*これは実際に有った話しです。そのため、文章中に登場する人物の名前は、筆者・高橋を除いて全て仮名にしてあります。・・なお、できれば前編「二年前の殺人事件の話し」から読んでいただければ、より興味深い展開になるかと思います。
◎ 前編「二年前の事件の話し」
(これは元々1990〜1993年の出来事で、当時すでに別の媒体で発表しています)
僕はこれまで、不思議な体験をすることが時々あって、これらを「みんなに教えたらきっと面白がるだろう」と思い、いくつかをブログに載せて来ました。ですがある時、気づいたのです。どの話しもけっきょく「自分一人の主観」でしか無く、信じない人に「作り話でしょ?」と言われたらそれまでだと・・
そこで昔「*ゴブリンズ・レター」に載せたこの話しを思い出したのです。これを読んでもらえれば、少しは他の「不思議な話し」にも信憑性が増すのではないだろうか・・
なぜなら、唯一この話しには、客観的証人となりうる人物が登場するからです。それが、僕が参加していた草野球チーム「GOBLINS」に、新メンバーとしてやって来た「飯沼君」でした。
*ゴブリンズ・レターとは?
草野球チーム「GOBLINS」の会報のこと。まだネットの無い時代、メンバー間の情報交換を郵送で行ってた。その紙上に時折り高橋がエッセイなどを書くことがあり、その一つが『二年前の殺人事件の話し』だった。
それは「二年前の殺人事件の話し」を*ゴブリンズ・レター紙上に書いて間もなくのこと。ある日曜日にかかって来た、ゴブリンズ飯沼君の電話から始まります・・
*
昼食後、坂を下って行くと、キャプテン高橋は豆腐屋のお爺さんに、
「それ(ローラー・ブレード)は何ですか?」
と捕まった。色々説明して、最後に、
「鴨川まで行きます」と言うと、
「鴨川?、じゃあもう、じきです。お気をつけて」
と丁寧にお辞儀をされた。有り難う。お元気で長生きしてください。一期一会、袖擦り会うも他生の縁。飯沼君とは何の因果か解りません。
これは1992年の夏、ゴブリンズ・レターに書いた、『千葉-鴨川ブレード走行記』の中の一説である。このとき僕は、ある不思議な感覚の中にいた。
「それ(ローラー・ブレード)は何ですか?」
と捕まった。色々説明して、最後に、
「鴨川まで行きます」と言うと、
「鴨川?、じゃあもう、じきです。お気をつけて」
と丁寧にお辞儀をされた。有り難う。お元気で長生きしてください。一期一会、袖擦り会うも他生の縁。飯沼君とは何の因果か解りません。
これは1992年の夏、ゴブリンズ・レターに書いた、『千葉-鴨川ブレード走行記』の中の一説である。このとき僕は、ある不思議な感覚の中にいた。
『なぜオレは、今コイツと一緒にいるんだ?』
1993年7月4日、日曜日、飯沼君から電話が有った。ところが、話す調子が何だかおかしい。
「ええ?!」
彼は穏やかな日曜日に、いきなり、とんでもないことを話し始めている。
「借金、叔母、ポリ容器、自動車工場、二年前か・・、なるほど、確かにキーワード的にはよく似ているな」
「でしょう?。僕はまだその時、北海道にいたんですけど、室蘭の地元の新聞を読んで、ガクゼンとしていたわけです」
「そうか。・・でもなあ、あの話しは、オレも記憶だけで書いたから、細かい事実関係は知らないんだよな。だからはっきり断言は出来ないけど・・。それで?、その友達の名前は何んて言うの?」
「’’能代’’っていうんですよ」
「ノ、シ、ロ、?」
「ええ、能力の能に、シロは・・、なんでしたっけ」
「実はですね、うちの母親もゴブリンズ・レター読んだみたいで、これ、能代君のことじゃないかね、って言うんですよ。後半は出来過ぎててフィクションだと想うけど、でも前半の話は能代君のことだよね、って」
フィクションとは参った。僕が語る「不思議な話し」は、ちょっと出来過ぎなので話し半分で聞こう、と言う風潮が、最近メンバー間で広まっているらしいが、申し訳ないけど、全部本当の話しを基にして書いている。
その言葉を聞いて、急激に興味が沸いて来た。
「そうか・・、待てよ、自動車工場って言うのは、ある程度経験者でないと、アルバイトでいきなり採用ってのは無いんじゃないのかな?。犯人の村下はそれなりの技術を持っていて、いろんなメーカーを転々としていたのかも知れない」
「そうですね」
「だとすれば、キミの友人の事件は、’’日産’’じゃなくて、他の自動車工場での犯行ってことも考えられるわけだ。逆に、四人も殺してるわけだから、その内の一人が日産の事件、ってことも十分考えられる」
「はい」
「だけど、東京の自動車工場と言っても、ちょっと範囲が広過ぎるよなあ」
「ええ。そうなんですよ」
「キミは犯人の名前を知らない、オレは被害者の名前を知らない。だから共通する決めてが無い・・。ただ、もしオレの弟が、’’能代’’と言う名前を知っていたら、もう、そこで決まりだけどね」
『もしもし、ボスですか。飯沼です。今わたしは朝日新聞本社に来て、ガイシャの身元を洗っています。ガイシャの身元がワレましたので報告しようと想いましたが、あまりに強烈でショックでしたので、実際に話したいと想います。電話待っています』
飯沼君は仕事で、同時開催中の『パソコン・アート・フェスティバル』に詰めていたが、ここで偶然、紀伊国屋が出展していた、新聞記事検索システム、『7yrs.HIASK』を見つけることになる。あれ以来気になっていた事件のことを、このシステムで調べられるのではないかと、彼は考えた。
『殺人・叔母・借金』
試しに、彼がこの三つのキー・ワードで二年前に起きた事件を探してみると、しばらくして七件ほどの記事の見出しが表れた。
そして彼は、受け取った紙に目を通すのだが、その瞬間、体が凍り付いて動けなくなってしまったのだと言う。もはや、文章全体の内容を把握する余裕は残されていなかった。
………………………………………………………………………………
**文書表示**
1/2 PAGE=1殺人自供相手は同僚 市川で遺体を発見 藤沢の叔母殺害容疑者
………………………………………………………………………………
**文書表示**
1/2 PAGE=2同僚殺し容疑で再逮捕 遺体、寮に隠す 横浜の叔母殺し男性
910420 T 朝刊 31 1社 315字
神奈川県警と藤沢署の捜査本部は19日、叔母を殺したとして横浜地検から強盗殺人罪などで起訴されている東京都豊島区池袋2丁目、無職村下浩樹容疑者(26)を、元同僚を殺して金を奪ったなどとして強盗殺人と死体遺棄の疑いで再逮捕した。殺した同僚の遺体をポリ容器に詰め、10カ月もの間、寮の部屋で『同居』していたという。
調べでは、村下容疑者は武蔵村山市の自動車メーカー村山工場に勤めいた89年6月9日早朝、当時、住んでいた同市榎1丁目の会社寮の自室で、同僚で同市伊奈平1丁目の別の寮に住んでいた能代郁夫さん(当時18)を絞殺し、現金百数十万円を奪ったうえ、死体をポリ容器に入れて隠し、翌年4月上旬、千葉県市川市高谷の江戸川沿いに捨てた疑い。
………………………………………………………………………………
つまり僕の弟が、知らずに運ばされたポリ容器の中に入っていたのは、こともあろうに飯沼君の同級生だったのだ。そして、その友人・飯沼君と、兄・高橋とが、時を経て出会っていたのである。
「シャレに、ならん!」
「こんな風にモロに目の前に出されると、もう、ビックリするしかないですよ」
「確かに。名前が解る前は、死体は単なる物体に過ぎなかったけど、こうなると、突然、匿名性が失われて、目鼻立ちまで見えて来そうだからな」
「僕は、彼の姿を知ってますからね」
二人とも驚いてはいたのだが、それを伝える言葉に逡巡していた。
何処かへ出掛けようとして駅のホームに降り立つと、すでに出発のベルが鳴り、電車はドアが閉まる寸前。
しかしそんな時、君は知らず知らずの内に、微妙な運命の選択をも行っていると言うことに、気づいているだろうか。
乗り物だけでは無い。朝何時に起きたか、何を食べたか、何を着ようか、何を話すか、人に対して優しかったか、意地悪だったか・・。日常の全ての選択が、そのまま、ほんの少しずつ君の運命を何処かへと運んで行く。
もし僕が、『二年前の殺人事件の話し』を書かなかったらどうだったろう。僕達はずっと何も知らないままだったろうか。知らなければ、他のメンバーと同様、土曜日に野球をやりたいと言う動機で集まっただけの、何の変哲もない普通の友人として終わったのかも知れない。
いつからだろう、『それを作れば、彼はやって来る』と言うキー・ワードのように、何食わぬ顔で、君達は野球をしに集まって来た。しかし君達を、あの夏の球場に引き寄せた本当の理由を知っていただろうか?。雨で中止になった時、やり場の無い熱情にかられてしまうのは一体何故なのか、解っていたのだろうか?
何処かで、何かがつながっている。僕達は多分それに気づかないだけなのだ。同じ時代、同じ国に生まれて、同じ言葉を交わすこと・・、それがどれほど数奇な運命の結果なのか、そのことに僕達は未だに気づいてはいない。
「でも、これだけ出来過ぎた話しと言うのは、一生のうちでも、そんな滅多に出会えることじゃ無いわけだからね」
「まだまだ色んなことが有りますかね」
「有るよ、まだまだ。オレはけっこうそう言うことが多いんだ」
「そうなんですか」
「・・それよりなあ、どうもオレには、亡くなった彼が、君を使って、オレに名を告げに来たような気がしてならないんだ」
「ちょっと、やめてくださいよ!」
「そうとしか想えない。君が、パソコン・フェア会場から新聞記事に辿りつくまでのいきさつなんか、まるで作ったみたいな話しじゃないか」
「留守録のセリフは、・・ちょっとゴブリンズ・レターに書かれることを意識しました」
「あわてるなよ。いくらオレだって滅多なことはしないよ。鎮魂の気持ちを込めて、この話しを書こうと想っただけだ」
「こんな形で、’’能代’’と言う名前を知るなんて、運命みたいな気がするじゃないか。その能代君の友人のキミと、オレとが、ほとんど初対面で、打ち解けてもいない内に、スケート旅行したって言うのも、何だか伏線みたいだと思わないか?」
「そうだよ。つまりいいかい?、オレが彼の名前を知ることになったのも偶然じゃない。オレが無意識に、長い年月をかけて、人生の無数の分岐点で、そのつど、どちらかを選び続けた結果なんだ。それでオレは、キミを通じて、彼の名前を知ることになったんだ」
「はあ?、なんだか良く解りませんけど」
「つまりね、オレやキミだけじゃない。メンバーみんな、何処かでゴブリンズを選んでるんだ。そのことに尽きるのさ。ゴブリンズと言うチームを作らなければ、キミに出会うことも無かったし、こんな、’’出来過ぎた話し’’に会うことも無かっただろ?」
「・・・・・・・・」
年齢は一回りも違う。野球要員としてメンバーが会社から引っ張って来たが、特に野球が好きと言う訳でもないらしい(ハンド・ボール経験者)。ゴブリンズにはその年入ったばかりで、込み入った話しをしたことは無く、友人として打ち解けたと言う印象も無かった。
それが、気がついたら二人でインライン・スケートをしていた。34歳と21歳の、ほとんど初対面の男二人が、真夏の炎天下、房総半島でローラー・スケートをしている。しかも160kmを三泊四日に渡って・・?。このおかしな光景をもう一度確認する気持ちで、その時僕はこう想ったのだ。
『飯沼君とは何の因果か解りません』
その彼とのおかしな因縁を知るのは、それから1年程経った今年7月こと。ゴブリンズ・レター紙上に書いた、『二年前の殺人事件の話し』をきっかけにして、奇妙な運命の糸が浮かび上がって来たのである。
*
1993年7月4日、日曜日、飯沼君から電話が有った。ところが、話す調子が何だかおかしい。
「あのーっ、いま休日出勤で会社からなんですけど、こないだのゴブリンズ・レターのことで、ちょっと話しておきたいことがあるんです」。彼の口調は、何んかこう、バクバクしていた。
僕はとっさに「あの話し」のことだと想った。そして一瞬、「ああ言う殺人事件の話は書くべきではない」そんなクレームの類いなのかと想い、身構えた。まだ若い彼は正義感をあらわにするタイプだったし、彼の少し興奮気味の声がそう想わせたのだ。
「あの、二年前の殺人事件の話し、なんですけど・・」
やっぱりだ。だが・・
「じつは、二年前に、僕の同級生に起こった事件と、あの話しとが、あまりにも似ているので・・」
彼は、一つ言葉を区切るたびに大きく息をする、そんな口調だった。
彼は、一つ言葉を区切るたびに大きく息をする、そんな口調だった。
「あまりに良く似てるんで、驚くほうが先にたって、うまく話せないんスけど・・、その友達は・・、高校を卒業してすぐ東京の、’’自動車工場’’に就職したんですけど、そこで働いてた時にですね、殺されてしまったんですよ。そう言う事件が有ったんです」
「ええ?!」
彼は穏やかな日曜日に、いきなり、とんでもないことを話し始めている。
「でっ、その友達の死体は、’’ポリ容器’’に入れられたまま、江戸川の川っぷちで発見されて・・、犯人はやっぱり、’’叔母殺し’’でも捕まってるんですよ。しかも動機は、’’借金’’で・・」
「何んだって?」
「つまり、ゴブリンズ・レターに書いてあったことと、僕の友達の事件とが、そっくり良く似てるんです」
「つまり、ゴブリンズ・レターに書いてあったことと、僕の友達の事件とが、そっくり良く似てるんです」
「・・なるほど」
「どう、想います?」
「どう、想います?」
「借金、叔母、ポリ容器、自動車工場、二年前か・・、なるほど、確かにキーワード的にはよく似ているな」
「でしょう?。僕はまだその時、北海道にいたんですけど、室蘭の地元の新聞を読んで、ガクゼンとしていたわけです」
「そうか。・・でもなあ、あの話しは、オレも記憶だけで書いたから、細かい事実関係は知らないんだよな。だからはっきり断言は出来ないけど・・。それで?、その友達の名前は何んて言うの?」
「’’能代’’っていうんですよ」
「ノ、シ、ロ、?」
「ええ、能力の能に、シロは・・、なんでしたっけ」
「ああ、わかるわかる。東京じゃあまり聞かない名字だ。でもあれは・・、そう言う名前だったかなあ。記憶に無いなあ」
僕は、一度見ただけの新聞記事を想い出していた。
僕は、一度見ただけの新聞記事を想い出していた。
「実はですね、うちの母親もゴブリンズ・レター読んだみたいで、これ、能代君のことじゃないかね、って言うんですよ。後半は出来過ぎててフィクションだと想うけど、でも前半の話は能代君のことだよね、って」
フィクションとは参った。僕が語る「不思議な話し」は、ちょっと出来過ぎなので話し半分で聞こう、と言う風潮が、最近メンバー間で広まっているらしいが、申し訳ないけど、全部本当の話しを基にして書いている。
僕は生まれつき、『出来過ぎた話し』に良く出くわす体質なのだ。全てを信じて貰えないことは解っているが、ちょっとした使命感で、記憶が薄れる前に色々書き残しておこうと想っている。
そして、何を隠そう、日曜日にかかって来た飯沼君のこの電話こそ、僕の一番新しい『出来過ぎた話し』の始まりだったのである。
「とにかく、あまりに共通点があるんで、やっぱり話しておこうと想って」
彼の口調はようやく落ち着いて来たようだった。
彼の口調はようやく落ち着いて来たようだった。
「それで?、犯人の名前は、村下なのか?」
「それは、覚えてないですね」
「それは、覚えてないですね」
「うーん、今の段階では何とも言えないが、ひょっとすると同じ事件かも知れないなあ。だとしたらもの凄い確率だけどね・・」
「はい」
「しかも、もしそうだとしたら、キミとオレとが、二年後に東京で出会うってのも凄いし、いきなりスケート旅行をしたって話しも、凄い偶然ってことになるよなあ・・。まあ、まだ解らんけど」
「これは調べてみる必要が有りますよ。高橋さん、調べてみませんか」
その言葉を聞いて、急激に興味が沸いて来た。
「そうだな、まず出来ることは、弟が、’’能代’’って言う名前を知ってるのかどうかだ。その、能代君が勤めていた自動車工場って、日産なのかどうかは解んないのか?」
「ええ、ただ東京の、としか解らないです」
「ええ、ただ東京の、としか解らないです」
「そうか・・、待てよ、自動車工場って言うのは、ある程度経験者でないと、アルバイトでいきなり採用ってのは無いんじゃないのかな?。犯人の村下はそれなりの技術を持っていて、いろんなメーカーを転々としていたのかも知れない」
「そうですね」
「だとすれば、キミの友人の事件は、’’日産’’じゃなくて、他の自動車工場での犯行ってことも考えられるわけだ。逆に、四人も殺してるわけだから、その内の一人が日産の事件、ってことも十分考えられる」
「はい」
「だけど、東京の自動車工場と言っても、ちょっと範囲が広過ぎるよなあ」
「ええ。そうなんですよ」
「キミは犯人の名前を知らない、オレは被害者の名前を知らない。だから共通する決めてが無い・・。ただ、もしオレの弟が、’’能代’’と言う名前を知っていたら、もう、そこで決まりだけどね」
「大丈夫ですかね。嫌な記憶を想い出させることになりませんか?」
「そう言うもんかな?」
「そう言うもんかな?」
「国会図書館とか、大きな図書館には、新聞のストックが有るって言うじゃないですか。そう言う所で調べたほうがいいですよ」
「マイクロ・フィルムとか?」
「さあ? 解りませんけど」
それが7月4日のことだった。
しかしこの時はまだ、飯沼君の友人が「殺人事件に巻き込まれていた」と言う単純な事実に驚いていただけなのである。
「マイクロ・フィルムとか?」
「さあ? 解りませんけど」
それが7月4日のことだった。
しかしこの時はまだ、飯沼君の友人が「殺人事件に巻き込まれていた」と言う単純な事実に驚いていただけなのである。
その後、僕は事件のことを確かめようと想い、まず両親の家に電話してみることにした。しかし、親は事件の詳細は知らず、取っておいた新聞の切り抜きもつい最近捨ててしまったのだと言う。
では、弟はどうだろう?と聞くと、刑事にしつこく疑われた事が相当なトラウマとなっていて、事件のことをひどく嫌い、触れたがらないと言うことだった。残念だが、それ以上無理はしないことにして、調べは図書館頼みと言うことになった。
そうこうしている内、僕は夏風邪をひき気管支炎を患って、出歩く気分になれず、事件のことはそのままになっていた。
それから数週間が過ぎて7月28日。仕事を終え、夜遅く部屋に戻って見ると、自動受信で二枚のファクシミリが届いていた。そして同時に受信されていた留守録にはこんなメッセージが入っていた。
『もしもし、ボスですか。飯沼です。今わたしは朝日新聞本社に来て、ガイシャの身元を洗っています。ガイシャの身元がワレましたので報告しようと想いましたが、あまりに強烈でショックでしたので、実際に話したいと想います。電話待っています』
どうやら・・、「太陽にほえろ」のつもりらしかった。
幕張、NECパソコン・フェア会場・・
幕張、NECパソコン・フェア会場・・
飯沼君は仕事で、同時開催中の『パソコン・アート・フェスティバル』に詰めていたが、ここで偶然、紀伊国屋が出展していた、新聞記事検索システム、『7yrs.HIASK』を見つけることになる。あれ以来気になっていた事件のことを、このシステムで調べられるのではないかと、彼は考えた。
『殺人・叔母・借金』
試しに、彼がこの三つのキー・ワードで二年前に起きた事件を探してみると、しばらくして七件ほどの記事の見出しが表れた。
そしてその中の二件、
「910412298 夕 殺人自供、相手は同僚 市川で遺体を発見」
「910317126 朝 26歳のおいを逮捕 藤沢の主婦殺人」
気になった彼は、さらにその中身を確かめようとしたが、デモ用システムのため、それ以上のデータを引き出すことは出来なかった。
「910412298 夕 殺人自供、相手は同僚 市川で遺体を発見」
「910317126 朝 26歳のおいを逮捕 藤沢の主婦殺人」
気になった彼は、さらにその中身を確かめようとしたが、デモ用システムのため、それ以上のデータを引き出すことは出来なかった。
彼は同じようなシステムが、実際に新聞社で使われているはずだと考える。そして各社に電話をかけたところ、朝日新聞社で「有料データ検索サービス」を行っていることをつきとめるのだが、飯沼君は「そう言えば・・」と、デモ機のデータが「朝日新聞社提供」だったことを想い出す。そこで数日後、彼は築地に有る朝日新聞本社を訪れることにした。
さっそく受付でデータ検索について尋ねると、それは電話によるサービス業務だから、改めて電話で申し込み直すようにと教えられた。通常は電話申し込みの後、郵送かファクシミリで届けられる物らしいのだ。
しかし彼は待ちきれず、新聞社の表玄関にあった公衆電話から連絡し、応対に出た係の女性に「どうしても今日中に欲しい」と頼んだ。そしてデモ機で探した二つの記事の見出しを告げる。
相手は、それが殺人事件関連の記事だと解ると、急に神妙な声になり、「わたしが直接お持ちしますので、ロビーのソファーでお待ちください」と言ったのだという。
10分程経って、おっとりとした感じの女性がやって来たが、20歳そこそこの普段着の若僧・飯沼君を見た瞬間、驚いた様子だったと言う。彼女は飯沼君が、法律事務所の使いだと想い込んでいたのかも知れない。
「料金は別途ですので」
と彼女は言い、プリント・アウトされた用紙を新妻君に手渡した。
と彼女は言い、プリント・アウトされた用紙を新妻君に手渡した。
そして彼は、受け取った紙に目を通すのだが、その瞬間、体が凍り付いて動けなくなってしまったのだと言う。もはや、文章全体の内容を把握する余裕は残されていなかった。
………………………………………………………………………………
**文書表示**
1/2 PAGE=1殺人自供相手は同僚 市川で遺体を発見 藤沢の叔母殺害容疑者
910412 T 夕刊 23 1社 465字
叔母を殺したとして、横浜地検から殺人罪などで起訴されている東京都豊島区池袋2丁目、無職村下浩樹被告(26)が、別の殺人を自供したとされ、死体が発見された事件を調べている神奈川県警は12日、この遺体は東京都武蔵村山市伊奈平1丁目、日産自動車に勤務していた能代郁夫さん(当時18)との見方を強めている。身元が確認され次第、殺人などの疑いで同被告を再逮捕する方針。
調べでは、当時、村下被告は能代さんと同じ同社村山工場に勤務しており、能代さんから十数万円の借金をしていたという。
供述によると、村下被告は89年6月初旬の朝方、能代さんが借金の返済を求めてきた際、当時住んでいた同市榎1丁目の同社村山寮の自室で首を絞めて殺し、死体をポリ容器に入れて千葉県市川市内の江戸川沿いに捨てた、という。
供述に基づき、同県警が江戸川沿いを捜索したところ、10日になって市川市高谷の江戸川排水溝でポリ容器に入った死体を発見した。
能代さんについては北海道室蘭市の父親から、「退職して郷里に帰ると連絡があったまま、消息不明になった」として捜索願が出されていた。
………………………………………………………………………………
**文書表示**
1/2 PAGE=2同僚殺し容疑で再逮捕 遺体、寮に隠す 横浜の叔母殺し男性
910420 T 朝刊 31 1社 315字
神奈川県警と藤沢署の捜査本部は19日、叔母を殺したとして横浜地検から強盗殺人罪などで起訴されている東京都豊島区池袋2丁目、無職村下浩樹容疑者(26)を、元同僚を殺して金を奪ったなどとして強盗殺人と死体遺棄の疑いで再逮捕した。殺した同僚の遺体をポリ容器に詰め、10カ月もの間、寮の部屋で『同居』していたという。
調べでは、村下容疑者は武蔵村山市の自動車メーカー村山工場に勤めいた89年6月9日早朝、当時、住んでいた同市榎1丁目の会社寮の自室で、同僚で同市伊奈平1丁目の別の寮に住んでいた能代郁夫さん(当時18)を絞殺し、現金百数十万円を奪ったうえ、死体をポリ容器に入れて隠し、翌年4月上旬、千葉県市川市高谷の江戸川沿いに捨てた疑い。
………………………………………………………………………………
『この遺体は、日産自動車に勤務していた能代郁夫さん(当時18)との見方を強め・・』
『能代郁夫さん・・』
「こりゃあ、シャレにならんぞ!」
僕はファクシミリに目を通しながら、受話器の向こうの飯沼君に言った。
「こりゃあ、シャレにならんぞ!」
僕はファクシミリに目を通しながら、受話器の向こうの飯沼君に言った。
「これを読んだ時、僕は、血の気が引いて行きました。名前、出身地、それに時期的にみても、僕の同級生の能代君に、まず間違い有りません」
「弟が入っていたのは日産村山寮。犯人の名前が村下。ポリ容器が江戸川で発見された言う事実は、君の言ったことと合致する。間違いない。・・これは弟が出くわした事件だ」
驚いた。いったいこれは、何という引き合わせなのだろう・・
つまり僕の弟が、知らずに運ばされたポリ容器の中に入っていたのは、こともあろうに飯沼君の同級生だったのだ。そして、その友人・飯沼君と、兄・高橋とが、時を経て出会っていたのである。
飯沼君から記事を捜し出すまでのいきさつを詳しく聞きながら、僕はこの奇遇について想いを巡らせていた。
たとえば、人の一生の中で、自分の友達が殺される確率をどのくらいだと考えたらいいのだろう。
そして、会社の同僚が殺人犯で、知らずに遺体を運ばされる確率・・
さらに、その遺体の友人と、その遺体を運んだ男の兄とが、巡り巡って、出会うために必要な確率なんて言ったら、イッタイどのくらいの数値になるのか!
「シャレに、ならん!」
「こんな風にモロに目の前に出されると、もう、ビックリするしかないですよ」
実際それは、あまりにも無表情な現実だった。本当は笑って話せるような話しではない。だが僕達は時折り、無理に笑いを交えながら話し続けるしかなかった。これ以上シリアスにしたくはなかったのだ。
「もしかすると、って言う段階ではむしろ、ワクワクしてたような気がするけど・・」
それはリアルなミステリーを読んで行くような感覚だった。
「そうなんですよ。ここまで目の当たりすると、事件そのものに対しては、なんかかえって冷静になっちゃいましたよ」
それはリアルなミステリーを読んで行くような感覚だった。
「そうなんですよ。ここまで目の当たりすると、事件そのものに対しては、なんかかえって冷静になっちゃいましたよ」
「確かに。名前が解る前は、死体は単なる物体に過ぎなかったけど、こうなると、突然、匿名性が失われて、目鼻立ちまで見えて来そうだからな」
「僕は、彼の姿を知ってますからね」
二人とも驚いてはいたのだが、それを伝える言葉に逡巡していた。
「でもですね、僕はむしろ逆に、希望のある話しとして考えようかと想ってます」
突然、飯沼君は変なことを言い始めた。
突然、飯沼君は変なことを言い始めた。
「何んだそれ?」
「えっ?、いやあ、だから・・、人生にはこんな変わったことも起きる、色んなことが有るだろう、まだまだ捨てたもんじゃないと言う意味ですよ」
「えっ?、いやあ、だから・・、人生にはこんな変わったことも起きる、色んなことが有るだろう、まだまだ捨てたもんじゃないと言う意味ですよ」
おかしな表現だったが、意味は解った。
「なるほど、そう言う考え方も有るのかな」
「なるほど、そう言う考え方も有るのかな」
彼の言う通りだった。新聞記事のみだと、暗く陰惨なイメージに引き込まれるが、僕達は何処かで、この事件そのものよりも、事件にまつわる、運命の不可思議さのほうに興味を持ち始めていたのだった。
当時、東京と北海道の、それぞれ別の場所で事件を知った二人が、二年間のどんないきさつを経て、東京の草野球チーム「ゴブリンズ」で出会うことになったのか。
たとえば、こんな風に考えてみる。
たとえば、こんな風に考えてみる。
何処かへ出掛けようとして駅のホームに降り立つと、すでに出発のベルが鳴り、電車はドアが閉まる寸前。
君は一瞬迷って、飛び乗ってしまうか、一本遅らせるか、どちらかに決めようとする。もちろん、待ち合わせに遅れそうなら飛び乗るかも知れないし、雨なら滑って転ぶのを恐れ、一本遅らせると言う手もある。
しかしそんな時、君は知らず知らずの内に、微妙な運命の選択をも行っていると言うことに、気づいているだろうか。
例えば、君も一度くらいは、出掛けた先でばったりと知り合いに出くわした、と言う経験を持っているだろう。
もしその人が、自分がずっと想い続けた異性であったとしたら?。あるいは大きな仕事を抱え君の連絡先が解らず困っていた先輩だったとしたら、乗る乗らないの選択に因って生じた数分の差が、人生を左右する重要な時間差になりうるかも知れないのだ。
乗り物だけでは無い。朝何時に起きたか、何を食べたか、何を着ようか、何を話すか、人に対して優しかったか、意地悪だったか・・。日常の全ての選択が、そのまま、ほんの少しずつ君の運命を何処かへと運んで行く。
僕達は普段そんなことを気にもとめず、何げなく毎日を繰り返しているばかりだが、それは結構冷徹な法則となって、知らぬ間に、人生を支配する運命の糸を張り巡らすのである。
「これもゴブリンズ・レターに書くんですか?」
飯沼君が尋ねた。
「わからないな・・。ちょっと’’モロ’’だからね」
「これもゴブリンズ・レターに書くんですか?」
飯沼君が尋ねた。
「わからないな・・。ちょっと’’モロ’’だからね」
「随分弱気になってますね」
しかたが無い。話しが話しだから・・
しかたが無い。話しが話しだから・・
しかし、どちらにしても、僕と飯沼君は互いに百万回の運命の選択の後、ゴブリンズで出会うことになった。ちょっと重たい「殺人事件」と言う物語りを背負いながら・・
もし僕が、『二年前の殺人事件の話し』を書かなかったらどうだったろう。僕達はずっと何も知らないままだったろうか。知らなければ、他のメンバーと同様、土曜日に野球をやりたいと言う動機で集まっただけの、何の変哲もない普通の友人として終わったのかも知れない。
いや、あるいは、それは全く逆で、他のメンバーも、何も話さないから気づかないだけで、実は稀に見る不思議な縁で集まっているのかも知れない。
いろいろ想いを巡らせている内に、そんな妄想めいた考えが頭の中を支配していた。ただ、どちらにしろ今のメンバー達は、ゴブリンズが無かったらおそらく一生出会うことは無かった人々、それだけは確かだった。
いつからだろう、『それを作れば、彼はやって来る』と言うキー・ワードのように、何食わぬ顔で、君達は野球をしに集まって来た。しかし君達を、あの夏の球場に引き寄せた本当の理由を知っていただろうか?。雨で中止になった時、やり場の無い熱情にかられてしまうのは一体何故なのか、解っていたのだろうか?
何処かで、何かがつながっている。僕達は多分それに気づかないだけなのだ。同じ時代、同じ国に生まれて、同じ言葉を交わすこと・・、それがどれほど数奇な運命の結果なのか、そのことに僕達は未だに気づいてはいない。
どうやら、誰かが?何かを伝えようとして、こんな不思議な『出来過ぎた話し』の一例を見せてくれたようだ。
「だけどなあ、オレ達以外の人間が、この話しを聞いたら、単純に、気味が悪いとか、怖い、としか考えられないだろうな」
「そうでしょうね。ウチの親も記事を見せようとしたら、いいよそんなのって感じで嫌がってました」
「だけどなあ、オレ達以外の人間が、この話しを聞いたら、単純に、気味が悪いとか、怖い、としか考えられないだろうな」
「そうでしょうね。ウチの親も記事を見せようとしたら、いいよそんなのって感じで嫌がってました」
「だろうな。ものすごく不思議な話しなのに、いかんせん、爽やかさがない」
「事件が事件だけに」
「事件が事件だけに」
「でも、これだけ出来過ぎた話しと言うのは、一生のうちでも、そんな滅多に出会えることじゃ無いわけだからね」
「まだまだ色んなことが有りますかね」
「有るよ、まだまだ。オレはけっこうそう言うことが多いんだ」
「そうなんですか」
「・・それよりなあ、どうもオレには、亡くなった彼が、君を使って、オレに名を告げに来たような気がしてならないんだ」
「ちょっと、やめてくださいよ!」
「そうとしか想えない。君が、パソコン・フェア会場から新聞記事に辿りつくまでのいきさつなんか、まるで作ったみたいな話しじゃないか」
「留守録のセリフは、・・ちょっとゴブリンズ・レターに書かれることを意識しました」
「だからね、ここまで来たら、オレはオレなりの方法で、彼の供養をしようと想うんだ」
「ええっ?、そんなこと高橋さん一人でやってくださいよ!、僕は遠慮しときます」
「ええっ?、そんなこと高橋さん一人でやってくださいよ!、僕は遠慮しときます」
「あわてるなよ。いくらオレだって滅多なことはしないよ。鎮魂の気持ちを込めて、この話しを書こうと想っただけだ」
「その程度ならいいですけど・・」
「だいだい、このまま黙っていられないし、それに・・」
「それに?」
「それに?」
「こんな形で、’’能代’’と言う名前を知るなんて、運命みたいな気がするじゃないか。その能代君の友人のキミと、オレとが、ほとんど初対面で、打ち解けてもいない内に、スケート旅行したって言うのも、何だか伏線みたいだと思わないか?」
「はあ・・、そうですかね」
「そうさ。運命と言うのはけっきょく、良い悪いも、自分が自分の意志で選んだものの積み重ねだからね」
「そうなんですか?」
「そうなんですか?」
「そうだよ。つまりいいかい?、オレが彼の名前を知ることになったのも偶然じゃない。オレが無意識に、長い年月をかけて、人生の無数の分岐点で、そのつど、どちらかを選び続けた結果なんだ。それでオレは、キミを通じて、彼の名前を知ることになったんだ」
「はあ?、なんだか良く解りませんけど」
「キミはキミで、東京を選び、ゴブリンズを選んだんじゃないか」
「つまりね、オレやキミだけじゃない。メンバーみんな、何処かでゴブリンズを選んでるんだ。そのことに尽きるのさ。ゴブリンズと言うチームを作らなければ、キミに出会うことも無かったし、こんな、’’出来過ぎた話し’’に会うことも無かっただろ?」
「・・・・・・・・」
「考えてみればね、ぜんぶ、始まりは’’ゴブリンズ’’だったんだよ」
コメント
コメントを投稿