらい良い人たち過ぎる、と言うことも気になりました。ですが、そう言うキャラ設定でなければ、辛過ぎて、このドラマを最後まで見届けることは出来ないと思います。・・少なくとも僕は、途中でやめていたでしょう。

だから見てない人に、「ぜひNHKオンデマンドか再放送の時には見てください」などとお勧めすることは出来ません。

でも、このドラマのために書き下ろされたと言う主題歌は、とても心に沁みるバラードなので、これを聴くだけでも価値はあると思います。

群青領域主題歌・ビッケブランカ「北斗七星」フルバージョン


このドラマを見るまで、僕は勝手に「紺色 = コバルトブルー」、「群青 = プルシャンブルー」と解釈していました。しかしドラマでは、劇中に登場するバンドが、「インディゴエリア」と名付けられていまして、「インディゴブルーか、なるほど・・」という気もしました。


群青領域・・

Indigo AREA・・


 

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