スキップしてメイン コンテンツに移動

永島慎二さん亡くなる・・・

★ネットニュースにこんな見出しが出ました。

「青年漫画の教祖、永島慎二さんが死去」

と言っても、それが何者なのかもう知る人は少ないでしょう。「柔道一直線」を描いた漫画家、と言えばいくらか思い出す人がいるでしょうか?。でもあれは梶原一騎氏の原作で、永島慎二氏のオリジナル作品ではないし・・

彼のオリジナル作品はもちろんたくさんありますが、僕が中学時代に夢中になって読んだものでは「漫画家残酷物語:シリーズ黄色い涙」「フーテン」「若者達」「新・雨月物語」などを思い出します。

それと「心の森に花の咲く」。このタイトルはとても印象に残っていて、ブレード走行記のタイトル「そして富士北麓に雨の降る」は、これをパロディさせてもらったものです。

中学時代の僕にとっては重要な人物でした。彼に憧れて漫画家を目指したようなものなのです。特に「漫画家残酷物語」。永島氏の若い頃で絵はまだ未完成ながら、ストーリーの完成度は非常に高く、僕が思うには、恐らく井伏鱒二氏の短編小説に匹敵するくらいの出来ではないかと思われるのです。

この「漫画家残酷物語」と「若者達」の二作品をベースにして、NHKの銀河テレビ小説枠で、「黄色い涙」と言うタイトルでドラマ化されました。

当時、漫画をシリアスなドラマにすると言うこと自体が珍しく、しかも出来がすこぶる良くて、名作と言われました。銀河シリーズでは唯一再放送された作品だそうです。脚本は市川森一さん。主題歌が小椋佳さん。出演は、これが出世作となった若き森本レオさん、下条アトムさんなど。

こんなにも永島慎二氏に憧れ、入れ込んだ漫画家への道でしたが、虫プロ発行の漫画専門誌「COM」が廃刊となったこと、それがきっかけで「絶対プロになろう!」と、一緒に漫画を描いて来た友達が漫画を捨ててしまったことがショックで、いっさいがっさいの漫画本を手放し、自分も漫画を捨ててしまったのです。

最後に描いたコマ漫画は、ある少年雑誌の公募で佳作入選したのですが、小さく名前とサムネールが出ただけでした。同じ頃、別の公募で大賞を取った「足立充」と言う16歳の少年が現れたのです(僕は14歳)。

「この少年は10年に一人の天才である。あえて欠点を上げれば、作品の完成度が高すぎること」との寸評は今でも忘れることが出来ません。彼こそが、数年後に「タッチ」と言う傑作を生み出すことになる、あの「あだち充氏」でした。

「世の中にはすごい奴がいる。こいつが10年に一人の天才ならば、オレは天才じゃないってことか・・」と、あの時完全にあきらめがついた気がします。

で、それからは油絵の方に力を入れ、美術大学を卒業したのですが、就職した「JCGL」と言うCGプロダクションには、「奥田さん」と言うアニメ監督がいました。

ある徹夜仕事の夜、休憩中にその人と漫画について話しをしていて、僕が「永島慎二のファンだ」と告げると、「なに?。あいつのファンなの?。永島はオレの友達だよ」と言うことになり、本当に驚きました。

「それならこんど紹介してやるよ」と言われていたのですが、JCGLと言うのは恐ろしく忙しい会社で、ついにそんなチャンスは来なかったのでした。

あれ以来、永島作品にもほとんど触れることはありませんでした。作品集を全部手放してしまったので、読み返すことも出来なかったのです。そうして年月が経ち、つい先日ネットで、そしてNHKのニュースでも永島氏の訃報を聞きました。享年67歳。80歳時代の今としては、やはり若すぎる感じがします。

民放のニュースではまったく見なかったのですが、NHKが丁寧に報道していたのは、かつての銀河テレビ小説の流れがあったからでしょうか。そう言えば、永島氏本人も通行人役で出演していたし、タイトルバックも永島氏が描いたイラストでした。

ホントに名作だったし、この訃報を聞いて、何とかもう一度見てみたいと思ったのですが、NHKアーカイブスで残っているんでしょうか?

★その後、友人よりコメントが寄せられました。

*友人A*
ビデオは残っていないようですね。市川森一さんのコメントを見つけました。
「ふるさと遺産 再生活用を目指して」
http://loveriver.net/opinion/ichikawa.html
もったいない。

*タカハシ*
そのようですね。あの頃のNHKは「少年ドラマシリーズ」とか「天下御免」とか、たくさん名作を作ってました。それらも全部消去されたようです。現場は優秀だったのに、管理職がダメだったってことですかね。調べたら、永島慎二氏の作品集もすべて絶版だそうです。「まんだらけ」などでは高値がついているとか‥‥

*友人B*
いっさいがっさいの漫画本を手放して・・しまったのですか・・!。
私は、永島さんとつげさんのだけは、いまも何冊か持ってますよ、ボロボロだけど・・。
ところで先日、新小金井街道をまっすぐ行った所の府中市立美術館にたまたま行ったら「石子順造的世界」というのに、つげ義春の「ねじ式」の原画(作家蔵)が初公開で、なんと全ページ展示されていて大変感激しました!。二度とないかも知れないので、必見かと・・(2/26まで)
かつて、その後興味の移った、高松次郎、中西夏之、関根伸夫ら美術家の旧作の展示もありましたが、過ぎ去った「時代」への寂寥の感・・でした。
同時開催の「小山田二郎」の水彩画が実に素晴らしかった。お勧めします。

*タカハシ*
府中市立美術館の展示、面白そうですね。知りませんでした。つげ氏の原画は見たことが無いので、とても見てみたいです。少し寒さが緩んだら、ぜひ自転車で行ってみたいです。
あと、漫画は「決別」の意味を込めて手放しました。あの時はそのくらいのことをしないと、決心がつかなかったのだと想います。たぶん‥‥ ですが今になって、佐々木マキ作「うみべのまち」の復刻版を買ったり、つげ義春原作のラジオドラマ「つげ街道義春村字」の音源をネットで見つけてダウンロードするなどの行動に走ってる始末です。そう言えば「COM 40年目の終刊号」も、買おうかどうしようか、なんて迷ったりしてます。未練ですかね。

*友人B*
「つげかいどう・よしはるむら・あざ」ダウンロードして聴きました。
COM 40年目の終刊号」知りませんでした。早速 amazonで注文しました。
気がつけば、あの人も、あのヒトも・・・と、いなくなりました。
私もフェードアウトする前に、これからは時間を作って、あれこれ考えてみたいと思っています。



  

コメント

このブログの人気の投稿

掘り出し物

★電池を買いに、すぐ近所のホームセンター「ケーヨー D2 」へ行ったら、写真のような「単眼鏡(小型の望遠鏡)」を 1000 円均一で売ってました。 前々から自転車やインラインスケート用に欲しいと思っていたので、安物だけどいいや、と思って買って帰りました。 ところが家に戻って覗いて見ると、これが非常にクリアで大きく見えるんですよ。おもちゃみたいな物だから、色がにじんだりボヤけたりするだろうと思い込んでいたので、驚きました。 そこで良くメーカーを見てみたら、「 Kenko 」って印刷してあるじゃないですか。なるほどこれは、カメラのレンズやフィルターなどで名の知れた「 Kenko 」の商品だったんですね。良く見えて当たり前です。失礼しました。・・と、言うことで、ちょっと嬉しくなってしまったので、書き込みました。 何に使うのかと言えば、自転車やスケートで長距離を走行中、初めての場所などで道が分からなくなる時があるんです。その時、道路表示の看板を見ればいいわけなのですが、それが何百メートルも先にあって、やっとたどり着いて確認したら反対方向で、また何百メートルも逆戻りしなければならない、なんてことがあるんですね。そう言う時に威力を発揮するのです。つまり、わざわざ表示板の下まで行かずに、遠くから覗いて読み取り、道を確認できるわけです。 ただ、携帯に便利な小型の物で、しかも性能がいい奴って言うと、けっこう高いんですよ。安くても¥ 5000 くらいはしますね。それが¥ 1000 で手に入ったと言うのはとてもラッキーでした。これでまた、初夏のブレード長距離走行に向けて張り合いが出て来ました。何とか行ってきたいものです。   

クローン人間

★クローン人間のことが話題になると、その是非とは別に気になることがあります。キャプテン高橋は少年のころ友人たちと心霊研究をしていたことがあるのですが、そのときの知識に照らし合わせてみると、クローン人間とはどんなモノになるのか、とても興味があるのです。 まず普通の人々はクローン人間を、「肉体の DNA 的複製」とだけ考えがちですが、心霊的に見ればそれだけでは不完全で、その肉体に宿っている霊魂の方が人間の本体なのですから、霊魂まで複製しなければ完全なクローンとは言えないと言うことになります。 では、霊魂と言うのは、複製できるものなのでしょうか?  「複製」と言う概念からは外れるかも知れませんが、霊魂が分裂することはあります。たとえば一番分かりやすいのは「一卵性双生児」です。これはご存知のように、受精した一つの卵子が子宮内で二つに分かれ、二人の人間として生まれてくることですが、この時、同時に霊魂も二つに分かれます。 つまり本来一人の霊魂だったものが、二つの肉体に宿って生まれて来ると言うことになるわけで、我々が考える「クローン人間」に一番近い形と言うことになるかと思います。 逆に、複数の霊魂が合体することもあるようです。と言うより、ほとんどの人が、複数の霊魂が集まって一人の人間として生まれ変わって来ている、のだそうです。だから、一人の人間の中に、一言では表現しきれないようなたくさんの性格、性癖、本人にも分からない奥底の感情など、複雑な意識がうごめいているわけです。 ところが、その複数の人格が完全に統合されていない幼児期に、あまりにひどい虐待を受けたりすると、そのショックで統合に失敗し、人格がバラバラになったままになる「多重人格症」と言う精神病になってしまうわけです。 これは性格が入れ替わってしまうだけでなく、名前や生まれ育った場所、経験したことまで言い分けると言う特徴があります。心理学的には「創作された人格」だと言われていますが、海外では、副人格の言ったとおりの場所にその人の墓があった、なんて症例まで確認されているようです。 まあ、そんな病的ではないにしても、自分の中に、人には言えないような凶暴な性格が潜んでいて人知れず悩んでいたり、酒を飲むと突然人が変わってしまったり、それを翌朝には完全に忘れていたりなど、本来の自分ではない...

iPhone7plusに買いかえた

★これまで使い続けて来た「iPhone5」ですが、老眼の進行により、とにかく文字が見えにくくなりまして、ついに画面サイズ5.5インチの「iPhone7plus」にかえることにしたのです。 結果、使い勝手すこぶる良好となりました。非常に見やすいですね。これならメールやLINEだけでなく、電子書籍も楽しめそうです。本は何冊かダウンロード購入していたのですが、iPhone5ではとてもじゃないが読む気になれませんでした。あと、漫画も何とかいけそうですね。 上の写真、右の小さいのは「iPhone5」です。下取り機種交換にすれば多少支払いが安くなるのですが、自転車用のナビには大きさがちょうどいいので、iPhone7plusをルータ代わりにして、デザリングでつないでナビとして使用することにしました。 今年は、iPhone発売10周年記念で、記念モデルが出るのでは?との噂もあるし、使用中だった「iPhone5」も、整備品(中古をオーバーホールして発売した製品)の割にはバッテリー状態がよく、まだ使えそうだったのですが、まあ、この辺が潮時かな?と言うことで、思い切って注文してみました。 それと、アメリカがトランプ大統領になったことでアップル社にも圧力がかけられ、「iPhoneをパーツから何から全部アメリカ国内で作れ!」って言い出したと聞き、もし本当にそうなったら、価格とかどうなるだろ?と、すこしだけ心配になった?ってことも有ります。たぶん価格は大幅に上がるだろうし、性能の安定性も失われるかも知れません。 まあ、トランプさんの暴君ぶりには、毎日のように世界中の人々が驚かされてますが、いったいこれから先どうなるんでしょう。 ・・と思っていたら、「イスラム圏7カ国からの入国を禁止」との大統領令に対し、米国各州の司法長官が違憲であると表明し、ついに裁判所が「一時的に効力を停止」との裁定を下しました。 このニュースを聞いて震えませんでしたか?。僕は震えましたね。さすが自由の国、「腐ってもアメリカ」。僕の好きなベースボールが生まれたその国では、法の番人は決して権力に屈しなかったと言うわけです。その姿を見せつけられ感動すら覚えましたよ。 これにはトランプ大統領、まあ怒ってましたけどね。「テロからアメリカを守るための大統領令だぞ。どこが悪い!」ですが、この発言に反感を持った市民からは、「憲法の勝利だ!...

「岬」をネット検索してみる

★むかしむかし、ゴブリンズメンバーのN君などと、インライン スケートでのロングツーリングをやっていた時期がありました。真夏の炎天下をインラインスケートで数日間(100km以上)滑り続けて旅をすると言う無棒?な行為です。 あの頃は「インターネット」はまだ普及しておらず、ゴブリンズの試合結果やいろんなエピソードなどは、全部ワープロで打って、コピーして製本して郵送する、と言う大変なことをやっていました。「ブレード走行記」もその一つです。 そのころ書いたもので「南房総に夏の終わりの夢を見た」「幻のBOSO100マイル」と言う二つの読み物があるのですが、その旅の途上で偶然立ち寄った「岬」と言う喫茶店で、面白いエピソードがありました。そのことをふと思い出しまして、その「岬」をインターネットで何気なく検索してみたら、出て来ました。そこそこの観光ポイントになってるんでしょうか。 (その後、喫茶・岬を舞台にした映画が作られました) 店そのもののホームページではありませんが、まだまだ健在でやっているようです。写真もいくつかありましたが、「こう言う建物だったかなあ?」と思うくらい記憶があやふやになってましたね。ただ色に関しては、我々が訪れた時とは確かに違っていました。壁のペンキを塗り替えたんでしょう。 今だったらこんな風にして、あのころ訪れた場所や宿などを、ネットで検索できるんですね。可能な限りリンクさせたら、ちょっとした観光案内が作れるかも知れないです。・・それにしても、毎年夏になると思い出してしまいます。 古いメンバーがいたころの話しなので知らない人も多いでしょうが、もし興味があったら、走行記も含めて参照してみてください。 ◎「岬」ネット情報 ◎ブレード走行記「南房総に夏の終わりの夢を見た」 ◎ブレード走行記「幻のBOSO100マイル」   

キツネの嫁入り

★そろそろ夏も近づいて来たので、不思議な話しをひとつ。 以前このブログにも書いたのですが、私の母親は昭和初期に生まれ、秋田県の山奥で育ちました。その村では、幼いころ何度も怪異現象に遭遇したそうです。これもそのひとつです。 ある日の夕方、薄暗くなった田んぼのすぐ近くで遊んでいると、少し離れた農道を、長い提灯行列がゆっくりと歩いていたそうです。夕暮れでシルエットもハッキリしないのですが、ゆらゆらとした不思議な提灯の明かりに目を奪われ、ついつい見とれていたそうなのです。 不思議なのは、茂みや小屋の後ろを通るときです。普通なら、物陰を通り過ぎるときは、その距離の分だけ時間がかかって出てくるわけですが、その行列は、なぜか物陰に入った次の瞬間、スッと反対側から顔を出すと言うのです。その奇妙な動きにも気持ちを奪われ、時間の経つのも忘れて、ぼんやり見続けていたそうです。 ところが、何かの拍子にハッと我に返って、急に恐くなった当時の母親は、あわてて家にかけ戻り、家の者たちにそのことを話しました。すると祖父が「そりゃあ、キツネの嫁入りだべ」と言い、気をつけるようにと戒めたそうです。 つまり、本当はその提灯行列は幻で、見ている者のすぐ近くにキツネが隠れていて、化かしているのだと言うのです。そして夢遊病のように行列の後について行って沼にハマったり、そのまま神隠しに遭うこともあるのだと、おどかされたと言います。 なお、大勢の人が提灯を持って練り歩く行く行事は、その村には無かったそうです。念のため・・ 関連記事 ◎ もののけCM    

開かずのファイル‥‥

★ホームページを移転して、久しぶりに「キャプテンズルーム」を復活させたのですが、その時、全部のファイルを開いて画像を入れ替えたり、細かいところを修正して保存し直すと言う作業をやりました。 ところがこの中の、インライン走行記「キャプテン金縛りにやられる , の巻」の2ページ目だけが、どうやっても開かないんです。それどころか、 HP 作成ソフト自体がフリーズしてしまうので、何度も強制終了しては開き直すなんてことを繰り返していました。 でもやっぱりダメなので、けっきょく、一回サーバにそのままアップロードして、そのページを閲覧し、文章だけコピーして、まったく新しい html ファイルを作ってそれにペーストして保存する、と言うやり方で作り直しました。 するとようやく開くことができたので、画像ファイルを付け、段落や文字色などを指定して保存し直しました。その時も、他のファイルに比べて動作がやけに重かったのが異様でした。 じつはこのファイル、僕がブレード走行に行き、御宿のある民宿で金縛りに会い、得体の知れない黒い物に襲われると言うシーンを描写したページだったのです。 「なんだ。またその手の話しか・・」と言われそうですが、ゴブリンズの HP ファイルは、全部合計すると 300 前後あるんですよ。その中の、よりによってそのファイル一つだけが「壊れて開かない」と言うことが、なんか不思議だなあと思ったわけなのです。 もし次、何かの機会に作り直そうして、その時もまた開かなかったとしたら、何かがこもってるって言うことでしょうかね? まあ、ちょっとした話題の一つと言うことで・・   

清原選手とフジ会長

★最近気になったニュースは「清原選手の食事メニュー」でしょうかね。肉類を鶏のササミを中心にするそうで、遠征先のあちこちの焼き鳥屋を探すそうです。 数年前、肉体改造をしようとしてアメリカまで渡ったのに、トレーナーの「肉は鳥のササミだけ」と言うアドバイスを聞かず、「オレはステーキが食いたくてプロになったんだ。タンパク質なら牛だって同じだろ。鶏なんか食ってられるか(本人がテレビで言った言葉です)」と、毎晩ステーキを食い続け、その結果、筋肉組織の質が落ちて足の故障につながった、と言うのは(一部では?)有名な話しですよね。その失敗を活かしてと言うわけなんでしょうか、とにかく「鶏肉を食う」んだそうです。 この一例だけでなく、確かに清原選手は変わりましたよね。地震の被害にあった新潟の地域に出向いて、地元の学生を励ましたり、ファンサービスに熱心になったり‥‥ じつはTBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」と言う長寿番組があるのですが、そこに清原選手がロングインタビューで出演したことがあったんです。聞き手は陣内貴美子さんで、ちょうど、堀内監督との確執が騒がれた時期でもありました。 陣内貴美子さんと言えば、ダンナさんはかつての金石投手です(広島-日ハム-巨人)。その金石氏が陣内さんにいつもため息のように語っているのは、「今のプロ野球界で、キヨほどファンに愛される選手はいない。だからあいつは、もっとファンを愛し返さなきゃいけないんだ」と言うことだそうです。 陣内さんがそれを清原選手に伝えたところ、「確かにオレは、今までファンのことなんて一度も考えたことは無かった。自分だけのために野球をやって来た」と言い、「でも、今回の巨人との騒動で、自分の味方はファンだけなんだと分かった」と、かなり反省した発言をしていましたよ。僕はあまり清原選手が好きではないので、彼の発言を疑っていたのですが、その後の彼の行動を見るにつれ、「あれはやはり本心だったのだな・・」と思うようになりました。 むかーし、誰だったか、精神科医か心理学者の言葉で、こう言うのがありました。 「スポーツ選手と言うのは、傲慢で、自己中心で、プライドが高くて、他人を傷つけても何と思わないような人間でないと成功しない」 つまりスポーツ選手とは、相手を倒し、その屍を踏みつけて前進して行くような仕事だと言う意味なのでしょう。...

WBCでキューバ選手、行方不明?

★さっきラジオでWBCの最新情報を聞きましたが、今日はキューバが全然練習をせず、何か騒ぎが起きているようです。どうも向こうに行ってるスポーツジャーナリストによれば、「選手の一部がいなくなったらしい」と言う怪情報が入っているそうです。 まあ、未確認情報なのでホントがどうかは分らんらしいです。でも、キューバ選手の亡命と言うのは、まったく有り得ないとは言えないだけに、ちょっと心配?ですよね。 もちろん亡命が心配と言うんじゃなく、まさかその影響で決勝戦が中止になるんじゃ?、って心配なわけですが・・・。とにかく、どうせ亡命するなら試合が終わってからにしてくれよ!って言いたいわけですね。 ・・どうにもこの大会は、アメリカは自分たちの形勢不利と見るや、組み合わせを意図的に変更してしまうし、韓国はケンカ腰で日本粉砕しか頭に無いし、キューバはスキあらば亡命しようと?目論んでいるし、本気で素晴らしい野球をしようとしているのは日本代表だけ?なんでしょうか? こうなったらホンキで、「向こう三十年は日本に手が出せない」そう言う野球を日本代表にしてもらいたいですね。    

少し気が早いが地デジにした

★と言っても、主に両親が居間で見るための物なんですが、僕が品物選びを任されたわけです。 当初は「もっといいテレビが出る。もっと安くなる」と言うことで買い控えをしていたのですが、だんだんと、もう高齢なのでいつポックリ逝くか分からない、だったら今の内に奇麗な大型画面で観ておきたい、と言うことになり、目出たく?購入の運びとなったのです。 で、買ったのは東芝の37型「REGZA Z3500」。購入にあたり、吉祥寺のヨドバシカメラと大泉学園のヤマダ電気で見学をして品定めをしました。 店では東芝のテレビは片隅に追いやられていて、シャープやソニー、パナソニックなどを店員が熱心に説明していましたね。2008年の新製品が出た(出る?)と言うことも有り、そっちの方が押しだったんでしょう。 へそ曲がりの僕は、あまりそれらには興味が無く(値引きが少ないので)、東芝の展示スペースに引き寄せられました。それに見た感じは東芝が一番奇麗な印象を受けたんです。ハッとするような鮮やかさはソニーが上かなとも思ったのですが、その辺は、写している映像の種類や、ちょっとした調整の仕方で違って来るような気もします。 ひとつだけ「REGZA」が一番なか?と思ったのは、かなり真横に近い場所から見ても、しっかり絵が映っていたことですね。他のメーカーは東芝よりも浅い角度で色が薄くなり、白っぽくなってしまいます。 それと最後に決め手となったのは、妙かも知れないですが、パソコンの外付けHDを録画装置として使えることでしょうか。今は500GBでも15000円くらいで買えるので、高額なHDレコーダを買うことを思えば、これは非常にお得です。 と言うことで、実店舗で品定めをした後、大変失礼ながらインターネットで最安の店を探して購入に踏み切りました。外付けHDを含めても16万円くらいで買えました。 遠い昔、29型のブラウン管テレビとVHSデッキを計50万円で買ったことを思い出し、少しですが、悲しくなりました。「あの50万を返して欲しい・・」 問題はアンテナだったのですが、ウチは昔からUHF用のアンテナを立てており、これが地デジに流用できるかも?と、何の工事もせず繋いでみたら、そのままあっけなく使えました。 アンテナ感度も80%を越えています。設置してから20年近く経っていますが、まあ、壊れるまではこれで行けるでしょう。さらにBSアン...

映画「あ・うん」について

★高倉健さんの主演映画「あなたへ」が、もうじき公開とのことで、それについては、いずれ何処かの誰かが書くでしょうから、ここでは「健さんつながり」で、私の大好きな「あ・うん」のことを少し書いておくことにします。 じつは、恥ずかしながら、健さんの映画を見たのは「あ・うん」が初めてだったのです。見るきっかけとなったのは、あの板東英二さんの言葉でした。 * かつて、映画「あ・うん」の中で、主演の高倉健さんと共演し、親友役を演じた板東英二さんが、第13回日本アカデミー賞発表の壇上に上がってこう語ったのです。 (第13回日本アカデミー賞:1990年) 「いま、この会場に、王と長島がいてくれたら、どんなに誇らしいことか。たとえ彼らでも、高倉健と共演したことは無いだろう。こんな賞は取ったことが無いだろう、と・・」 板東さんは、最優秀助演男優賞を受賞したのです。そしてそれは、若くて一番いい時代を、王と長島の引き立て役にされてしまった野球選手の、大逆転勝利の瞬間でもありました。 私はと言えば、最初に書いたように、それまで一度も「高倉健」の映画を見たことが有りませんでした。ですから「高倉健」と共演することがどんなに誇らしいことなのか。そして「健さん」がどれほど魅力に満ちた俳優なのかが分からなかったのです。 が、坂東さんの感激ようにすごく興味を持ち、試しに「あ・うん」を見てみたら、やっと分かったのです。私はいっぺんにファンになってしまい、しばらくは健さんの出演作品を探し歩いたほどでした。 「鉄道員(ぽっぽや)」なんて、本編より先に予告編の「健さんが、吹雪きの中にたたずんでいる」、その姿を観ただけで、もう、胸が熱くなったりしましたっけ・・ それとテレビドラマでは、NHKの「チロルの挽歌」が実に良かったです。山田太一脚本で、音楽が東京ラブストーリーなどでブレイクした「日向敏文」で・・(これについても書きたいんですが、今回はやめておきましょう) しかしながら、数多い作品の中でも、私には「あ・うん」が特別な感じがしたのです(DVDも手に入れてしまいました)。何故だろうかと考えていたら、この作品だけ、健さんのキャラクター設定がいつもと違う気がして来たのです。 通常「高倉健」と言えば、無口で、不器用で、痛いほど人の...