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白戸家お父さん老眼鏡を買った

★ここ1,2年、本が読みにくくなったなと想っていて、そうこうする内に漫画の絵も見にくくなって来て、「どうしたんだ?。何か悪い眼病だろうか?」なんて恐れおののいていたのですが、なんてことは無い、老眼が進んで来ただけなのでした。 で、試しにホームセンターのメガネ売り場で老眼鏡を覗いてみたら、これが何と見やすいではないですか!。さっそく一個(+1.5・¥980)を買って、自宅用で重宝していたのですが、だんだん、電車などで文庫本などを読むために、携帯用が欲しくなりました。 持ち歩くものなので、出来れば面白い物をと探していたら、これが見つかりました。「白戸家お父さん老眼鏡」。正規品(¥2,680)はすでに完売していましたが、アウトレット品(¥1880)がいくつか残っていました。アウトレットのため希望の度数が無く、「+2.0」と、ちょっと高めの物を注文しました。(正規の値段はちと高いですな) ◎ SoftBank SELECTION 実際に使ってみたら、度数は+1.5の方がより見やすいですが、本を読むにはそれほど問題は無く、非情にコンパクトに折り畳める分、持ち運びに便利でいいかと想いました。携帯電話のストラップとしても取り付けが可能で、グッズとしても見た目がいいですね。 と言うことで、さっそく電車内での読書に使おうと想ってますが、ああ言うところでの時間つぶしには「宮部みゆき」の短編集なんかがいいですね。ミステリー作家として有名ですが、心霊現象にも共感できる部分が有って楽しいし、そうかと想えば、江戸時代物の人情ばなしにも卓越していて感動させられます。うっかり物語に没入していると、電車に乗っているのも忘れて涙があふれて来ることがあり、あわててしまいます。 そんなことを楽しむにも、「文庫本の活字がしっかり見える」と言うことは重要ですな。最近は「電子書籍」なんて方法も有りますが、まだそこまでは行ってません。今は、新しい老眼鏡で、たとえば昔読んだ小さな活字の文庫本を再び読めるようになったと言う、ささやかな喜びの方が大きいのです。 ただ、電子書籍が欲しいなと想うのは、数十年前の古い漫画を読みたくなった時でしょうか。僕がかつて夢中になった漫画家の作品はそのほとんどが絶版となり、しかも、所有していたあらゆる漫画本を手放してしまっているの

熱中症で倒れたことありますか?

★よく、台風が来た時に、その大波を狙って無謀なサーファーが海へくり出し、遭難して周囲に大迷惑をかけるなんて話しが有ります。で、そういう奴らを見て、我々は「この大バカ者が!」なんて激怒したりしますよね。 でも最近、救急医療の医者に言わせると、 「 35℃以上の猛暑日に屋外でスポーツをする者は、無謀サーファーと同じである 」 と言うことになるらしいです。 しかも熱中症は、無謀サーファーより事故率が高く、死亡率も高いので、奴ら以上に「大バカ者」?だと言うことになります。なので私は、草野球チームゴブリンズの代表者として「8月は夏休み」とし、特別なケース以外は試合を組まないようにして来ました。 かつては、夏の暑さに耐えながらスポーツをすると言うのが快感だったりカッコいいと思える時代も有りました。自分も同じそう言う思いで、8月の炎天下、ローラーブレードで数日間に渡って、百数十キロの公道を滑走すると言う、無謀な?行為をしたものでした。(持参した温度計では、路面上で40℃以上になることがしばしば有りました) で、じつは初めて「熱中症」になったのも、1994年に行ったそのブレード走行でのことでした。今にして思えば、ホントは病院にでも行って、しっかり治療しなければいけなかったのかも知れません。が、その時は、その症状が熱中症だとも知らず、道ばたで倒れて嘔吐しても、それでもまだ無謀に無謀を重ねて、路面温度40℃前後の道を一日6時間以上、丸三日間に渡って、フラフラになりながら滑り続けてしまったのです いま考えると、ちょっとゾッとしますね。無知と言うのは怖いもんです。何しろ熱中症になったのが初めてだったし 、それが「熱中症」だ言う自覚も無かったので、ひょっとしたら命を落としたかも知れない?なんて想像すら出来なかったんです。(携帯電話も無い時代でした ) 次に重い熱中症になったのは、2000年の9月2日でした。この年の東京は、9月のちょうどこの日に最高気温37.9℃を記録しました。我が草野球チーム・ゴブリンズは、二子玉川の河川敷でダブルヘッダーを組んでいました。 そのころから私は、球場まで自転車で行くのが習慣になっていました。その日も自宅から球場まで自転車で向かい、往復の約4時間(距離約36km)、それと試合の3時間(猛暑のため2

「ちい散歩」から「こころ旅」へ

★僕も好きでよく見ていた「ちい散歩」ですが、地井武男さんが病気療養のため降板、すでに加山雄三氏の「ゆうゆう散歩」が始まっています。ネットでは「存続か終了か」と、この手の番組としては異例の注目度で報道され続けていました。 いろいろ有る散歩番組(旅番組)の中で、なぜ「ちい散歩」だけがこんなに話題になったのか・・ ちょっと不思議な感じがしますが、じつは、ある友人からこんな話しを聞いたことが有ります。 「 ちい散歩はかったるい。早く店を紹介しろよ!って想ってしまう。アド街ック天国の方が手っ取り早い 」と、彼は言うのです。 僕はこの言葉を聞いて「なるほど、そうなのか」と想いました。そう言えば、ちい散歩は他の番組に比べて、ただ歩いているだけのシーンが長いような気がします。それが彼には退屈だったのでしょう。しかし僕は逆で、店や名所紹介にはほとんど興味が無く、「アド街ック天国」の方が苦手な番組だったんです。 けっきょく、地井さんが、ただ黙々と歩いて行く姿を見ているのが好きだったのかも知れません。もっと言えば「歩いている道」「移り変わる情景」を見ているのが好きだったんです。なので寄り道して名所旧跡に感動したり、店に入って食べ歩きをするなんてシーンが始まると、急にかったるくなり「早く歩いてくれ・・」なんて想ったりするのです。 「ちい散歩」でも特に好きだったのは水曜日の「ひと駅散歩」で、これは文字通り、何処かの路線の一駅分、駅から駅までのほんの数キロ、場所によっては500mほどしかない距離を歩くと言うコーナーです。 なにしろ距離が短いので、何のハプニングもないことが多く、ムリムリ地井さんのコメントだけで終了する、なんてこともまま有りました。が、この「何も起こらない」と言うシンプルさが、僕なんかにはたまらなく面白かったわけなのです。 これはどう言うことなのかと言うと、以前このブログで「水曜どうでしょうのロードムービー的なところが好きだ」ってことを書きましたが、けっきょく「ちい散歩」も、ロードムービーの一種として見ていたのだと思うのです。 極端なことを言うと、何処にも立ち寄らず、ひたすら歩いて、「道」と「通り過ぎる風景」を放送してくれるだけいいのです。が、もちろん、それでは番組として成り立ちません。なので、立ち寄りシーンではと

大飯原発再稼動‥‥ しかしまだ何も終わってはいない

★左の写真は写メールなんですが、僕の歳下の従兄弟なんです。見ての通り、防護服を着て、福島第一原発周辺の作業にかり出されているのです。 背後の林のすぐ向こうには、2号機3号機が見えるそうです。けっこう楽天的なヤツなので、調子に乗って送って来たみたいです。 彼のように、主に中小の土木関係、建築関係の社員は、一度は招集されるらしいです。が、一生の内に浴びても良いとされる放射線量を越えると、二度と現場に入れないことになっているので、もちろん期間限定です。 いや、いちおう、そのはずなんですが・・ 何しろ、メルトダウンした核燃料を拾い上げ廃炉を完了するまでに、少なくとも40年はかかると言うことなので、このままだと圧倒的に作業員の数が足りなくなってしまうらしいのです。 なので「強制的に二重招集されるのではないか」と不安がっている人もいるようです。でなければ、最悪の場合には、裁判員制度のように義務化されて、誰もが一度は現場に行かなければならない、ってことになるのかも知れません?。 と言うことで、我々はついつい「福島原発はだいぶ落ち着いて来たみたいだ」なんて錯覚してしまいますが、現実には、まだ何も終わってはいないのです。おまけに関東近県では、近い将来、100%の確率で大地震が起こると言われているのですから、福島第一原発は収束完了しないまま、さらなる絶望的ダメージを受ける恐れもあるのです。 そんな中で、ついに「大飯原発」の再稼動が発表されました。このニュースを聞いて、僕が最初に想ったのは、浜岡原発強制停止の前後から始まった、あの凄まじいまでの 「管降ろしキャンペーン」 の成果が、この日ついに結実したのだ、と言うことでした。もし「脱原発依存」を掲げるカン氏がまだ総理をやっていたら、一悶着あって、こんなにすんなりとは行かなかったかも知れません。 「すべてはこの日のために」 ・・これが原発推進巨大勢力の「先見の明?」と言うものなのでしょう。 あの騒動にまんまと取り込まれてしまった一般の人々を批判することは出来ませんが、物事には「千載一遇のチャンス」と言うことがあるのです。多少の難が有っても「ひとまず任せてみる」と言う選択肢は無かったんでしょうか。 自分の考えだと想っていたものが、じつは巧みに仕組まれたマインドコントロールの

東京スカイツリー見学

★東京スカイツリーの日時指定チケットが抽選発売されると言うことで、何気なく8カ所申し込んでおいたら、5月30日の1カ所4名分が当たりました。 何気なくだったんですが、いちおう、6月は梅雨で天気が悪そうだし、7月は暑くて出歩くのがおっくうだ、と言うことで、どうせ当たるなら5月、それ以外なら「まあいいや」と言うことは考えました。 と言うことで、当たった30日の朝は幸運にも快晴、現場に到着する10時頃にはやや雲が出て来ましたが、そこそこいい感じの天気です。 着いて、まず驚くのはその巨大な外観ですね。車などで浅草付近から眺めたことは何度も有りましたが、間近で見上げると、やはり圧倒されるような迫力が有ります。 さて、まずは展望デッキに昇ります。第一展望台の「展望デッキ」は、その時点で東京タワーのアンテナより高いと言うので、「わざわざ上の展望回廊まで行く必要も無いだろう」と想っていたのですが、デッキに昇ってチケット売り場を見たら、そんなに待たずに買えそうなので、さらに上へ行くことにしました。 で、昇ってみたら正解でした。下の展望デッキは室内が暗く、窓が逆光で疲れる感じなのですが、「展望回廊」の方は全体に光が入って明るく、はるかに外が見やすいのです。なので、これから訪れる人には、ぜひ「展望回廊」まで昇ることをおススメします。 それと、意外に役立ったのが望眼鏡でした。8倍~10倍くらいの物を携帯していけば、地平線や水平線付近が良く見えて楽しいですよ。 もちろんツリーには東京タワーに有ったようなコイン式の望遠鏡は有りません(東京タワーも数年前に撤去されたそうですが) ところで、展望回廊を歩き回っていたら、その内、妙な感覚に襲われました。何となくフラーッフラーッと、めまいと言うか、体がよろめくようで、まっすぐ歩きづらい感じになったのです。ですが、気分が悪いわけじゃ有りません。ただフラつくだけなのです。 急に気圧が下がったせいだろうか、とか、気づかない周期でゆっくりと揺れているんだろうか、など、いろいろ考えましたが、原因は不明でした。ただ、同行した者も同じことを言っていたし、周囲にいた人たちの雑談からも「なんか、フラフラしない?」と言う声が聞こえていたので、自分だけじゃなかった、と言うことは確かです。 テレビなどで

オレも見た、金環日食!

★「どうやら曇り気味らしい」とのウワサだったので、半分あきらめていたのですが、朝、目が覚めたらカンカンに日が照っていて、期待どおりの金環日食を見物することが出来ました。 左の写真は「iPhone」に「フィルターメガネ」を重ねて撮影したものです。撮れるわけないと想いながら撮ったんですが、ま、こんなもんですな。 メガネは一ヶ月以上前に新宿に行ったおり、東急ハンズで購入しました。あの時は、物色していてもほとんど売れる様子が無いので、「みんな興味無いのか?」なんて想ってましたが、当日になってみれば、やっぱり大騒ぎでしたね。 金環食になる時間には、近所に子供や親の声が響き始めてにぎやかでした。ここら辺の子供たちは、観察が終了してから登校することになっていたみたいで、8時を過ぎる頃、あたりはランドセルをしょった大量の小学生であふれていました。 最近の小学生は高学年でもランドセルを大切にするんですね。私の頃は2、3年生でランドセルを放棄、オリジナルバッグ?での登校が目立ってましたけど。 ところで肝心な金環日食ですが、小学生たちが「太陽が欠けて来た!」と騒いでいるのを聞きながら、「いや違う。月が食い込んで来てるんだ」と想ってる自分がいるのに気づきました。 3.11大震災の時もそうなんですが、次第に「自然災害」というより「地球の地殻変動だ!」という意識の方が強くなり、 「ああ、オレたちは、どうにも宇宙という冷徹な法則の中で生きているんだ」 って、感じることが多くなりました。 今月は月がいつもの1.4倍大きく見える「スーパームーン」も有ったし、6月には太陽を金星が横断する現象が見られるとのことで、さらにこの「宇宙意識?」は高まって行くのかも?、・・ってことでしょうか?   

水曜どうでしょう 2011新作&・・・

★今月3.11、東北の大震災から1年が過ぎ、いろいろな新事実が分かって来ました。 ・・で、あの「管降ろしの謎」を書いた手前、「その後」を書こうと想って、ごちょごちょ文章を練っていたのですが、同じ日に始まった「水曜どうでしょう2011年新作」を見ている内に、なんかどうでも良くなってしまい、日にちが経ってしまいました。 ◎ 水曜どうでしょう新作情報 「水曜どうでしょう」と言うのは、HTV(北海道テレビ放送)が制作した番組で、いろいろなバカバカしい企画を立てては旅をすると言うローカル番組です。 出演者は大泉洋氏と事務所の社長でもある鈴井貴之氏ですが、これに番組のディレクター二人もからんで来ると言うような展開で進みます。タイトルは水野晴郎さん解説の「水曜ロードショー」のパロディと言うことでしょう。 今や、様々なドラマや映画で主演級の働きをし、賞にも選ばれ大活躍の大泉氏ですが、この番組が始まった当時は大学生だったそうです。私が彼の存在を知ったのは、パフィが好きで当時よく見ていた「ぱぱぱぱパフィ」でのことでした。そこにたびたびゲストとして出ていた姿を見たのが始まりでした。 その時は「誰だコイツ?」なんてまったく素性が分からなかったのですが、その後、関東圏のローカル放送(UHF)で「水曜どうでしょう」が放送されると、「あっ、ぱぱぱぱパフィで見た奴だ!」と気づき、それが面白くて彼のファンになりました。 ただし、残念ながらアナログ時代のUHFでは画質が悪く、ゴーストまみれの画面でガマンしなければなりませんでした。ですが、それから数年がたち地デジ放送が始まると、ちょうど「水曜どうでしょう classic 」として再放送されていた同番組を、ゴースト無しのまともな映像で見ることが出来るようになり、再び欠かさず見るようになったのです。(今度は録画もして楽しんでます) そうして、こないだの3.11から、関東圏でも新作「2011原付日本列島制覇3」と言うのが始まりました。東京羽田から高知の桂浜まで、そば屋が使うような非力なスーパーカブで過酷な旅をする、と言うものです。今度はもちろんハイビジョン撮影の鮮明な映像です。 しかしながら、無名だったローカルタレント時代と違い、有名人となってしまった今、昔のように、人だかりを避けての、無鉄砲

草野球のグラウンド入れ替え、5分前理論の謎?

★もう、ずいぶん前のことなんですが、ある草野球サイトのフォーラムで、グラウンドの撤収時間についての書き込みが有りました。 「終了時間5分前になっても、なかなかグラウンドから出ないチームがある。トンボ整備や荷物出しも含め、5分前には完全撤収するのが球場使用のマナーである」 ・・・と、言うのです。 で、前のチームが5分前に撤収した後はどうするのかと言うと、この5分間は、次のチームの入れ替え時間に当てられると言うわけです。 たとえば「11:00 - 13:00」の2時間を確保しているなら、10:55から入場して荷物の搬入を済ませれば、11:00ちょうどからウォームアップを始められます。その分グラウンドを有効に使える、と言うのが彼らの言い分です。 なるほど、この人のチームは、しっかりしたマナーの良いチームで、対戦しても気持ちよくゲームが出来るはずだと想います。もちろん「5分前撤収」を言い出すからには、必ずや、自分たちも「5分前撤収」を厳守していることでしょう。 ところがです。残念ながらこの考え方を推し進めると、どうしても奇妙な?現象が起こってしまうのです。それを説明するために、簡単な図を描いてみました。次の図が、いわゆる「5分前理論」をグラフにしてみたものです。 どうでしょう?。草野球をやる人なら分かると想いますが、通常、グラウンドは2時間単位で各チームに貸し与えられます。この割り当てに対し、例の「前のチームは5分前に撤収、次のチームは5分前に入場可」理論を当てはめ、そのつど繰り返していると、けっきょくは 「全体的に5分前倒しにしただけ」 になってしまうのです。彼らが言うような、時間を有効利用したことにはならないのです。 せっかく管理者が「使用時間11:00 - 13:00」と線引きしてくれてるのに、そのルールを、利用者がわざわざ「10:55 - 12:55」と複雑に解釈する必要があるでしょうか?。どう見ても、利点の無いムダなことのように想えます。それどころか、フォーラムの書き込みのように、解釈の違うチームとの確執が起こってしまうケースも有るようです。 ならば、余計なことは考えず、与えられた時間通りに使用したらどうでしょうか。「11:00 - 13:00」なら、その2時間内ですべてを処理すればいいので

新しい折り畳み自転車を買った

★約10年間使用してきた折り畳み自転車が古くなり、折り畳みがスムーズに出来なくなってきたので、思い切って買い替えることにしました。 それが写真の「フィルダリアン Candy F-101 12インチ・コンパクトバイク(長い!)」と言うモノです。畳むと、ちょうどekワゴンの荷室に入るくらいです。 税込み購入価格が「¥22,800-」なんですが、重さが8.6kgと、価格対重量が、このクラスではかなりのコストパフォーマンスで、とてもお買い得だと想います。 たとえば6kg台の「Panasonicトレンクル」などは20万円くらいしますからね。もちろん向こうはチタン製で、耐久性抜群の超高級品なので、当たり前ですが・・(以前使用の折り畳みは11kgでした) ただこれは、フレームを折り畳むタイプではありません。ハンドル部分を畳んで、全長を短くする構造になっています。 これだと不十分のように見えますが、フレームを折るタイプよりも薄く畳めるので、収納や持ち運びは想ったより便利なのです。 もっと小さくしたければ、クイックリリース仕様になっている前輪を外して、サドル下部のフレームにくくり付ければ、さらにコンパクトに出来ます。 実は、これには荷台に取り付ける専用のバスケットが付いているのですが、持ち運びにはやや邪魔な感じでした。 ただ、この荷台の先を足にして、立てかけられるようになっており、収納する時に場所を取らないようになっているのです。 私はふと、こう言うのでキャスターが付いていて、転がして運べる高級?折り畳み自転車があったなあ、と思い出し、マネをしたくなりました。 で、さっそくホームセンターへ行ってキャスターを買い、荷台のパイプの先に取り付けてみました。 もともとここにはゴムのキャップが付いていたのですが、それを外し、差し込んでみたらちょうどいい感じでした。少し遊びが有ったので、ボルトの周囲にテープを巻き、圧着するようにはめ込んで、出来上がりです。 転がしてみたら楽々運べました。安上がりだけど、まあまあ立派なもんです。これなら車だけでなく、電車に乗せて、あちこち自転車旅行に行けそうですよ。     

iPhoneと江川投手ドラフト指名

★先日、絵画用のパネルを買うために、車で新宿の世界堂へ行きました。 そのおり、パーキングを探してウロウロしているうち、うっかり国道20号の新宿御苑トンネルに入り込んでしまったのです。しかもちょうど運悪く渋滞してまして、外に出るまでかなり時間がかかってしまったのです。 なので、時間つぶしに何気なく「iPhone」を見ていたら、ある事に気がつきました。なんとトンネルにもかかわらず「ソフトバンクの iPhone」の電波が完璧につながっていたのです。 以前、アドホックの地下駐車場で圏外となり、待ち合わせていた友人に連絡するため、慌てて表に出た経験があったので、「ソフトバンクも、しっかりトンネルで繋がるようになったか・・」と、感慨深い?ものが有りました。たぶん今なら、あの地下駐車場でも大丈夫なのかも知れません。 その、地下駐車場でのことは、その上のスポーツ用品店「ギャラリーⅡ」で、ゴブリンズの黒シャツ・ユニフォームを作ってもらい、それを受け取りに行った時の話しです。 ですから、かれこれ10年以上も前のことになるのですが、そんな大昔の記憶なのに、自分の中では未だに「ソフトバンクは地下やトンネルでは繋がらない」と言うイメージが残ったままになっていた、と言うことを言いたいわけです。(それ以降10年間その駐車場を利用していなかったんです) そう考えてみて、このごろの「反SoftBank論者」の言う「ソフトバンクは繋がらない」と言う批判って、「何年前の記憶で言っているのかなあ?」と言う疑念が湧くようになったのです。 だいたい批判論者は「ソフトバンク」を使った経験が有って言ってるんでしょうね?。使ったことも無いのに言ってるとしたら、これは相当ヒドい話しですよね?。 百歩譲って、彼らが、かつて「SoftBank(Vodafone?)」のユーザーで、「au」や「ドコモ」に乗り換えた人たちだとしても、その「ソフトバンクは繋がらないよ」との記憶は、何年も前に止まったままの、 古い古い記憶ってことになりますよね? 携帯電話各社の電波網は日々進化しています。「SoftBank」も例外ではなく、半年前と今では全然違ったものになってるはずです。しかしながら、一度染みついた「思い込み」は、なかなか振り払うことが出来ず、ついつい「ソフトバ

M78星雲の彼方に・・「市川森一さん亡くなる」

★先日、脚本家の「市川森一さん」が亡くなりました。 子供の頃に見た「怪獣ブースカ」「ウルトラセブン」 「新・坊ちゃん」「傷だらけの天使」 「銀河テレビ小説:黄色い涙」などなど、その名を知らずに引き込まれていた作品は数知れません。その後、何かのおり、自分が好きなドラマ(あるいは好きな回)の多くが、市川森一脚本によるものだ、と言う事実が判明して驚愕してしまうのです。 昭和のテレビ全盛時代、代表的な脚本家としては「倉本聰氏」「山田太一氏」がまず上げられますが、私にとってのナンバーワンは、なんと言っても「市川森一氏」だったと思います。 そんな数多くの作品の中でも、特におススメしたいのは下記の二本なんです。と言っても、今となっては観ること自体が困難ですが・・(追悼番組として再放送を望む) ◎「 面影橋・夢いちりん (ギャラクシー月間賞受賞)」 エリートとして出世した四人の男が、学生時代に入り浸った喫茶店を通して再会し、その中の一人が殺人事件を犯していたことから運命が急展開、やがて、それぞれが純朴だった学生時代を思い起こす物語り。全4回の短いドラマですが、心に残るラストが秀逸でした。「あの頃の忘れ物を取りに行く」というフレーズは、今では定番の言い回しとなってますが、あれはこのドラマのラストシーンのセリフが始まりです。 ◎「 私が愛したウルトラセブン (放送文化基金賞受賞・第19回ドラマ番組部門奨励賞」 ウルトラセブンと言う夢作りの現場を舞台に、フィクションとノンフィクションを巧みに織り交ぜた物語り。「夢見る力」という流行語はこのドラマのサブタイトルがきっかけです(DVD販売有り) ★ 追伸:「私が愛したウルトラセブン」は、NHKBSプレミアムにて再放送されることになりました。この機会にぜひ見てみてください。 前編「夢で逢った人々」12月31日(土)14:40~16:10 後編「夢見る力」1月7日(土)17:00~18:30 (終了しました) で、以前「私が愛したウルトラセブン」について書いた文章が有りましたので、今回追悼の意味を込めて、再録させていただきます。         ★ M78星雲の彼方に・・ 「西の空に、明けの明星が輝くころ、ひとつの光りが宇宙へ飛んでいく。