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5「二通の手紙、二つの返信」



★2022年、2月17日。鎌倉の寿福寺を訪れ、37年前に若くして亡くなった女性の墓参りをしようとしたものの、すでにお墓は無くなっていました。東京に転居した母親の手によって、何処かの墓地に改葬されたと言うのです。

そのおり寿福寺で、母親の転居先が東京の「日の出町」だと教えられた僕は、まず「Googleマップ」で場所を確認してみることにしました。すると、ストリートビューには綺麗な白い家が現れました。さらに門の部分を拡大して見ると、確かに表札には○○との苗字が見えました。

車庫には乗用車が停まっていました。80歳を越えていると言うお母様が運転するとは思えず、もしかすると、どなたか親族の方と同居しているのかも知れないと想像しました。

ただし、ストリートビューの写真は「2019年」のまま更新されておらず、それを見た僕はふっと思ったのです。
「この2年ほどの間に、何も起こっていなければいいが」と・・

まず、母親宛に手紙を書いてみようと思いました。ありのままを正直に・・、2021年、何度も見るようになったご息女の夢の話しから、芸大時代のローラー・スケートの話し、鎌倉寿福寺での出来事、そしてこの住所に辿り着いたいきさつを・・

とにかく怪しまれぬよう、失礼にならぬよう、慎重に何度も読み返しては書き直し、出来あがるまで結局二週間もかかってしまいました。そして最後に身分証明として、東京芸大の卒業証書のコピーも同封しました。

返事はなかなか来ませんでした。3月3日に投函して、一週間過ぎてもまだ来ません。最近は土日に配達しないそうなので、その分だけ遅れているのだと自分に言い聞かせましたが・・。いや違う、母堂を不快な気持ちにさせてしまい、破り捨てられたのだ?・・などなど、様々な想いが去来しました。

・・それでも中々来ることはなく、
「頑張ってはみたけど・・、どうやらここまでかなあ」
と、少しずつあきらめの気持ちになって行った3月12日、土曜の夕方、スマホに着信があったのです。

見知らぬ番号でしたが、出てみました。
「私、◯◯様から遺言執行人を依頼されました、弁護士の◯◯と申しますが・・。高橋様からのお手紙を転送先で受け取りまして、お電話差し上げました」
と言うのです。

「遺言執行人・・?」
一瞬にして色々なことが頭を過ぎりました。

「 ◯◯様はすでに亡くなられております。その遺言に従って、お手紙の宛先となっていたご自宅も、今年(2022)の1月に解体されました。それでお手紙がこちらに転送されて来たわけです」

「あっ、そっ、そう、なんですか・・」
自分でも分かるほど動揺していました。寿福寺のときと同様、追いかけても追いかけてもたどり着けない・・、そんな無力感に襲われました。

「それで、先に亡くなっている娘さんの方は、昭和33年9月生まれで、昭和60年10月に亡くなっていますね。享年27歳です。それはよろしいでしょうか?」

「あっ、はい」と答えながら、昭和33年生まれってことは?、自分と同じ・・、つまり半年違いの同い年だったのか・・、と今ごろ思っていました。(芸大は何浪もして合格する人がいるので、同期でも年齢差が出る)

「・・で、このお手紙でご質問の、''お墓の場所''の件なんですが、これは私どもにはちょっと分からないんです。ただ◯◯様はクリスチャンで、近くの教会に通われていたようなので、そこで尋ねれば何か分かるかも知れません」
と、教会の名称、住所と電話番号、そして代表者の名前を教えてくれました。

それらをメモしながらお礼を言うと、遺言執行人は、
「本来は、個人情報上、ここまで漏らすことはふつうは無いんですが・・、お手紙が、その、あまりに丁寧に書かれていたもので、ついつい、これはお伝えしなければと思ってしまいまして・・」そう言って、少し笑いました。

「ああ、それは、恐縮です。ありがとうございます!」と言いながら、二週間もかかって、何度も何度も書き直した甲斐があった、と思いました。

それから遺言執行人は、「このお手紙を、そのまま、少し書き直して教会に送ってはいかがでしょうか?、この内容ならきっと大丈夫だと思います」とアドバイスしてくださいました。手紙はパソコンで書いてプリントしたものだったので、原版が残っているだろうと察してのことです。

「手紙の書き方一つで、事態が大きく変わってしまう」
そう思いました。もし用件を書いただけの雑な手紙だったら、ここでストップしていたかも知れません。

・・いや、もしかして?

知らぬ間にいくつかの関門を与えられ、それらをクリア出来るかどうか試されているのではないか?、ふと、そんな妙なことが頭に浮かびました。

たとえば、最初に見た夢・・
「いま、風俗で働いてるの」「歯が抜ける女の子はキライですか?」
顔色が悪く、見すぼらしい姿になった彼女にそう言われても、
「だいじょうぶ、オレはずっと変わらないから」
そう言い切れたこと・・

三夜連続で見た、彼女が男たちに連れ去られる夢では、
僕が、決してあきらめず、最後まで探し続けるのかどうか・・

「意味の無い羅列」のように思えた幾つかの夢が、どうやら一本に繋がった・・、そんな風に僕には感じられたのです。


こうして、書き直した手紙を、3月15日に教会宛に投函して返事を待つことになったのですが・・。さて、それからの僕は、なんと二日後の3月17日、再び鎌倉へ行くことになるのです。

一ヶ月前に鎌倉を訪れて以来、ずっと「鎌倉」と言うワードが気になっていました。その影響で、急に、いつもは見ないNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に興味が湧き、初めて見てみたのです(第八話「いざ、鎌倉」2月27日放送)。

するとラストの、ドラマゆかりの地を訪ねる「鎌倉殿の13人紀行」のコーナーで、偶然にも先日行ったばかりの、あの「寿福寺」が映し出されたのです。そして、その映像を見ている内に、「もう一度行かなければ・・」との思いが募り、抑え切れなくなってしまったのです。

自分ではもう、そう言う「衝動」に不自然さを感じなくなっていました。むしろ「衝動」に従って素直に行動した方が、不思議な巡り合わせで良い結果が得られる・・、そこまで思うようになっていたのです。

当日は、車の荷室に小さな折り畳み自転車を積んで出発しました。徒歩では行動範囲が限られてしまうからです。到着してまずは寿福寺を訪問です。すでに更地では有りますが、かつて◯◯家だった墓の跡に、お線香と白いユリの花を供え、お水をまいて、塩で清めて・・、しっかり挨拶を済ませてから、鎌倉の街並みを自転車で走ります。

が、鎌倉と言っても広うございます・・。彼女から「故郷は鎌倉」と聞いただけで、どこに家が有ったとか、どの辺を良く歩いたなんてことは聞いてません。だからまったく当ては無いのですが、とにかく「鎌倉」と言う土地の空気、風の匂いを確かめてみたかったのです。

観光では何度か来たことが有りますが、自転車でトコトコ走るなんてのは初めてです。まず寿福寺から北へ向かってみましたが、いきなり起伏の激しい山道になって・・あきらめました。

その時、「そうだ、逆に南へずっと行けば海に出るなあ」と気づいて、そっちへ行くことにしました。平日でしたが、鎌倉駅周辺はやはり人通りが多くて、そこからは出来るだけ裏道を選んで進むことにしました。

その道すがら、歴史を感じる古い建物をいくつか見つけると、''まてよ、彼女も昔、これを見ていたに違いない?''と思い、しかしすぐに、''いやいや、気のせい気のせい''と言い聞かせながら・・

やがて海沿いの広い国道を渡り、由比ヶ浜の海辺に到着しました。薄曇りながら光が眩しく、少しけぶったような海面がキラキラしていました。そこで自転車を止め、コロナ対策のマスクを顎までズラすと、久しぶりの潮の香りが海から吹き寄せて来ました。そして心地よく、懐かしく、僕をすり抜けて行ったのです。

・・来て良かったと思いました。
「たぶん、きっとうまく行く」
砂浜のずうっと遠いところを歩く人影に、あの子の幻を見たような気がしました。






3月15日に教会宛の手紙を出してから、返事が来たのは、翌週の、お彼岸を過ぎた23日でした。僕が送った手紙には、念のため、住所・電話番号・メールアドレスまで記しておいたのですが、返事はメールで届きました。

「お墓は、八王子市にある東京霊園という大きな霊園にあります」
・・とうとう、彼女が眠るお墓の場所が分かりました。

彼女の夢を見始めてから約1年、お墓参りに行きたい衝動にかられてから約5ヶ月・・。ウチ(東久留米市)からは車で1時間半くらいの距離で、もちろん鎌倉よりずっと近い場所に、・・彼女はいました。

メールには、分かりやすい墓地の見取り図も添付されていました。霊園の一角にクリスチャンのための教会墓地があり、そこに彼女とご両親、親子三人の遺骨が納められているとのこと。

鎌倉から東京に転居した彼女の母親は、間も無く地元の、その教会に通うようになったそうです。そこで・・
「しばらくして、ご家族の墓を改葬したいと申し出られて、教団の墓にご主人と娘さんのご遺骨を改葬されました。・・お歳を召されてから当教会に来られるようになりましたので、娘さんについては存知あげておりません」

また、その教会(プロテスタント系)では、毎年「合同記念会(慰霊祭)」と言うものが開かれるそうで、それにより「親子三人の弔いは、ずっと続けられるので心配はありません」との説明がありました。

そして、牧師様は、次の一文も添えてくださいました。
「お母様も亡くなられたおり、故人をご存知の高橋様が墓参りされることは、何かの導きのように思えます」

「何かの導き」とは、さすがキリスト教の牧師様、まるでドラマのセリフのように仰る・・と、最初は思いました。ですが、次に書かれていた、彼女のお母様が亡くなられた日付を見たとき、ハッとして、漠然とですが、「これだったのか?」と思ったのです。

お母様が亡くなられたのは、「2020年7月7日」だったそうです。

お母様のご逝去が「2020年」。僕が夢を見るようになったのは、翌「2021年」からなのです。なぜ37年も過ぎてから?と疑問でしたが、ムリムリこじつければ、お母様ご逝去の時期と、夢の始まる時期が「ほぼシンクロしていた」と言うことになるのかも知れません。

つまり牧師様からすれば、彼女の母親が亡くなって、それと入れ替わるように、見も知らぬ僕が現れ「お墓参りをしたい」と申し出たのですから・・、それこそ「意味のある偶然?」のように見えて、少々驚かれたのでしょう。

それと、どうやらお母様は、「お一人で静かに暮らしていた」と言うことも次第にハッキリして来ました。僕が想像していたような「親族との同居」は無かったようなのです。

一つには、亡くなって一年半後にはご自宅が解体されたこと。そして二つ目は、牧師様の「親子三人の弔いは、ずっと続けられるので心配はありません」との言葉。これは、仏教的に解釈すれば、「無縁仏になる心配はありません」との意味に取ることが出来るのです。

これらのことから、お母様は、ご自分の意思で親族と距離を置き、最後まで孤高と信仰を貫いた、そんな姿が目に浮かぶのです。

マップを見ると、通われていた教会までの距離が約3km、バスや電車では遠回りでとても不便なのです。なので車庫に乗用車が有ったのも、やはりご自分で運転されていたと考えるのが自然でしょう。

でも、なぜ生まれ育った鎌倉を離れ、いきなり東京の郊外に・・と言うより、「東京の外れ」と言ってもいい場所に転居されたのか?、あえて理由を確かめたい気もしましたが、赤の他人にはここまでが限界でした。

ひとつ残念なのは、家が解体され、遺品としてそこにあったかも知れない、あの子が描いた油絵も処分された可能性がある?と言うこと。出来るなら、短いながらも精一杯生きた証として、彼女の筆あとが残る作品を一枚でいいから手元に置いておきたかった、それが心残りです。

いや、それよりも・・
かつて、幸福だったはずの親子三人がこの世界からいなくなり、その家族の墓参りのために「僕が導かれた」と言うのなら、遺品を預かるより意味のあることなのかも知れません。

もし、僕でよろしければ・・
出来るだけ早く時間を作って、霊園を訪れたいと思っています。そして・・
「心からの祈りを捧げる」
そう誓わずにはいられないのです。


*次回のお話しに、つづく・・


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