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森山直太朗はいい!

★最初「さくら」が大ヒットした時は、ファルセットボイスが少し気持悪くてあまり興味が無かったんですが、ある時、FMで「生きとし生ける物へ」と言う曲を聴いたら、ちょっとショックを受けました。

静かなギターの弾き語りで始まるこの曲は、古いスコットランド民謡のような旋律の繰り返しで、やがてバグパイプや分厚いコーラスも加わり、壮大に盛り上げて行くのです。(そのFM番組のDJ、小林克也氏も絶賛してました)

歌詞の内容は簡単に言えば、挫折して一歩も動けなくなった人間の復活の歌、とでも言えばいいのでしょうか。聴いていると、戦いに敗れて道ばたに倒れていた男が、ゆっくりと立ち上がり、夜明けの方角に向かって、足を引きずりながら少しずつ歩き始める、そんな、映画のラストシーンが目に浮かんで来ます。(ドラマに使われたそうですね)



・・と「この曲は面白い!」と思ってから、しかしそのままになってしまい、何年くらい経ったんでしょうか。「iTunes」でダウンロード販売されていることを知り、200円で購入したのです。それからと言うもの、メロディーが頭の中に残ってしまい、一日に何度も聴き直さないと気が済まない中毒症状のようになってしまいました。

それで「これはいいかも?」と言うことになり、アルバムで聴いてみたいと思うようになりました。でもまだ、定価で買う気にまではなれず、ブックオフで中古CDを買ってみました。

「新たなる香辛料を求めて」と言うアルバムです。で、結果は、これが「非常にいい!」のです。まったく音楽の質は違うのですが、70年代のフォークソングを思い出しました。

フォークソングの代表作と言えば「神田川」だとか「精霊流し」なんかが有名ですが、残念ながらあの辺は、ブーム末期に生まれた、ほとんど歌謡曲と区別のつかない曲ばかりなのです。これらの曲には当時もまったく興味ありませんでした。

そうではなく、元々のフォークソングとは、強いメッセージ性のある歌のことなんです。我々はその歌詞の力にショックを受け、「いつか歌の力で世界を変えることができるかも知れない」と言う夢を見たのです。それがホント?のフォークソングだったんです。

で、そのメッセージが、森山直太郎のアルバムから久々に聴こえたような気がしたのです。特に言葉の選び方がいいですね。言葉と言葉のぶつかり合いが心地よいのです。これは「御徒町凧(おかちまちかいと)」と言う詩人の友人が作詞のアドバイスをしているからだ、と言う話しを聴きました。

確かに、9曲目に御徒町凧が書いた詩を朗読するだけの曲「革命前夜、ブラックジャックに興じる勇者たち」があるのですが、これが面白いのです。ただ普通に文章を読む・・、これにはラップだヒップホップだとか、流行りモノを追いかけていない強さが感じられます。

・・と言うわけで、また1人、興味の湧くミュージシャンが見つかったことは嬉しいことです。世の中はこんなにも音楽で溢れているのに「懐メロだけが楽しみに」と言うのでは、あまりにも寂しいことですからね。

ところで、森山直太郎クンは、漫才のおぎやはぎの小木クンと、学生時代からの大親友だそうです。小木クンが以前テレビで、学生のころ、直太郎クンちに遊びに行ったら、「ただいまあ!」とお母さんが帰って来たので、「あっ、どうも、おじゃましてます」と顔を出したら、なんとあの森山良子が立っていた、と言う話しをしてました。

それから間もなく森山良子の娘さんと結婚して、しかも同居していると言う話しが流れたのですが、僕はTBSラジオ「森山良子のハートオブポップス」を長年聴いていて、森山良子さんがお笑い芸人の大ファンだと知っていたので、これはもう、願ってもない縁談なんだろうなと思いましたね。(でもその割には「おぎやはぎ」と正しく言えず、「おぎや、はぎや」と言ってましたが・・)

それから、小木クンは直太郎クンから、大ヒット曲「さくら」のプロモーションビデオに主演するよう頼まれたそうですが、それは断ったのだそうです。

まだ「おぎやはぎ」がぜんぜん無名だった頃の話しだそうですが、もし出ていたらどうなってたのか。もちろん真面目なプロモだったわけなので、あまりのギャップに、見るたびに笑ってしまう「失敗作」になってたかも知れないです。

◎ 森山直太郎「新たなる香辛料を求めて」



  

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