スキップしてメイン コンテンツに移動

「薔薇のない花屋」を見ている

★遠い昔、「東京ラブストーリー」と言うドラマにハマったことが有りました。主題歌を小田和正氏、サウンドトラックを日向敏文氏が担当したとのことで、どんな音になったのか試しに見てみようと思ったのです。そしたらそのまま見続けてしまいました。

今回の月9「薔薇のない花屋」も同じで、山下達郎氏が二年半ぶりの新曲「ずっと一緒さ」を提供したと言うことで、それを聴きたくて見てみたら、そのまま引きずり込まれてしまったと言うわけです。

ただ、このドラマは面白いです。意外な設定、意外な展開に、単純に「次はどうなるのだろう」と言う興味をそそられます。もう無数のドラマ・映画・小説を鑑賞してきた大人にとっては、なかなか新鮮なテレビドラマに出会うこともなくなりますが、今回は、お陰さまでずいぶん楽しませてもらってます。

野島伸司氏の脚本には賛否両論あるようで、物語の設定にリアリティーが無いと言うのが否定的な人々の多くの意見のようです。確かに自分も最初は馴染むまでに時間がかかったし、演じている俳優からも(特に三浦友和氏など)「違和感を感じていた」ようなインタビュー記事が有りました。

それと最近の視聴者ですが、彼らのドラマレビューを読むと、「薔薇のない花屋」に限らず、「ドラマの内容が現実に有りうるか否か」を異常に気にするようで、それが評価に基準になってしまっているようです。ですが、それではノンフィクションかドキュメンタリーしか理解できなくなってしまいます。

ドラマと言うのは、「現実に起こりうるのか?」ってのはあまり重要じゃないんですよね。ドラマには、そのドラマ世界だけでの法則と言うモノが有りまして、それから外れさえしなければ、それでいいんです。でないと、SFやファンタジーなど存在できなくなってしまいます。

「薔薇のない花屋」も実はファンタジーなんです。毎回見ている人は分かると思いますが、花屋なのにバラを売っていないとか、小学生が目出し頭巾をかぶって学校に行っても先生にとがめられないとか、幾つもの「現実にはあり得ないエピソード」が、キーワードのように入っていることからもそれがうかがえます。

なので見る側が、「これは大人のファンタジーなんだな」とすぐに理解することが大切です。で、そのドラマの雰囲気に合わせて自由に感性をシフトさせて行けばいいのです。

なんて、ずいぶん物わかりがいいみたいですが、実は自分自身も、初回、二回は少しついて行けなかったし、時たま飛び出す象徴的な(クサい?)セリフにも閉口しながら見ていたんですけどね。

ところがある時、お話はやや現実離れしているのに、登場人物が抱く「悲しみ」は、やけにリアリティーが有るのに気づいたんです。

ちょっと失礼な例なんですが、巨匠・倉本聡さんのドラマでさえ、登場人物が涙を流したとたん、それが無理やりに見えてしまい、「人間って、こう言うことで泣けるかなあ・・」と、急にシラケてしまうことが有ります。

ところが「薔薇のない花屋」にはそれが無いんです。「これはつらい・・。泣いてあたりまえだよ」って自然に思えるのです。悲しみがヒシヒシと伝わって来て、見ている方も苦しくなる感じなのです。

で、その感動が極まったところで、山下達郎氏のエンディングテーマ「ずっと一緒さ」が流れだすと、これがとっても切なくていいんですね。

長年のタツロウファンとしては、ちょっと、むかし別の曲で使ったメロディがちょこちょこ再利用されていたりして、「うーむ・・」と思うところもあるのですが、聞き慣れてくるとそれも良し。全体的にはなかなかの出来映えだと思います(CD買いますよ)

ドラマはもうじき最終回ですが、うまく結末に持って行ってくれたらいいなと思います。単純な予定調和では芸が無いし、かと言って絶望的なラストも似合わない。

それと「血のつながりが無くても、一緒の家に住めば家族じゃないですか」と言う主人公のセリフから察するに、「血のつながり」がモチーフの一つになっているのは確かなので、その辺の、作者の意図を確かめたいとも思います。

親と子や、兄弟同士とか「血のつながった者たちの虐待や殺戮」が横行している現実を背景に、次々に他人を自分の家に住まわせ、他人を家族のように愛そうとする主人公の生き方が成就するのか。それとも、その平穏な生活が「血のつながり」にこだわる者達によってバラバラにされ、「すべてが幻」になってしまうのか・・

まあ、そんなに深く考えなくても、山下達郎のエンディングテーマ「ずっと一緒さ」の歌詞の中に、物語の結末が象徴されているような気もしますが・・


◎「薔薇のない花屋」フジテレビ



コメント

このブログの人気の投稿

7「回想,真夜中のローラー・スケート」

前回までのお話し →  「37年越しの・・、墓参り」 Index 「意味のある偶然の一致 20.7~22.4」 東京芸術大学  1979年〜1982年 美術学部絵画科 油画アトリエ・・ 芸大同期の女子、Rさんとの初めての会話は、とても唐突でした。 「全部あげるから、これ聴いてロックの勉強しなよ」 それまで、挨拶しかしたことの無かった女の子が、ある日、大学の、僕がいるアトリエにやって来て、いきなり重たい紙袋を手渡してそう言ったのです。中を見ると、10数枚のLPレコードが入っていました。「ジミ・ヘンドリックス」「エアロスミス」「ジャニス・ジョップリン」などなど、ロックの名盤ばかりでした。 この前日、大学の友人たちとアトリエ前の階段に座って雑談し、「ロックバンドを作ろうぜ!」と言う話しになったのです。とりあえず僕はギターが弾けるので誘われたのですが、弾くのはアコースティックギターで、フォークソング派でした。 それで、「オレ・・、ロックは良くわからんな」と、弱気な発言をしていたら、次の日になって、小柄な彼女が重たい紙袋を抱えてやって来たのです。 「全部あげるから、これ聴いてロックの勉強しなよ」 「全部って・・、ええっ?、貰っていいの?」 彼女が、僕らの雑談を傍らで聞いていたことは知っていました。が、突然レコードの束を渡されるとは思いませんでした。 「あげるよ。この辺はもう聴かないから。いま凝ってるのは達郎だから」 「タ、ツ、ロ、ウ・・?」 「山下達郎、知らないの?。それなら、今度テープに録ってあげるよ」 ・・それが、僕たちの会話の始まりでした。 それから少しずつ話しをするようになり、「ローラー・スケート」が共通の趣味だと言うことも分かって来ました。そして当時、発売されたばかりの新型ローラー・スケートの話題になりました。フレームにエラストマー素材を噛ませ、サスペンション構造になった物がアメ横で売られていると言うのです。(スケボーと同じ構造です) 「じゃあ、今度それ買って、いっしょに滑ろうか?」 と、盛り上がりました。しかし子供の玩具とは違い、数万円する代物だったので、買うとなると、それなりの思い切りが必要でした。 それからどのくらい経ったのか、季節は確か初夏のころ、浪人時代からの友人S君が僕のところへやって来ました。「Rさんがローラー・スケート買いに行くって...

「岬」をネット検索してみる

★むかしむかし、ゴブリンズメンバーのN君などと、インライン スケートでのロングツーリングをやっていた時期がありました。真夏の炎天下をインラインスケートで数日間(100km以上)滑り続けて旅をすると言う無棒?な行為です。 あの頃は「インターネット」はまだ普及しておらず、ゴブリンズの試合結果やいろんなエピソードなどは、全部ワープロで打って、コピーして製本して郵送する、と言う大変なことをやっていました。「ブレード走行記」もその一つです。 そのころ書いたもので「南房総に夏の終わりの夢を見た」「幻のBOSO100マイル」と言う二つの読み物があるのですが、その旅の途上で偶然立ち寄った「岬」と言う喫茶店で、面白いエピソードがありました。そのことをふと思い出しまして、その「岬」をインターネットで何気なく検索してみたら、出て来ました。そこそこの観光ポイントになってるんでしょうか。 (その後、喫茶・岬を舞台にした映画が作られました) 店そのもののホームページではありませんが、まだまだ健在でやっているようです。写真もいくつかありましたが、「こう言う建物だったかなあ?」と思うくらい記憶があやふやになってましたね。ただ色に関しては、我々が訪れた時とは確かに違っていました。壁のペンキを塗り替えたんでしょう。 今だったらこんな風にして、あのころ訪れた場所や宿などを、ネットで検索できるんですね。可能な限りリンクさせたら、ちょっとした観光案内が作れるかも知れないです。・・それにしても、毎年夏になると思い出してしまいます。 古いメンバーがいたころの話しなので知らない人も多いでしょうが、もし興味があったら、走行記も含めて参照してみてください。 ◎「岬」ネット情報 ◎ブレード走行記「南房総に夏の終わりの夢を見た」 ◎ブレード走行記「幻のBOSO100マイル」   

6「37年越しの・・、墓参り」

前回までのお話し →  5「二通の手紙、二つの返信」 Index 「意味のある偶然の一致 20.7~22.4」 ★教会の牧師様からの連絡で、37年前に亡くなった女の 子と、彼女のご両親が眠るお墓の場所が分かりました。しかし、用事や天候の影響で、実際に墓地を訪れるまでには二週間ほどかかってしまいました。 八王子の「東京霊園」までは、ウチから車で1時間半くらいです。圏央道に乗り、ちょっとしたドライブ気分で車を走らせ、ほどなく到着しました。 とても広い霊園でした。中まで道路が通り、季節の行事の際には周回バスも走るそうです。いちおう霊園地図も用意しましたが、カーナビが効いたので、ギリギリまで難なく辿り着くことが出来ました。 駐車スペースに車を停め、そこから花を持って徒歩で向か います。今回は、近所の花屋で自分で選びました。キリスト教の墓参では、主に白い色の、ユリ、カーネーション、スプレーマムなどでアレンジする、と「冠婚葬祭」の本に書いてあったのですが、仏式が中心のここの売店には無さそうな気がしたのです。 そして間も無く教会墓地の前に着きました。 37年ぶり・・、でした。 1985年10月に祭場で拾った彼女のお骨、一度は遠く離れ、長い年月を巡り巡って・・ 2022年4月7日、何故かこの地で再会することになりました。目の前の、この固い納骨堂の中にあの子はいるので す。それも、ご両親の遺骨と一緒に ・・ 最初の印象で、ここで良かったと思いました。綺麗で広くて落ち着いた場所で。特に今日は、二週間遅れが幸いして、ちょうど桜が満開になっていました。 「いま、確かに安らかにしている」 素直にそう思える場所に彼女はいたのです。 墓前に、まずお花と、Nさんが作った陶器の「白の器」を置きました。そこにウチから持参した水筒で「水」を注ぎます。 キリスト教式では「お花とお祈り」だけだそうですが、そこはそれ、僕は仏教徒だから・・(ニセモノだけど?)お水は上げないと、どうもしっくり来ないのです。 それに、ここまで僕の「道しるべ」になってくれたのは「Nさん」だからです。彼女がいなければ、到底ここまで辿り着くことは出来ませんでした。なので、ぜひNさんが作った器でお水を上げたいと思っていたのです。 お花を供え、お水を上げ、長い時間手を合わせ祈っていると、 「こんなシーン・・、むかし、何かの映画で見た...

二年前の事件の話し・異聞

*これは実際に有った話しです。そのため、文章中に登場する人物の名前は、筆者・高橋を除いて全て仮名にしてあります。・・なお、できれば前編「二年前の殺人事件の話し」から読んでいただければ、より興味深い展開になるかと思います。 ◎ 前編「 二年前の事件の話し 」 ★まず最初に、何故この話しを再アップしようと思ったか・・ (これは元々1990〜1993年の出来事で、当時すでに別の媒体で発表しています) 僕はこれまで、不思議な体験をすることが時々あって、これらを「みんなに教えたらきっと面白がるだろう」と思い、いくつかをブログに載せて来ました。ですがある時、気づいたのです。 どの話しもけっきょく「自分一人の主観」でしか無く、信じない人に「作り話でしょ?」と言われたらそれまでだと・・ そこで昔「*ゴブリンズ・レター」に載せたこの話しを思い出したのです。 これを読んでもらえれば、少しは他の「不思議な話し」にも信憑性が増すのではないだろうか・・ なぜなら、 唯一この話しには、客観的証人となりうる人物が登場するからです。それが、僕が参加していた草野球チーム「GOBLINS」に、新メンバーとしてやって来た「飯沼君」でした。 * ゴブリンズ・レターとは? 草野球チーム「GOBLINS」の会報のこと。まだネットの無い時代、メンバー間の情報交換を郵送で行ってた。その紙上に時折り高橋がエッセイなどを書くことがあり、その一つが 『二年前の殺人事件の話し』だった。 それは「二年前の殺人事件の話し」を*ゴブリンズ・レター紙上に書いて間もなくのこと。ある日曜日にかかって来た、ゴブリンズ飯沼君の電話から始まります・・ * 昼食後、坂を下って行くと、キャプテン高橋は豆腐屋のお爺さんに、 「それ(ローラー・ブレード)は何ですか?」 と捕まった。色々説明して、最後に、 「鴨川まで行きます」と言うと、 「鴨川?、じゃあもう、じきです。お気をつけて」 と丁寧にお辞儀をされた。有り難う。お元気で長生きしてください。一期一会、袖擦り会うも他生の縁。 飯沼君とは何の因果か解りません 。   これは1992年の夏、ゴブリンズ・レターに書いた、『 千葉-鴨川ブレード走行記 』の中の一説である。このとき僕は、ある不思議な感覚の中にいた。 『なぜオレは、今コイツと一緒にいるんだ?』 年齢は一回りも違う。野球要員としてメンバーが会...

ドラマ「ビブリア古書堂の事件手帳」を見たら・・

 ★先日、タイトルの書いていないDVDを何枚か見つけまして、「ハテ、何を録画したんだっけ?」と見てみると、2013年にフジテレビで放送した「ビブリア古書堂の事件手帳」でした。 これはチマタでは「月9ドラマ史上最低の視聴率」などと散々な言われ方をしたヤツですが、僕の感性によれば、地味で小品ながら中々の出来映えだったと想ってます。 逆に、すごい視聴率をマークした「半沢直樹」などは、もちろん全部拝見した上で言わせてもらえれば、あれは、すごく面白かったけど、見終わった後味が「大げさな水戸黄門」みたいだった、と想いました。 さて「ビブリア古書堂」ですが、元々は小説が原作で、主人公、古書堂の若い女性店主「篠川栞子(剛力彩芽)」が、鋭い洞察力と推理力で、一冊の古書をめぐる謎を解いて行く話しです。 相手役に「五浦大輔(EXILE AKIRA)」。この五浦大輔と言う男は、ひょんなことからビブリア古書堂のアルバイト店員になるのですが、何と「本が読めない男」と言うムチャな?設定なのです。強引に本を読もうとすると、貧血やめまいを起こしてしまうと言うことになっているのです。 「これ、視聴者は理解できるのかな?」と、少し不安になりました。フツウの人にとって、本がまったく読めない人間なんてリアリティを感じないかも?と想ったのです。ですが、こういう人ってホントにいるんですよ。何故そう断言できるかというと、僕自身がかつてそうだったからです。 あれは十代、ちょうど中学生の頃でした。ドラマの五浦君は「めまい・貧血」と言うやや病的な症状のようですが、僕の場合はそうじゃなくて、ふわーっと、いつの間にか別のことを考えてしまうと言う妄想癖でした。 詳しくいうと、本を読もうと文字を追っていくうち、何かの単語に気を取られてしまうのです。するとその単語にまつわる色んな連想が沸き上がり、ついには、文脈とは関係の無い妄想の世界に入り込んでしまう、と言う感じでした。途中ハッと我に返り、「いけない、文章を読まなければ」と、戻そうとしてももうダメで、どんどん本と関係のない空想の中に入り込んでしまうのです。 後々分かることなんですが、これは「雑念恐怖症」と言う、神経症の一種だったようです。(今もこう呼ぶのかは不明です)。人によっては、本に集中できないことに深く悩み、余計に症状を悪化させてしまうことも有るようです。 僕の場...

3「今ごろ?''facebook''を始めてみた」

前回までのお話し →  2「どっこい、夢はまだ続いていた・・」 Index 「意味のある偶然の一致 20.7~22.4」 ★2021年の12月、急に「facebook」を始めることになりました・・ 2004年に立ち上げられたと言われる「facebook」ですが、話題になった当初からずっと関心が無く・・、って言うより、どっちかと言うと避けて来たはずなのに、どう言うわけか、とうとう始めることになってしまったんです。 今回はその理由について、簡単に書いてみたいと思います。 じつは、僕は、十代のころ、ずっと強迫神経症に悩まされて来ました。次から次へと、主な神経症のほとんどを経験したのかも知れません。 中でも「群衆恐怖症・閉所恐怖症」が特に酷く、その後遺症とでも言うのでしょうか、今でも「人混みが苦手・閉じた空間が苦手」が少し残っているのです。で、「facebook」及び「SNS」と言うものを知った時(普通の人には理解できないと思いますが)僕は「軽い恐怖」を感じたのです。 アカウントを作らなければ中に入ることが出来ない・・ 外から中の様子を探ることさえ出来ない・・ 初めから開かれているブログなどとは全く違う、この、他を寄せ付けない閉ざされた世界は、僕にとって「閉所恐怖症」をフラッシュバックさせるに十分でした。 さらに日本での普及率ですが、2020年調べで、「facebook」利用率は、インターネット利用者の内の「約34%」でしか無いのです(最高時は約40%)。これも不安要素でした。利用率がたとえば「LINE」のように80%を越えていれば、ある程度解放感もあるのですが、34%と言う低さは、より「閉鎖世界」の印象を強くしてしまいました。 そしてもう一つ、「facebookは成功者のツールである」と言う説。これはあるIT評論家のコラムからですが、一時、時代の寵児と騒がれたあるIT起業家が、事業に失敗して電話もメールも断ち、消息不明になってしまったと言う話し・・ が、人格が素晴らしく尊敬できる人物だったので、 IT評論家は「ぜひ、もう一度いっしょに仕事がしたい!」と、探し回ったのだそうです。 で、ふと、とにかく新し物好きだった彼なら、当時発表されたばかりの「facebook」に絶対飛びつくはず、facebookで彼を見つけ、事業再建の後押しがしたいと、来る日も来る日も探したそう...

クローン人間

★クローン人間のことが話題になると、その是非とは別に気になることがあります。キャプテン高橋は少年のころ友人たちと心霊研究をしていたことがあるのですが、そのときの知識に照らし合わせてみると、クローン人間とはどんなモノになるのか、とても興味があるのです。 まず普通の人々はクローン人間を、「肉体の DNA 的複製」とだけ考えがちですが、心霊的に見ればそれだけでは不完全で、その肉体に宿っている霊魂の方が人間の本体なのですから、霊魂まで複製しなければ完全なクローンとは言えないと言うことになります。 では、霊魂と言うのは、複製できるものなのでしょうか?  「複製」と言う概念からは外れるかも知れませんが、霊魂が分裂することはあります。たとえば一番分かりやすいのは「一卵性双生児」です。これはご存知のように、受精した一つの卵子が子宮内で二つに分かれ、二人の人間として生まれてくることですが、この時、同時に霊魂も二つに分かれます。 つまり本来一人の霊魂だったものが、二つの肉体に宿って生まれて来ると言うことになるわけで、我々が考える「クローン人間」に一番近い形と言うことになるかと思います。 逆に、複数の霊魂が合体することもあるようです。と言うより、ほとんどの人が、複数の霊魂が集まって一人の人間として生まれ変わって来ている、のだそうです。だから、一人の人間の中に、一言では表現しきれないようなたくさんの性格、性癖、本人にも分からない奥底の感情など、複雑な意識がうごめいているわけです。 ところが、その複数の人格が完全に統合されていない幼児期に、あまりにひどい虐待を受けたりすると、そのショックで統合に失敗し、人格がバラバラになったままになる「多重人格症」と言う精神病になってしまうわけです。 これは性格が入れ替わってしまうだけでなく、名前や生まれ育った場所、経験したことまで言い分けると言う特徴があります。心理学的には「創作された人格」だと言われていますが、海外では、副人格の言ったとおりの場所にその人の墓があった、なんて症例まで確認されているようです。 まあ、そんな病的ではないにしても、自分の中に、人には言えないような凶暴な性格が潜んでいて人知れず悩んでいたり、酒を飲むと突然人が変わってしまったり、それを翌朝には完全に忘れていたりなど、本来の自分ではない...

ぐんじょういろと群青領域

 ★「群青領域」、これはNHKの「ドラマ10」で放送された、心に負った深い傷のために演奏が出来なくなった、天才的な韓国人ピアニスト「キム・ジュニ」の挫折と再生の物語です。「群青領域」と言うタイトルに惹かれてちょっと覗いてみたら、最後まで見てしまいました。 ◎ NHKドラマ10「群青領域」 「ぐんじょういろ」 幼稚園の頃、初めて手にした画材「クレヨン」に、そんな名前の色が有りました。青よりもっと暗い、黒に近い青色のことでした。そして、意味も分からず、この言葉の響きだけがやけに耳に残りました。 中学生になったある日、美術の時間に、一人の女子が「あれ、ぐんじょういろの絵の具が無くなってる!」と言うと、近くにいた生徒たちが、「ぐんじょういろ?。今どき、’’ぐんじょう’’なんて言うか?!」とからかいました。 その頃になると、僕たちは濃い青のことを「紺色」と呼ぶようになっていました。「ぐんじょういろ」とは、幼稚園児のような子供が使う色のことで、あか抜けない、ダサい呼び名と言うことになっていたのです。ところが、あるとき僕は「ぐんじょう」の漢字を知ることになります。それは・・ 「群青・・、青の群れ」 なんて美しい言葉だろう、と思いました。その時から「群青」は、僕にとって特別な単語になったのです。 たとえば、村上龍氏が武蔵美在学中に「限りなく透明に近いブルー」で芥川賞を受賞したときも、このブルーは「群青」に違いない、と勝手に思ったくらいでした。 なので、「群青領域」と言うタイトルを見たとき、「このドラマを見てみたい・・」、そう思いました。 主人公の「キム・ジュニ」はバンドでキーボードを担当していましたが、ある出来事に傷つき失踪します。たどり着いた場所は海辺・・。そこで「死ぬつもりはなかった。消えたかっただけ」と、海に飛び込んでしまうのです。 それを助けたのが、海で仲間を失い、やはり心に傷を負って潜れなくなった水中カメラマン「蓮(れん)」でした。 自殺か?と驚いた蓮が飛び込んで、海の底へと沈みゆくジュニに追いつき、抱きかかえた時、二人は透き通った美しい青に囲まれていました。そこが、心の大きな傷を包み込む深層世界、「群青領域」だったのです。 僕にも、もがき苦しんだ時期が有りました。このドラマを見るまですっかり忘れていたことですが・・ 僕は二浪して芸大に合格しましたが、じつは、現役...

AMラジオ、FMラジオ

★みんな、あんまり AM ラジオなんて聴かないと思いますが、このところ、ラジオ番組で一番面白いと思ってるのは、 TBS ラジオの「ストリーム」ですね。午後1時から3時半までやってます。小西克哉氏と松本ともこ氏がパーソナリティとしてやっているもので、政治・経済からスポーツ、音楽、映画、アングラ(死語?)ものまで話題が幅広くてとても面白いですよ。 二人のキャラクターがあか抜けていて、いわゆる AM にありがちな所帯臭さが少ないんですね。特に松本ともこ氏は、もともと FM 出身なので、少し前まで FM が持っていたセンスの良さ、雰囲気をうまく AM に持ち込んで来たって感じです。彼女のファンで、 FM から乗り換えて来たリスナーも多いみたいです。 一番の聞き所は、午後2時からの「コラムの花道」でしょう。これは、説明するのが難しいんですけど・・ マジメな話しもあるのですが、馬鹿げた話題をマジメっぽく取り上げているところが面白いです。ホームページから Windows Media Player で聴けるので試してみてください。一日ごとに変わります。 逆に、最近は FM の番組が子供っぽくって、あまり聴いてないですね。今の FM の雰囲気は、昔の AM のような感じです。流している音楽はいいのですが、対象としているリスナーが低年齢化しているからでしょう。雰囲気が幼いです。昔は FM と言うと高級オーディオのチューナーでしか聴けなかったですが、今は安く手に入りますからね。キャプテン高橋も、いま中・高生だったら聴くでしょうけど・・ ・・とは言っても毎日聴いている番組もあります。 NHK-FM の「ポップスライブラリー」と言うやつで、タイトルとは裏腹に朗読番組なんですよ。その合間に音楽を流すのです。むかしの「クロスオーバーイレブン」の小説版みたいな感じですかね。昨年の夏なんかホラー特集だったらしく、不可思議な小説ばかり朗読して、なかなか興味深かったです。本編は深夜0時20分くらいからですが、聴くのは朝9時20分からの再放送の方です。 そう言えば、むかーし FM 東京では、ゴールデンタイムに何と「通信高校教育講座」と言う受験番組をやってましたよ。いま書きながら思い出しました。ちょっとしたホラーですね、これは・・   

巨人連敗の原因はこれだ??

★すっかり弱くなってしまった「巨人」でも勝つことがあるんですね(失礼?)。今夜は勝ちました。まあ、これからケガ人が復帰してくればそこそこ盛り返すとは思うんですが・・ 解説者的な評価とは別に、以前から気になっていることがあるんです。これは1、2年前にもBBSで指摘したことなんですが、巨人応援団のあの、大チャンスの時に行われる「応援スタイル」が、巨人を弱くしている要因の一つではないか?と言う仮説です。 応援のようすを文章で表現するのは難しいのですが、あの、一糸乱れぬ「うおお、エイ!エイ! うおお、エイ!エイ!・・」ってな感じで始まり(数パターンがあるようですが)、トランペットの演奏と、やたらテンポの早いかけ声が延々と続くヤツです。 僕は少しですが学生時代に野球経験があり、現役の?草野球選手でもあります。同時にオーディオマニアだし、バンド活動もやってたし、絶対音感はありませんが、ギターをチューニングする時の「ラ」の音程度なら、音叉を使わずにだいたい合わせることが出来ます。 それくらい、それなりに音にも敏感だとは思っています。 なのでこれは、ただの当てずっぽうではなく、野球経験者としての運動神経、及び、音楽好きとしての音感を通した推理だと思って欲しいのですが、あの巨人応援団のスタイルは、どうも 「野球のリズムには合ってない」 ように思うんです。全体的に早すぎるし、途中のリズムの変化も大き過ぎですね。あれだと、バッターが構えてタイミングを取るまでの呼吸に合わないんです。 それだけでなく、あの応援そのものが、人間の不快感を刺激するものに仕上がっているような気がします。と言うのも、テレビ中継であれが始まると、急にひどい嫌悪感を感じて、どうしても聴くに堪えず、他に回してしまうことが多いんです。 で、少し前、ゴブリンズのN君から「西武対巨人の交流戦のチケットが有るので誰か行かないか」と言う申し出があった時も、骨折していてあまり遠出は出来ない状況だったんですが、西武ドームはウチから電車で30分だし、すごく「行きたいなあ!」と迷ったんです。ですが「まてよ、巨人戦だとあの応援が始まるかも?。だとするとスタンドで延々あれを聴かされることになる!」と思い、げんなりしてあきらめてしまったんです。それくらい、あの応援はホントに嫌いなんです。 で、真面目に思ったんですが、...